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第05話:生命賭け

ちょっと手が痛くなってきたので、今日はたぶんここまで

「そろそろ、限界、ね」


と、ソフィーが肩で息をしつつ弱音を吐いた。


「わたしの方は、剣が先に限界がきそう」


100体を越えて生ける死者の首を刈り取ってきた剣は、いよいよガタつきが無視できないレベルになってきた。

なにしろ、元はただの典礼用の儀礼剣である。

これまで剣にかかる負担を最小限に押さえてきたアレサンドラの絶技をもってしても、カバーできないだけの金属疲労が剣に蓄積されている。


「あたしも、そろそろ靴のヒールが限界ね」


何度も必殺の蹴りを繰り出したソフィーの靴からヒールの金属が見えてしまっている。


(あんなものが埋め込まれてたら、そりゃあ人も殺せるわ)


と、アレサンドラは自分の所行を遙か遠くの棚に置いて他人事のように評した。


「そもそも、男がいけないのよね」


アレサンドラが剣を一閃すると、また一人生ける死者の首が飛ぶ。


「うん?どういうこと?何かの恋バナ?」


ソフィーが脚で一撃を首に叩き込むと、また一人生ける死者が崩れ落ちる。


2人の貴族令嬢は距離をおいて会話しつつ、目の前の敵を沈めることに余念がない。

会話の内容は、現在の理不尽な状況に対する愚痴、のようなものである。


「女はいいのよ。首が細いし筋肉がないからすぐに落とせるの。だけど、男はダメね。首が太くて剣に負担がかかってしょうがないわ」


「恋バナかと思ったあたしがバカだった。あんたは、そういう女だったわね」


2人の剣も、脚も止まることはない。


「失礼ね!あたしは男もダイエットした方がいい、って言いたいのよ。貴族だから太った男もいるでしょ?そいつらときたら、肉は厚いし脂はぬめるしで、切れ味が落ちて大変なんだから!」


「ああ、そう・・・」


剣が奔り、脚が唸る。


「その点、王子は良かったわね。男だけど首は細かったから綺麗に落とせたわ。あと、顔の良かった大神官も楽だったわね。顔のいい男は、だいたい細いから好きよ」


「あんた!ぜったいおかしいから!どこの侯爵令嬢が、首の斬りやすさで人の好き嫌いを判断するの!」


声が大きくなると技の威力もあがるのだろうか。死者達が一際大きく吹き飛ばされる。


「侯爵令嬢でも戦場に出たら、大事なことでしょ?お爺さまは首はいつも綺麗に洗っておけって」


「違うわよ!侯爵令嬢は普通、戦場に出ないから!あなたの家はおかしい!!」


「やっぱり男爵家と侯爵家はいろいろ違うみたいね」


「なに階級の差は超えられない、みたいな話にしようとしてるの!絶対に!爵位の違いが原因じゃないから!」


嵐のような攻撃を一段落させると、2人の貴族令嬢は己の得物を鋭い眼差しで点検する。


「まあ、いいわ。それでもね、そろそろ剣を換えたいのは本当よ。このナマくら剣、いつ折れてもおかしくないもの」


「・・・あんたのことだから、剣の2本や3本持ち込んでるんじゃないの?侯爵なんでしょ?」


「ソフィー、なに言ってるの。わたしは侯爵令嬢ですもの。武器なんて持ち込んでるわけないじゃない」


「・・・なんか、当たり前のことを言われてるんだけど、命の瀬戸際に立つとイラッとするわね」


「あなたは換えのヒールはないの?」


「これっきりね。私に合う靴が、なかなかなくて・・・」


踵が武器になっているような特殊な靴に換えがあるわけがない。

なのに何故、お洒落の話をしているかのように話すのか。


(なるほど、これは腹立つわ)


アレサンドラは、この世にはどうしても殴り倒したいほど一挙手一投足が気に入らない相手がいるのだ、という事実を再発見していた。


◇ ◇ ◇ ◇


「作戦を変更しましょう!救援が来ないなら、このまま戦っててもじり貧よ!」


いよいよ剣の耐久度が怪しくなってきたアレサンドラが提案した。


「仕方ないわね!それで、具体的にはどうするの!」


ソフィーの応答に、アレサンドラがかぶせる。


「出口に突っ込む!そして脱出するの!」


「あんた正気!?」


「いいから着いてきて!ドラゴンの卵を得たければドラゴンの巣穴に突っ込め、よ!」


アレサンドラが演台からひらりと飛び降りると「しょうがないわね!」と悪態をつきつつソフィーが続いた。


が、アレサンドラは真っ直ぐに出入り口に向かわず、その横へと走った。


「どこにいくの!?」


「まずは、このナマくらよりマシな剣をもらうのよ!」


アレサンドラの目標は、護衛兵の生ける死者。

大柄で首が太く、今のナマくら剣で倒しきれるか微妙な相手だ。


走りながらの攻撃は難しい。

まして、長時間の戦闘を経て疲労の残る体と、脆弱な武器でピンポイントの突きを成功させるには、どれだけの高度な技量と集中力と、そして運が必要となることか。


「てぇえい!!」


気合い一閃、銀光が男の喉元に吸い込まれる!と、同時に、ばきり、と嫌な音を立てて剣が折れた。

かつて護衛兵だった死者は、ゆっくりと、己の死を今さらに確認したように後ろ向きに倒れていった。


「やったわね!」


アレサンドラは、見事にやり遂げた。

鋭い踏み込みと、典礼剣の損壊を代償として、一撃で護衛兵を打倒し、そして新たな剣を手に入れたのだ。


「思った通り、王子様つきの護衛は、いい剣を持ってるわね!」


死体の鞘から引き抜いた剣をかざして、悪役令嬢ははしゃいだ。


護衛が腰に差していた剣は無骨な鋼鉄製で拵えも質素なものだったが、その鈍色の分厚い刃はどのような宝剣よりも力強く、アレサンドラには映った 。

応援ありがとうございます。

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