第06話:脱出への希望
アレサンドラが護衛から奪った剣を軽く振ると、ブォン、と剣風が巻きおこった。
「いい長剣ね。やっぱり長剣こそが剣の基本にして王者よね。そう思わない?」
「えっ。そんな歴戦の剣闘士みたいな感想に同意を求められても困るんだけど」
困惑するソフィーに、アレサンドラは、話にならない、とため息をつきつつ肩をすくめた。
「やっぱりあなたは平民育ちよね。淑女の嗜みが足りないわよ」
「なっ・・・」
絶句するソフィーに構わず、アレサンドラは長剣を構えて駆けだした。
「さあ、気合い入れなさい!脱出するわよ!」
「な、納得いかない!今のあんたの台詞のどこに淑女の嗜みがあったのよ!」
悪態をつきつつも、ソフィーが続く。
生きるか、それとも死ぬか。
最後の”勝負の刻”迫っている。
◇ ◇ ◇ ◇
「それで!どうやって脱出するの!作戦はあるんでしょうね!」
彼女たちの安全地帯であった演台は、既に生ける死者達の波に埋め尽くされている。
この部屋に、もはや令嬢達の安全地帯はない。
まさに背水の陣。
いや、移動の足を止めた瞬間に死者の濁流に飲まれるのだから、溺水の陣とでも評するべきか。
ソフィーが確認するのも、全ては生きて帰るため。
他人に己の生命を委ねる者が抱く、当然の不安である。
「大丈夫!ついて来なさい!」
だが、侯爵令嬢には確信がある。
高貴な生まれの自分が、こんな場所で死ぬはずがない!
そして、必ずやこの死地から抜け出してみせる!
とはいえ、現実は厳しい。
出口には大勢の生ける死者達が待ちかまえており、その背後には分厚い施錠された扉がある。
この障壁を、たった2人の令嬢達がどのように突破しようというのか。
「あなた!ほんの少しの間だけ、1人であの無粋な人たちの相手はできる?」
扉に向かって駆けつつ、アレサンドラが唐突に訊ねた。
「少しってどのくらい?」
「深呼吸3回分、ぐらい!」
ソフィーは疲労した自分の体と対話し、そのくらいなら全力を出せば持ちこたえられる、と結論した。
もっとも、その後は体力が尽きて、遠からず生ける死者の仲間入り、ということになるかもしれない。
「いけるわ!それで、具体的な作戦は!」
危険がある?それがどうしたというのだ!
ジリジリと打つ手なく死者に飲み込まれるなど、ごめん被る。
ソフィーの内には、己の運命に対する強力な野望がある。
それ以上に、死ぬのが怖くて令嬢がやれるか!と胸の内の令嬢魂が叫ぶのだ!
この命が尽きるその瞬間まで、決して歩みを止めることはない!
「いいこと!あなたが時間を稼いでくれたら、その間にわたしが”扉を斬る”わ!」
「はぁ!?あんた何言ってんの?」
危うくソフィーは足を止めるところだった。
◇ ◇ ◇ ◇
パーティー会場のドアは樫の巨木から削りだした分厚い一枚板の材木に、要所要所の鉄の補強が施されたもので、ちょっとした砦の正門並の防御力を誇っている。
というのも、この会場は城内で反乱などが起きた際の防衛拠点の一つとして建設し整備されたためだ、という知識がソフィーにはある。
ちなみに、なぜ男爵令嬢に過ぎないソフィーが城の機密に属する情報を知っているかと言えば、アレサンドラの婚約破棄を確実にするため王子に頼み込んで見せてもらった城内地図に、そうした経緯が書き込まれていたからであった。
ソフィーは野望の実現のためならば、事前の周到な準備と情報収集を怠らない策略系令嬢なのである。
「無理!いくらあんたでも無理!」
悪役令嬢の剣技は認めよう。
それが侯爵令嬢として相応しいかどうかはともかく、その術理が自分の知る誰よりも高い水準に達していることは、ここ数時間でイヤという程に見せつけられた。
だが、それとこれとは別の話である。
この分厚い城門の如き扉を開けるには、優れた技ではなく圧倒的な力がいる。
用いるには剣ではなく、大勢の男たちによる破城槌が必要なのだ。
「何とかする!」
「だから、どうやって!」
「まっすぐに扉の隙間を斬る!!」
アレサンドラの回答は、ソフィーを絶句させた。
確かに、両開きの扉には隙間がある、かもしれない。
扉が施錠されてはいても閂まではかけられていない、かもしれない。
ならば、扉と扉の間の金属部品だけを扉に触れることなく切断できれば扉は開く、かもしれない。
しかし、腐っても王城の防御施設の扉である。
最高級の建築素材と最高度の建築技術が注ぎ込まれた扉には、剣を振り抜く隙間などないのではないか。
まして扉と扉をつなぐ金属の部品は、なまなかな剣など歯が立たない、分厚く強度のある素材が使われている、と考えるのが普通ではないか。
それを、斬る、という。
この侯爵令嬢、やはり頭がおかしい。
男爵令嬢は、この窮地から脱出できたら王国中に頭のおかしい侯爵令嬢の噂を広めてやろう、と改めて決意した。
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