108 幼女は呑気に油断する
私がお馬鹿な事を考えて、うんうんと頷いた時、ラテちゃんが私の頭をペチペチと叩いた。
「ジャス。ぼさっとしてないで、さっさと魔法を使うです」
「え? あ。うん」
私はラテちゃんの言葉でハッとなり、もう必要ないのでは? と思いながらも、呪文を唱える事にした。
そして、私はベルゼビュートに向かって手をかざし、魔法陣を宙に生成して魔力を溜める。
リリィの事だいぶ驚いてたし、あまりやり過ぎない程度にしよう。
フルーレティさんみたいな事になったら、大変だもんね。
「我が名はジャスミン。ジャスミン=イベリス。大地を司り万物を統べる神々よ。巡るめく混沌たる万物の力を持って、今こそ我が命に――っきゃあ!」
呪文を唱えている途中、再びリリィの魔の手が私のスカートを狙う。
「邪魔者はいなくなったわよジャスミン! さあ! 今こそスカートを脱ぎ捨てる時だわ!」
「ちょっ! リリィ! 今はダメだってば!」
私は片手で、必死にスカートを押さえる。
正直、魔法どころではない感じだ。
なんなの!?
なんなのリリィ!?
意味わかんないよ!
今回は、いつもよりしつこいよ!
「ジャス。そんなの放っておくです」
「で、でも、リリィが!」
「前に集中しないと――」
と、ラテちゃんが何かを言いかけた時、私がリリィに気を取られて集中を切らしてしまった為に、最悪な事態が起こってしまった。
集中を切らした私は、誤って魔法を放ってしまったのだ。
私とラテちゃんが、その瞬間「あ」と言葉をハモらせて、2人で目が点になる。
私の放った魔法は、黒く重力を帯びたボールの形をしている魔法。
それは、周囲のものを引き寄せながら突き進み、触れたものをその重力で押し潰す強力な威力を持っていた。
魔法はもの凄い速度で、ベルゼビュートへ向かって飛んでいく。
しかし、魔法がベルゼビュートに命中する事は無かった。
決して、ベルゼビュートが避けたわけではない。
むしろ、その魔法の速度についていけず、ベルゼビュートは棒立ちのまま何も出来ずにいた。
「な……にっ!?」
ベルゼビュートは、ただそれだけの言葉を発する事しか出来なかった。
動く事の出来なかったベルゼビュートの真横を、魔法が勢いよく通り過ぎ、そのまま遠く離れた山に衝突する。
それと同時に、私はスカートを見事に脱がされて、しかも奪われてしまう。
私の魔法は山を吹き飛ばし、私の悲鳴と轟音が重なり合い、周囲に響き渡る。
こうして、私は下半身丸出しの、痴女となってしまった。
「きゃ、きゃぁぁあっ!」
鼻血を出しながら、満足そうに私のお尻を見つめるリリィを、私はポカポカと叩く。
「もう! バカ! リリィのおバカ!」
「うふふ。ジャスミン。やっぱりジャスミンが一番よ」
「何言ってるの!? それより、私のスカート返してよ!?」
私がリリィに涙目で抗議している中、ベルゼビュートが信じられないものを見るように、吹き飛んでしまった山があった場所を見る。
「馬鹿な! 山を一つ、違う。あそこには、山が三つあったはずだ! 三つとも、全てを吹き飛ばしたと言うのか!? あんな小娘が!」
「ベルゼビュートくん、あの女。私達が想像してた以上だよ」
アスモデちゃんも顔を真っ青にして、山があった方へと顔を向けた。
「気にくわんな。この様子だと、まだ本気を出していない」
ベルゼビュートが私を睨む。
その時、やっとスカートを取り返した私は、ベルゼビュートとアスモデちゃんに向き直った。
ひぃ。
なんか凄い睨まれてる!?
そりゃそうだよね。
手加減したとは言っても、リリィのせいでって――え?
「ええぇぇぇーっ!? 何が起きたの!? 山が無くなってるよ!」
私は目を見開いて、もの凄く驚いた。
何故なら私は今までリリィに気を取られすぎて、山を吹き飛ばしてしまった事に、気がついていなかったからだ。
「ジャス。自分で山を吹き飛ばしておいて、それは無いです。山に謝るです」
「わ、私がやったの!?」
う、嘘でしょ?
だって、今回はリリィがベルゼビュートさんの魔法を打ち消したから、結構手加減したんだよ?
少なくとも、フルーレティさんの時より手加減したもん。
だから、普通に山が無くなるなんて思わないよ。
私は驚愕の事実を知って、あわあわと慌てふためく。
すると、そんな私の気持ちを察したラテちゃんが、呆れた様子で口を開く。
「ラテの場合は、トンペットと違って加護量が莫大すぎて、それを供給する時の加減が追いつけないのです」
えっと、つまり……?
「ラテちゃんから受ける大地の加護を魔力に変換する時は、いつも以上に、魔力操作の精度を上げないとダメって事?」
「です」
な、なるほどだよ。
あ。そっか。
だから寝ている時は、私は加護を殆ど使えなくなるんだ。
たぶん、ラテちゃんが加護の供給を、殆どストップしてるんだろうなぁ。
私がラテちゃんの話に納得していると、リリィが真剣な面持ちで私を見た。
「しかし驚いたわね。まさか、ジャスミンのお尻の力で、山が三つも吹き飛んじゃうなんて」
リリィ?
お尻じゃないよ?
魔法だよ?
たしかに山が吹き飛んじゃった時に、私のお尻が丸見えだったけど、それとこれは関係ないよ?
「流石幼女先輩なのよ。お風呂でも、見たり触ったり撫でまわしたりしたけれど、ここまでの威力があるとは思わなかったなのよ」
スミレちゃん。
目が覚めたんだね。
無事で良かったよ。
でもね、何おバカな事を言っているの?
と言うか、お風呂の事を思い出させないでほしいな。
凄く黒歴史なの。
「二人して何言ってるッスか? 頭湧いてるッスか?」
あ。良かった。
トンちゃんも目が覚めたんだね。
うんうん。
その気持ち凄くわかるよ。
でもね、トンちゃん。
もの凄ぉく失礼な事を、そんな可愛い顔して言わないで?
などと、私がそれぞれに思っていると、ルピナスちゃんが私の側にやって来た。
「ジャスミンお姉ちゃん。お山を壊しちゃ、めっだよ」
「うん。今度から気をつけるね」
私がそう答えると、ルピナスちゃんが私の頭をいい子いい子してくれた。
なので、私もルピナスちゃんの頭をいい子いい子する。
はぁん。幸せだよぉ。
山を吹き飛ばしちゃったのは、結構不味い気がするけど、これで一件落着だよね?
流石に、あんなの見たら、悪い事する気おきないよね?
いつも、そんな感じの流れだし。
いつもなんだかんだと、上手く事が治まっていたのもあり、私はこの時そんな風に呑気に考えてしまった。
こうして呑気に考えてしまった私には、まさかこの後、あんな事になるなんて知る由も無かった。




