第07話:奥義
台風ひどいですね。みなさま、ご無事でしょうか。
生ける死者達の動きは鈍い。
だが、数だけは多く出入り口前に集団となり肉壁を構成している。
「どーすんの、あれは!」
今のままでは、扉を剣で斬る斬らないの前に、そもそも剣の届く範囲に近づくことすらできない。
「任せて!この剣ならやれる・・・!」
ソフィーの悲鳴に応えて、アレサンドラは長剣の構えを「刺突」に適した肩の構えから「斬撃」に適した背負う構えへと変える。
「はしたないから、お爺さまはやるなと仰ってたけど・・・殿方もいらっしゃらないし、別にいいわよね!」
背中近くまで剣を振りかぶり、上半身を弓のように反らせつつ、アレサンドラは死者の壁に走り寄る。
そのまま突っ込むか、という距離から、どんっ、と床を踏み込み、というより強烈に打撃し、体を急停止させる。
急停止した体が地面から反動で前に泳ぐ力を、脚から腰に、腰から腕に、腕から剣先へと、体の中心で発生させた大きな力を、小さく密度と速度を上げて末端へと集中させていく。
それは、全身の発条と走る勢いも利用した、水平方向の高速の斬撃の一閃!!
「クレモント侯爵家武術師範北方ノルド流剣術!!大蛇の尾!」
ミチィ!と何かが裂ける音と共に、正確に人体の首の高さに振り切られた超高速の斬撃は、その剣先が届く範囲の生ける死者達を一斉に刈り取った。
「あ・・・まずっ・・・」
アレサンドラが同時に苦痛に耐えるように顔をしかめた。
「ちょっとあんた!大丈夫!?」
続いて駆け寄ったソフィーが、死者を蹴散らしつつ声をかけた。
そのまま、アレサンドラに近づこうとする死者達を蹴り倒し続ける。
「あたしは!生きて!若くて!金持ちで!ハンサムな!大貴族と!面白可笑しく!贅沢して暮らすんだから!こんな所で、悪役令嬢と心中なんてしてやらないわよ!」
アレサンドラの斬撃で多くの死者が倒れた結果、ぽっかりと出入り口の前にスペースができている。
その空間を確保しつつ、アレサンドラが”扉を斬る”時間を稼ぐのがソフィーの役割だ。
「死人の分際で、貴族令嬢に近づくんじゃないわよ!!」
近づいてくる死者に強烈な横蹴りを放ち、その反動を利用して反対側の死者に逆足の横蹴りを放つ!
「例え騎士団長の息子でも!死人は眼中に無いから!あっちに逝きなさい!!」
続いて近づいてきた大柄な見覚えのある服装の生ける死者に、ソフィーは右後ろ回し蹴りを放った。
が、疲れのため踵の刺さりが浅かったのか、元騎士団長の息子はよろめいたものの、また掴みかかってくる。
「しつこい男ね!もう一つ!」
そこに追加される強烈な左後ろ回し蹴り!
さしもの生ける死者も、そのまま倒れ伏して物言わぬ死者の仲間入りを果たした。
「どうよ!男爵令嬢の回転二連脚の切れ味は!」
体重の軽さを反動に代えて蹴りの威力を倍加する体術の冴え。
さらに左右で同威力の蹴りをスムーズに繰り出すことができる柔軟性。
正確に相手の急所へ蹴りを叩き込む技術と、ピンポイントの威力を支える鉄の踵。
小柄な女性のソフィーがたどり着いた、蹴撃術の極致とでも言うべき武の芸術により、死者達の波は扉から遠ざけられ続けた。
だが、その曲芸のような全身運動は、わずかな時間を稼ぐという成果と引き替えに急速にソフィーの体力を奪っていく。
「長くは、持たないわよ!さっさと立ちなさい!」
先ほどの大技の反動でどこかを痛めたのだろうか、両開きの扉の前で座り込んだままのアレサンドラの様子に、ソフィーも焦りを隠せない。
◇ ◇ ◇ ◇
施錠された扉を前にして、アレサンドラはかつてないほど集中していた。
樫の巨木から削り出された分厚い両開きの扉。
王国最高峰の技術により削り出された表面はどこまでも滑らかであり、そこに隙間があるようには見えない。まして、その奥の錠前の金具は存在すら感じられない。
座り込んだまま、アレサンドラは長剣の先で扉までの距離を慎重に測る。
距離が近すぎては、長剣の厚みで扉に挟まり、剣速が死んでしまう。
反対に距離が遠すぎては、長剣の刃が扉を施錠している金属部品まで届かない。
そして振り下ろす剣の軌道が少しでも垂直でなければ、長剣の刃は扉を削り止まってしまうだろう。
だが、真っ直ぐに振り下ろすことのみに腐心して切っ先の速度が不足すれば、そもそもの威力が不足し切断に至らない。
正確な距離から、全力で、しかも真っ直ぐに剣を振りきって、目に見えない分厚い金属の部品を切断する、という絶技が求められている。
しかも、数時間の奮闘で疲労した身で、周囲から生ける死者が襲い来る、この状況で!
(私なら、できる!クレモント侯爵家の令嬢たる、私ならば!!)
アレサンドラは、己の中から沸き上がってくる確信と共に、閉じていた目を開き立ちあがる。
極限の集中力で狭窄した視野の中、彼女は見えないはずの扉と扉をつなぐ線を、確かに見た。
自然に振りかぶられた長剣が、まっすぐに弧を描き、抵抗無く振り下ろされた。
◇ ◇ ◇ ◇
(失敗した?)
ソフィーは、アレサンドラの剣が真っ直ぐに振り下ろされたのを視界の端にとらえ、その失敗を悟った。
おそらくは厚い扉の中の金具までの距離を見誤ったのだろう。
あるいは、全身の疲労で足の踏み込みがついてこなかったのか。
そういえば、先ほど大技で死者の群を薙ぎ払った際に、苦しげな表情をしていた。
どこか深刻な負傷を抱えているのかもしれない。
「くっ・・・!」
どうする。このまま負傷したアレサンドラと心中するか、あるいは自分だけで包囲から脱出して、更なる時間稼ぎと救出班が来ることに賭けるか。
ソフィーは残り少ない体力と自慢の計算高い頭脳をフル回転させた。
生き残る、ということだけを考えたらどうするかは明らかだ。
自分はこんな場所で死ぬわけにはいかない。
例え1人になろうとも、生き残ってやる。
若く顔がよく金持ちで身分が高い運命の男とならともかく、こんな悪役顔をした派手派手しい女と一緒に死んでやるものか。
「この悪役顔女!!さっさと立ち上がって、もう一度根性見せなさいよっ!!」
だというのに、ソフィーの口から吐き出されたのは侯爵令嬢への叱咤。
残り少ない体力を振り絞り、押し寄せる生ける死者達を倒し続ける。
アレサンドラは、相変わらず動かない。
その上、視界の隅で、こちらから見えないはずの侯爵令嬢の顔が笑みを浮かべたように思えた。
(笑ってんじゃないわよ!・・・えっ?)
いかなる目の錯覚か、分厚い扉がわずかに動いた、ように感じられた。
「斬れた・・・」
ソフィーの耳に、アレサンドラの呟きが届いた。
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