105 幼女は言葉より気持ちを大事にします
アスモデちゃんが妖美に微笑みながら、何処からともなく小さな檻を取り出した。
その檻は、ペット用のキャリーバッグサイズの物だ。
「あは。この子が何だかわかる?」
私は取り出された檻の中に入っていた、その子を見て驚いた。
「シロちゃん!?」
「あは。せいか~い。この子は、あの家で飼われていた犬のシロちゃんよ」
そんな!
シロちゃんが捕まっていたなんて!
焦る私の反応を見て、アスモデちゃんは満足したように、妖美に微笑んだ。
「シロちゃんを人質にとるなんて、卑怯だよ!」
「卑怯で結構よ。だって、私は魔族なんだもの」
私とアスモデちゃんが睨み合う中、シロちゃんが口を開いた。
「そこにいるのは、吾輩好みの可愛いお嬢ちゃんじゃないか。いやぁ、参った参った。このエロ可愛いお嬢ちゃんの柔肌を、ペロペロと味見しようとしたら、捕まってしまってな~」
……うん?
私は耳を疑い、シロちゃんを見つめる。
相変わらずの可愛い豆柴のシロちゃんは、キュートなお目目で私を見つめていて、少し困り顔をしていた。
き、気のせいだよね?
うんうん。
気のせい気のせ――
「後もう少しで、このエロ可愛いお嬢ちゃんの、美味しそうな太ももをペロペロ出来たんだけどよ~。本当に困っちゃうわな~」
ええぇーっ!?
嘘でしょ!?
あの可愛いシロちゃんが!
あの可愛いシロちゃんがーっ!
私はショックで頭を抱えて考える。
落ち着け!
落ち着くんだ私!
そうだ!
動物さんの言葉がわかる魔法のオンオフを、選んですればいいんだよ!
そして私は、シロちゃんの言葉を理解できないように意識する。
「ワンワン。ワン。ワオーン」
やったー!
成功したよ!
うんうん。
なんでもかんでも、言葉が通じればいいって事ないもんね。
大事なのは気持ち。
そう。
大事なのは気持ちなんだよ。
「ジャスミン。あの馬鹿犬は、放っておいても、問題ないと思うのだけど?」
「うん。そ――ダメだよ。ちゃんと助けてあげないと、可哀想だよ」
私はリリィの意見に同意しかけるも、頑張って否定する。
そこで、私は一つ気がついた。
「あれ? リリィ、もしかして、シロちゃんの言葉がわかるの?」
私がそう訊ねると、リリィはハッとなって、シロちゃんを横目でチラリと見る。
そして、私に目を合わせて、苦笑した。
「そのようね。猫にされた後に、それを自分で克服したからかしら?」
リリィ。
本当にもう、なんでもありになっていってるよね。
凄すぎない?
「ちょっとアナタ達、ごちゃごちゃと身内だけで喋らないでほしいんだけど?」
私達のお話を聞いていたアスモデちゃんが、若干怒り気味になる。
「そんな余裕ぶっていられるのも、今の内よ」
アスモデちゃんが何処からともなく、今度は香ばしくて良い匂いのする串焼きを取り出した。
「串焼き?」
リリィが訊ねると、アスモデちゃんが妖美な笑みを浮かべる。
「この子はね、飼い主が餌をやり忘れているせいで、今朝から何も食べていないの」
アスモデちゃんはそう言うと、シロちゃんに串焼きを見せつける。
シロちゃんは串焼きを見て、大量の涎を垂らして飛びつくけど、檻の中なので届かない。
「シロちゃん可哀想」
ルピナスちゃんが、シロちゃんを悲しげに見つめる。
うん。
本当に可哀想だよ。
アスモデちゃんって、何気にエグイ事するね。
と言うか、ラークも本当に最低だなぁ。
ちゃんと朝ご飯をあげないとだよ。
「立ちなさい! 私の奴隷!」
アスモデちゃんの言葉を聞き、ルピナスちゃんのパパが立ち上がる。
「この子に、この串焼きを食べさせてあげたいでしょう? だったら、抵抗しない事ね」
「卑怯よ!」
「パパ! 目を覚まして!」
リリィとルピナスちゃんが叫ぶ。
そんな中、私はふと思う事があった。
ねえ?
別に、シロちゃんをとり戻した後に、ご飯上げればよくないかな?
「あんな馬鹿犬でも、あんな惨たらしい事をされてるのを見せられたら、手が出せないじゃない!」
良かった。
リリィって、なんだかんだ言っても、やっぱり凄く優しい子なんだね。
私、そんなリリィの事が好きだよ。
でもね、今はその優しさを発揮しなくて良いと思うんだ。
だってそうでしょう?
アスモデちゃんからシロちゃんを助けてあげれば、お腹いっぱいご飯を食べさせてあげられるんだよ?
私はそこまで考えると、自分がうっかりしていた事に気がついた。
あ。そっか。
教えてあげればいいんだ。
「リリィ、シロちゃんは――」
と、私が教えてあげようとしたその時、今まで黙って見ていたスミレちゃんが大声を上げた。
「そこまでなのよ!」
スミレちゃん!?
「あは。なあに? ビクビクと怯えるだけで、何も出来ないバティンちゃん」
アスモデちゃんが哀れむような目でスミレちゃんを見ると、スミレちゃんはその目を睨み返した。
「幼女先輩。今まで足を引っ張り続けて、申し訳ありませんなのですよ」
スミレちゃんはそう言うと、アスモデちゃんにビシッと指をさす。
「アスモデちゃん! もう、お前の好きにはさせないなのよ!」
「あは。威勢だけは良いみたいね? でも、アナタに何が出来るのかしら?」
「アスモデちゃん。見ていてわかったなのよ。お前は、ベルゼビュート様に惚れているなのよ」
「なっ!」
スミレちゃんが放った言葉は、アスモデちゃんを動揺させるには十分な言葉だった。
アスモデちゃんの顔が、真っ赤に染まり、あわあわと慌てだす。
そして、アスモデちゃんは動揺しすぎて、シロちゃんが入っている檻を、串焼きと一緒に地面に落とした。
私はその様子を心配になって見ると、落ちた拍子に串焼きが檻の側に転がって、シロちゃんが串焼きにかぶりつく。
あ。
良かったね。シロちゃん。
私がシロちゃんを見てホッとしていると、アスモデちゃんが顔を真っ赤にさせたまま、声を裏返らせる。
「何いきなり、馬鹿な事言ってるのよ!」
アスモデちゃんが、ベルゼビュートとスミレちゃんを交互に見だす。
「そんなわけ! そんなわけー!」
わぁ。なんだか可愛いなぁ。
すっごく女の子してるんだもん。
恋する乙女の顔だよね。




