第02話:肉食獣の笑み
今日は頑張って書きます(書きためなし
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「き・・・キャアアアーーーーッ」
最初に、絹を裂くような叫び声を上げたのは、大神官の息子に懸想する伯爵令嬢か、あるいは男子学生の幼馴染みであっただろうか。
「う、うわーーーっ!!」
「な、なんだっ!」
「逃げろ!、い、いや取り押さえろ!」
「治療だ、それよりも治療を!!」
突然の流血と惨劇に、大声をあげるもの、立ちすくむもの、走って逃げ出すもの、逆に現場に近寄るもの。
生徒達の動きは無秩序を極め、数百人の奔流は倒れた学生を踏みつけ、突き飛ばし、大勢の負傷者を量産していく。
「あ、あの痴れ者を取り押さえろ!」
「しかし御身の護衛が・・・」
「いいから行け!」
王子の叱咤を受けて護衛達は迅速に暴漢を取り押さえにかかった。
どれだけ暴れ、噛みつき、爪を立てたところで、しょせんはボンボン育ちの学生の力である。
大人の男の鍛えられた専門家には敵わない。
せいぜい擦り傷を作ったところで、ほどなく2人の護衛に取り押さえられた。
混乱の極みにあった学生達も、騒動が収まったと見て、怖いもの見たさからこわごわとドアから離れ惨劇の現場へと近寄っていく。
それが、後にどんな結果を生むかを知りもせず・・・。
「しかし・・・いったい何なのだ?何かの魔法か?それとも他国のスパイなのか?」
王子の誰何に、未だ暴れ止まない学生を押さえこみつつ護衛は答えた。
「わかりません。とにかく、この学生の様子は異常です。外の警備にひきわたしまし・・・シ・・・二」
「それにしても、この男子学生は見覚えがないな。どこのクラスだったか・・・おい、どうした」
「ガガ・・・二」
「・・・二?」
「ニクウゥ!!」
ガリッ、と音がしたのは噛みついた犬歯が首の骨までを削った音なのか。
護衛兵の鍛えられた噛筋は軟弱な王子の首を半ばまで食いちぎり、王子の首筋からは、またしても噴水のように血液が吹き上がった。
(あらあら。これじゃあ、婚約は破棄ね)
物理的な意味で。
アレサンドラに、死人と添い遂げる趣味はない。
「ギャーーーーーッ」
と意外に野太い声を上げて女狐ソフィーが白いドレスを翻して逃げ出すのが見える。
バカみたいに高いヒールの癖に、意外なほどに足が速い。
もう1人の護衛兵も生ける死者となり、唐突な現実の変化についていけない学生達に襲いかかっていく。
先ほどの混乱が、規模と深刻さを10倍にして再現された。
今度は、文字通り生死のかかった鬼ごっこである。
通常の遊びと異なるのは、捕まった鬼は生ける死者となって鬼に加わることであり、時間がたつにつれ加速度的に鬼が増えていくことだる。
1人が2人に、2人が4人に、4人が8人に・・・。
ねずみ算式に生ける死者が増えていく絶望の狂騒の中で、アレサンドラは混乱と無縁の場所に1人佇んでいた。
彼女が王子に弾劾を受けた時点で周囲の人が遠ざかった結果の、思わぬ効用である。
「とはいえ・・・脱出口がないのは確かね」
なにしろ生ける死者達は出口に殺到して身動きのとれない生徒達に真っ先に食らいついたのであり、その多くは施錠された扉を開けるまもなく生ける死者と化した。
うかつに出口に陣取る死者の集団に突っ込めば、そのまま生ける死者の仲間入りである。
思案するアレサンドラは、典礼用のサーベルが落ちているのを発見した。
おおかた、どこかの男子生徒が投げ捨てたものであろう。
おもむろに拾いあげてみるも、その華奢な作りに彼女は顔をしかめた。
こんな代物では実戦の用に足りない。が、今は危急の時。ないよりは幾分かマシであろう。
豪華な作りの鞘から剣を抜き、ひゅんひゅん、と軽く振り回す。やはり軽い。バランスも良くない。
とはいえ、ひゅん、としなる剣先が空気を裂く音は、いつ聞いても気持ちがよい。
「さて・・・同級生を斬るのは初めて・・・になるのかしらね?」
サーベルを真っ直ぐ肩の高さに構えたアレサンドラは、犬歯を覗かせ獰猛に微笑んだ。
それは生ける死者に追い回される令嬢の諦観の笑みでなく、己の牙の鋭さを確かめたくてたまらない若き肉食獣の笑み、であったかもしれない。
そろそろ彼女のターンです




