109 幼女と手のひらクルーな仲間たち
私がルピナスちゃんと撫で合いっこしていると、私達の様子を見ていたベルゼビュートが、虹色に輝く宝石を取り出した。
「我も随分と甘く見られたものだ。まあ、仕方のない事ではあるか」
ベルゼビュートはそう言うと、取り出した宝石を私達に見せるようにして、手のひらの上に乗せる。
「これが何だかわかるか?」
ベルゼビュートが取りだしたそれを見て、たっくんが驚いて大声を上げる。
「本気か、ベルゼビュート!? 相手は子供なんだぞ!」
「子供と言えど、最早捨て置けん。貴様も今の魔法を見たであろう?」
「しかし!」
「あは。フェニックスったら、焦り過ぎ~」
アスモデちゃんが言う通り、たっくんの焦り方って、尋常じゃないよね?
あの宝石に、何かあるのかな?
「スミレちゃん、あの宝石みたいなの、何かわかる?」
「すみません。私もわからないなのです」
「スミレちゃんも知らないんだ」
私がスミレちゃんに、謎の宝石の正体を確認していると、その宝石が突然発光しだした。
光った?
き、綺麗だけど、雰囲気からしてやばいんじゃ?
宝石は虹色に光り輝きながら、ベルゼビュートを包み込む。
そして、光に包まれたベルゼビュートが、次第に姿を変えていった。
ど、どうなってるの?
ベルゼビュートさんが、どんどん本当に魔族っぽい姿になっていってるよ。
私があわあわとしていると、ベルゼビュートを包んでいた光が消え失せる。
そして、ベルゼビュートの見た目が、完全に魔族とわかるような姿になってしまった。
その姿は、身長が2メートルを超えると思われる長身で、肌が濃藍色。
背中からは、羽が生えていて、それは蝿の羽ような見た目をしている。
そして、見た目からわかる、強そうな感じの筋肉。
そうして、姿を変えたベルゼビュートが、殺気を放ちながら私を見る。
や、やばいよ。
これ、本当にやばいやつだよね?
私は思わず息を飲んで一歩後ずさると、リリィが私の前に立ち、ルピナスちゃんが私の手をギュッと握った。
そして、緊迫した空気が漂う中、たっくんが大声で叫ぶ。
「聞け! ベルゼビュート!」
ベルゼビュートが横目でたっくんをチラリと見る。
「俺は今、エルフ族に能力を封印されているんだ! ジャスミンを殺しても、お前の思い通りにはならないぞ!」
「ほう」
ベルゼビュートがニヤリと笑みを浮かべる。
「エルフ族か。都合がいいな。アスモデ、予定変更だ。エルフ共の里がある西へ向かうぞ」
「ベルゼビュートくん、エリゴスはどうするの?」
「ふん。放っておいても問題は無いが、エリゴスに預けた娘の能力は惜しい。合流して向かうとしよう」
「あは。了解だよベルゼビュートくん」
ど、どうしよう。
話についていけないよ。
急にシリアスな雰囲気になっちゃったもん。
あ。でも、そうだ。
冷静に考えろ私!
私が求めていたものは、きっとこれなんだよ!
いつもリリィと一緒にいるから、おバカな展開ばかりで、今まで散々だったんだもん。
今こそ、このシリアスな雰囲気、ビッグウェーブに乗るしかないよ!
などと、私が混乱しておバカな事を考えていると、ベルゼビュートが私を見た。
「だが、やはり貴様には念の為、我の能力を使っておく」
え? 能力?
そう言えば、ベルゼビュートさんの能力って何?
と、考えた時だった。
私の目の前からベルゼビュートが消える。
あれ?
どこに?
「ジャスミン後ろ!」
「え?」
リリィが叫び、後ろを振り向くと、そこにはベルゼビュートが立っていた。
そして、ベルゼビュートにお尻を軽く叩かれる。
「きゃ!」
「アンタ何勝手に、ジャスミンのお尻を触ってんのよ!」
リリィの怒りの鉄拳がベルゼビュートを襲うも、ベルゼビュートはそれを軽々とかわした。
嘘でしょう!?
あの変態でシリアスブレイカーな、頭がおかしいチートなリリィの攻撃をかわした!?
そして、気がついた時には、ベルゼビュートはアスモデちゃんの近くまで移動していた。
アスモデちゃんも、たっくんが入っている檻を抱えていて、妖美に微笑んでいる。
「あは。アナタ達運がいいわね。ベルゼビュートくんに狙われて、生きていられるなんて、感謝しなさい」
「行くぞ」
「はーい」
アスモデちゃんが、ベルゼビュートの腕にしがみつく。
「待ちなさいよ!」
と、リリィがベルゼビュートに向かって走り呼び止めたが、ベルゼビュートは無視して、もの凄い速度で飛んで行ってしまった。
「ああっもう! 逃げられたわ!」
私はそれを、呆気にとられて見ていた。
そして、ベルゼビュートがいなくなると、スミレちゃんがヘナヘナと地面に座り込む。
「幼女先輩、ごめんなさいなのです。元の姿に戻ったベルゼビュート様が怖すぎて、動けなかったなのです」
「元の姿に戻った? さっきの姿が、ベルゼビュートさんの本当の姿なの?」
「はいなのです。人の姿をしていたのは、ニクスちゃんの能力なのですよ」
そう言う事かぁ。
じゃあ、さっきの宝石は、もしかして能力を無効化する事が出来る物だったのかな?
確か、能力の解除って、かけた本人しか普通は出来なかったはずだもんね。
「ジャスミンお姉ちゃん、どこか痛い所は無い?」
「え? 痛い所は無いよ。でもどうして? ルピナスちゃん」
「さっき何かの能力を使われていたから、大丈夫かなって思ったの」
そう言えば、そんな事を言っていたよね。
お尻触られただけ……なわけないよねぇ。
私、何されちゃったんだろう?
私の抱いたそんな疑問は、すぐにスミレちゃんが答えてくれた。
「ベルゼビュート様の能力は、触れた相手に死の宣告をする能力なのですよ」
え?
死の……宣告?
そ、それって……。
「かなりやばいやつなんじゃ?」
私は背筋が寒くなるのを感じながら、スミレちゃんを見つめた。
すると、スミレちゃんは答える事無く、俯いてしまった。
あ、あはは……。
不老不死になるどころか、死の宣告食らっちゃったの私?
最悪だよ。
この歳で死ぬなんて、本当に悲惨じゃんか。
それだったら、まだ成長して大人になった方がマシだったよ。
「スミレ! それは本当なの!?」
リリィがスミレちゃんに掴みかかる。
「アンタそれを知ってて、怯えて見てたっての!?」
リリィが目に涙を溜めながら、スミレちゃんを睨みつける。
「リリィ、止めて。スミレちゃんが悪いわけじゃないんだよ?」
「でも!」
「仕方がないよ。私だって悪いの。今まで全部上手くいっていたから、調子に乗って油断しちゃったんだよ。だからこれは、自業自得なんだもん」
「ジャスミン……」
リリィはゆっくりとスミレちゃんを離すと、俯いて涙を拭った。
「ジャスミンお姉ちゃん、死んじゃうの? そんなの嫌だよ」
ルピナスちゃんは目からポロポロと大粒の涙を流して、私にしがみついた。
私はそれを優しく包み込み、頭を撫でた。
「ご主人、大丈夫っすよ。ご主人が死んじゃう前に、ボクがあの蝿男を見つけてぶっ飛ばして、ご主人を死なないようにしてあげるッス。だから、ご主人は何も心配なんてしなくて良いっすからね」
トンちゃんが私の頬っぺたに抱き付く。
「ラテも、トンペットに協力するです。安心するですよ、ジャス」
「トンちゃん、ラテちゃん。ありがとう」
「幼女先輩、とにかく早くパンツを穿くなのですよ! なんなら、私のパンツを穿いて下さいなのです!」
「スミレちゃん、こんな時だから、皆の気を紛らわそうとふざけてくれるのは嬉しいけど、そんな事しなくても良いよ。でも、気持ちは嬉しい。ありがとう」
スミレちゃんも不器用だなぁ。
たしかに私、今パンツ穿いてないけどね。
でも、皆が私の為に悲しんでくれるから、私は強く気持ちを持っていられるよ。
ありがとう皆。
「何悠長な事を言ってるなのですか!? 本当に早くしないと、死んじゃうなのですよ!」
「へ? どういう事?」
どうしよう?
凄く、凄くね。
嫌な予感がするの。
「ベルゼビュート様の能力は、死の宣告。パンツを穿いていない時間が30分以上になると、死んじゃう能力なのですよ!」
「え、えぇ……。何そのバカみたいな能力……」
私は、あまりにもおバカな能力の効果を知り、驚きを通り越して呆れてしまった。
そして――
「何て恐ろしい能力なの!? これからこの先、ジャスミンのパンツを脱がせられないじゃない!」
「さ、30分以上パンツ穿いてないと死ぬとか、ぷぷー。ご主人にぴったりな呪いッスね」
「ラテはもう寝るです」
あのぅ。皆さん?
さっきまでの様子が嘘のように、態度変わるの止めてもらえないかな?
皆の涙は何処へ消えたの?
ねえ、リリィ?
ベルゼビュートさんの能力関係なく、そんな事しちゃダメだって気がついて?
トンちゃん、ぴったりって何?
失礼じゃないかな?
ラテちゃんは失笑して寝ちゃったよ。
ルピナスちゃんに至っては、大笑いして転げてる。
ルピナスちゃんって、こういう所あるよね。
まあ、皆の気持ちはわかるよ?
だってそうでしょう?
もの凄く、くだらないんだもん。
だってそれ、パンツさえ穿いていれば、別にどうって事ないって事だもんね。
うんうん。
ベルゼビュートさんの雰囲気に呑まれて、ついつい忘れていたけど、結局魔族の能力ってこんなのばっかだよね。
そして私はため息を一つ深く吐き出して、スミレちゃんを見て言いました。
「スミレちゃん。パンツ貸して下さい」




