第04話:同盟の危機
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生ける死者の津波が、2人の令嬢に襲いかかっていた。
2人が陣取る演台は死者の海に浮かぶただ1つの生者の筏であり、死者達は生命に輝く彼女らを引き摺り落とすべく押しては引き、引いては返す波のように
、圧倒的な質量を持って襲いかかり続けた。
「死んで、たまるかぁーーーーーーっ!!」
もう何度目になるか、生ける死者をたたき落とす女狐にも疲労の色は濃い。
悪役令嬢と女狐令嬢は、よく2人で協力して死者達の波を跳ね返し続けている。
その数、およそ6波。合計で100体以上の生ける死者を、物言わぬ死体へと変えたはずだ。
しかし、いまだ数百体の生ける死者が疲れることなく、ゆっくり、ゆっくりと押し寄せてくる。
その足取りに躊躇いや遅滞はない。
「走ったり、壁を登ったりしてこないのは不幸中の幸いね」
「そんな死者、いるわけないでしょ!どこでそんな情報耳にしたの!」
「古代文献の解説を・・・なんでもないわ」
それよりも。
アレサンドラは少し離れた階段で奮闘を続ける女狐に戦友めいた感情を抱き始めていた。
思ったよりも、だいぶやる。
ソフィーの戦い方は、アレサンドラの見知らぬ技術だった。
何しろ、武器を使わない。
両手に小さな燭台を構えて盾代わりに使ってはいる。
が、その打撃はもっぱら裂かれたスカートから覗くスラリと伸びた足によるのである。
「はあっ!」
女狐が気合いとともに真っ直ぐに前へ足を出して蹴る。
この技術がくせ者で、生ける死者と女狐の距離があき、後ろに続いた死者は階段から転げ落ちる。
「どっせいっ!!」
そうしてできた距離を利用し、ソフィーは体を横向きに精一杯倒し、足をいっぱいに延ばしてヒールの踵を死者の首に直撃させるのである。
横蹴り《サイドキック》、と格闘技の心得がある者が見れば、その威力とヒールを直接急所にたたき込む技術を賞賛したことであろう。
「大した技術ね。どこで勉強したの?」
感心してアレサンドラが訊ねると、息を切らせつつソフィーは憎まれ口を叩いた。
「あたしみたいな美人はね、市井で生きるには苦労が多いのよ!」
なるほど。学園のように階級差があっても男共にモテるのだ。
市井にいた頃のソフィーは、それこそ上から下まで、品の良くない連中もよってきたに違いない。
咲き誇る花によってくる悪い虫を追い払うための技術、市井の武器なき民が身につけた自衛の技術、というわけね。
ひとり合点するアレサンドラに、ソフィーが反駁した。
「それより、おかしいのはあんたよ!なんで侯爵令嬢のくせに、そんな西洋ネギ《リーキ》でも刻むみたいに、人をスパスパ切り倒せるのよ!」
「これ?」
また1体、スパンと死者の首を切り離しつつ、心外な、とアレサンドラは表明した。
「侯爵令嬢たるもの、戦場で剣技の一つぐらい披露できないと務まらないでしょ?お爺さまはそう言ってたもの」
ソフィーから見ても、アレサンドラの剣技の冴えは異常だ。
何度か煽てて見せてもらった王子やその取り巻きたちの剣技とは、なにもかもが違う。
アレサンドラの剣技は最小の動きで最大の効果を上げるよう、最適な動作を繰り返している。
すなわち、死者の喉に向けて刃を寝かせた突きからの横斬り。
それだけを、まるで素振りの稽古のように単調に、何度も何度も、真っ直ぐに突きを続ける。
右手で横向きに剣を保持し、左手を柄頭に添えて突きの威力と衝撃を補完する。
突いた瞬間に左手も添えて右手を振り切る。
それだけを数十度も繰り返し、一度の仕損じもない。
その証拠に、自分は肩で息をしているというのに、アレサンドラには呼吸の乱れもない。
動作に無駄がないから、体力の消耗がない。
ソフィーが着目したのは、彼女の足運びだ。
突く前に下がり、突くときに前にでる。
まっすぐ一歩下がり、まっすぐ一歩前にでる。
たったそれだけの単純な動作が、彼女の鋭い突きの速度と威力を支えている。
あれなら疲れないはずだ、とソフィーは思う。
あの剣技は、厳密には突きとは言えない。
歩いている彼女が構えた剣先に、死者の方からぶつかりに来ているのだ。
歩くという動作に突きが内包されている、と言い換えても良い。
街の道場で奥義の境地として師範が似たようなことを言っていた気がする。
女なので入門できず道場の外から稽古の風景をのぞき見ていた彼女は、何のお伽話かと鼻で嗤っていたものだが。
それを、この女は絶対絶命の状況で、一度の失敗もなく生ける死者相手に続けている。
「こんなナマくら剣じゃ他にやりようもないもの。本当はもっと派手に斬り倒したいんだけど」
「どこにそんな血塗れの侯爵令嬢がおるか!」
とうとう、ソフィーは絶叫した。
◇ ◇ ◇
それにしても救援が遅い。
また2波の襲撃と十数体の死者を片づけたアレサンドラは、さすがに不審の念を抱いた。
いくら扉が施錠されているかといって、これだけの人数が叫び、走り、暴れているのである。
外部から救援なり、せめて誰何があってしかるべきではないか。
「救援なら来ないわよ」
アレサンドラの疑念を見透かすように、ソフィーが答えた。
「なぜ来ないのかしら?いくら扉が厚くても、外の警備に騒ぎは伝わっていると思うのだけど」
「だって、警備の人が来ないように王子が手配したんだもの。学生最後の集まりだから、少し羽目を外したいから、って」
いっそぬけぬけと言い放つ女狐にアレサンドラは激昂した。
「なぁーにが、王子がやりました、よ!あなたが小知恵を働かせてそそのかしたに決まってるでしょうが!!この女狐!!」
「あー、女狐、女狐って言った!!仕方ないでしょ!あんたが悪役顔の癖に権力だけはあるからいけないのよ!!」
「こ、この・・・言うに事欠いて私を悪役顔ですって!!この、垂れ眼チビが!!!」
「あんたみたいに派手派手しい顔した女が悪役以外の何が務まるってのよ!」
せっかく結ばれた同盟は、早くも崩壊の危機に瀕することになった。
もうちょっと頑張ります