第03話:生き残るための同盟
ちょっと時間かかりましたね。
散歩の後、もう少し頑張ります。
サーベルは、片手用の乗馬剣の一種である。
騎乗しつつ振り下ろす、またはすれ違いざまに斬る、ことを目的として緩やかに反った刀身を持つ貴族の象徴たる刀剣である。
どこかの男子生徒の親が学園の卒業式に典礼用として誂えるには、まことに正しい選択、と評する他はない。
その磨き上げられた刀身は金銀に縁取りがなされ、鍔元は銀と宝石で幻獣の文様が光を受けて自然と浮き出る細工に、制作した職人の高度な技術が伺える。
だというのに「ただ、ちょっと人を斬るには向いていないかしらね・・・」というのが、その豪奢なサーベルを今まさに実用的に振り回そうとする令嬢の散文的な感想であったりする。
この剣は軽すぎる。短すぎる。バランスが悪すぎる。切っ先が鈍すぎる。何よりも、鉄の厚さが物足りなさすぎる。
「まあ、仕方ないわね。とりあえず試し斬りと行きましょうか、そこのあなた」
ぶつぶつと独り言を呟いていたのを隙と見たのか、よたよたと近づいてくる死者が、つと、剣先を向けられ、びくり、と立ち止まった。
言葉も理性も通じない死者にも、恐怖、という感情が備わったのだろうか。
ずぶり
立ち止まった死体が、もう一度動き出そうとしたとき、既にその首に銀色の切っ先が深く埋まっていた。
「あら?やっぱり突くだけじゃダメね。普通なら動脈と気管が潰れてるはずだけれど」
ずぼっ、と音を立てゆっくりと剣を抜くや、瞬間、次の突きが死者の首の同じ箇所に埋まっていた。
「今度は刃の向きを横にしてみたの。で、こう横に振り抜く!」
アレサンドラが、その切っ先を大きく横に振り抜くと、ガリッ、と堅いものを削る音を立てて死者の首が落ちた。
と、同時に、死者の体は大地に横たわり動きを止めた。
「ふーん?やっぱり首を落とせば止まるじゃない。甲を被った男の首を落とす要領ね」
まるでダンスのコツを掴んだ令嬢のように、アレサンドラは満足気な笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇ ◇
首を落とせば生ける死者は活動を止める。
アレサンドラが剣技をもって生徒たちに示した事実も、恐慌に陥った生徒達を落ち着かせる効果はなかった。
なにしろ、今の自分たちに襲いかかっているのは元王子の護衛の屈強な大人であり、また自分たちと同程度の体格の元同級生である。
余程の腕力と技量の差がなければ、傷を受けてたちどころに生ける死者の仲間入りである。
会場の椅子や燭台を振り回し、懸命に迫り来る死を遠ざけようとする姿は胸をうつ光景ではあっても、実効は薄い。
「あれは助けられないわね」
アレサンドラはかつて軍学の教師に受けた教えを思い起こしつつ、救えない軍勢を救おうとすることで致命的な損害を被る愚を避けるべく行動を開始した。
具体的には、我と我が身を守ることができる戦場とすべき適切な地形を懸命に探したのである。
出入り口は論外。死者達が折り重なり、移動は自殺行為。
貴賓室は出入り口が一つしかない。退路のない籠城は緩慢な自殺行為に過ぎない。
となると、先ほどまで愚かな王子がわめいていた場所。演台が良い。
ある程度の高さがあり、登るための階段は2つ。そして籠もるための障害も2つしかない。
危地に及んでは決断と実行は激動的になさねばならない。
それも彼女の受けた教えである。
「というわけで、あんた邪魔なのよ!どきなさい!」
剣の刃を横向きに寝かせて顎の直ぐ下の首に打ち込んで振り切る、アレサンドラの戦場剣技の前に、元婚約者の死体は首を飛ばされて倒れ込んだ。
「ああああーーーーーーっ!!あんた!!いったい誰に手をかけたのかわかってるのーーーーーーっ!」
非難の声を上げたのは女狐である。
大勢の生徒が出入り口に殺到して生ける死者の仲間入りを果たすところ、うまいこと身を隠していたらしい。
「ジャンのこと?もちろん知ってるわよ?」
「ジャン=ルカ=アルドメリ第一王子よ!!!だ・い・い・ち・お・う・じ!!」
「元王子、よ。故をつけてもいいけれど。そんなに欲しかったら、そこの首を持って行っていいわよ」
「首だけじゃ王位を継げないでしょ!!あああ!もう!」
「そうね。首だけだと至尊の冠を戴くのは難しいかもね。安定が悪そうだし。ほら、あなたが大声を出すから来ましたわよ。死にたくなかったら手伝いなさい!」
女狐は敵対者ではあるが、舞台の階段を防ぐためには2人の人手が必要なのである。
この女は卑怯者でやり口は汚いが根性が太そうだし、最悪、時間稼ぎの盾にはなってくれるだろう。
「あーもう!やってやるわよ!やりゃあいいんでしょ!やれば!」
自棄になったのか、ロングスカートの脇をビリビリと破き、機動性を確保したソフィーがアレサンドラに大きく吠えた。
「こんなところで死んでたまるか!死んでたまるか!あたしは勝つんだ!最後には勝つんだ!・・・なによ、なにが可笑しいのよ!」
「別に。その生き汚い根性を分けてもらいたくなっただけよ」
「汚くて悪かったわね!!平民育ちの男爵令嬢を舐めるんじゃないわよ!!」
ここに、絶体絶命の危地を奇貨とした悪役令嬢と女狐令嬢の生き残るための同盟が誕生した。
この、一時の方便として成立した同盟が幾多の試練を経て終生の同盟になろうとは、当時の二人には知る由もなかったのである。
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