「大丈夫」
「お願いします!どうしてもこの薬草が必要なんです」
少女はボロボロの紙切れを見せつけながらフルプレートの装備に身を包んだ男に頭を下げる。
必死に握っていたのであろうその紙には、少女の懇願を表すように皺がくっきりと刻み込まれている。
「頭は上げてくれ嬢ちゃん。悪いんだがその願いは聞き届けられない。騎士団は何でも屋じゃねえんだ――」
フルプレートの男は癖なのか頭を掻きながら溜め息交じりにそう言う。ヘルムの上から金属同士が擦れ合う耳障りな音が響く。
「――第一、その薬草が生えているのは『メロウの森』じゃねえか。生半可な実力じゃ半刻も生きてられねえ」
少女は目に見えるように肩を落とす。少女もそれは分かっている。しかし、分かっていても懇願するしかない。
母が倒れた。その急報を聞き、私は通っている学園から母の職場である王都一と噂の食事処『金色亭』へと息を切らせながら走った。
『金色亭』の周りには人だかりが出来ていた。その人混みをかき分けながら年齢の割に小さな身体を前へと進める。
やっとの思いで人混みを抜け出した私の視線の先には四人の人がいた。一人は苦しそうに荒い息を吐く母。もう一人は心配そうに母に声をかけ続けている父。そして母の容態を窺っている二人には見覚えがあった。私が小さい頃からお店に顔を出してくれている常連さんである。
母の首に指を当て何やら詠唱をしてる女性。正確な名前は知らないが、もう一人の男性が『メル』と呼んでいるので、私もメルさんと呼んでいる。綺麗な長い銀髪、端正な顔立ち、雪のように白い肌、スレンダーな体型。抜き身の名剣のような美しい容姿に、女の私でも思わず見惚れてしまう。
「団長、ダメです。手持ちの薬や私の祈りでは...」
『団長』とメルさんに呼ばれたもう一人の男性は、顎に手を当て考え込んでいる。彼は団長さん。小さい頃からそう呼んでいるので名前を知らない。容姿はメルさんと同じ銀髪、女性のような整った顔立ち、細身だが結構がっしりとした体型である。普段はやる気のない雰囲気だが、今は何というか様になっていてかっこいい。
「メル、材料さえあれば薬は作れるのか?」
団長さんはメルさんにそう聞いた。
「ええ、調合自体はそんなに難しいものではないですから」
その後、私の耳には聞こえなかったがメルさんと団長さんは二言、三言会話を交わし、団長さんだけが『金色亭』を出て行った。
団長さんの「大丈夫」とすれ違い際に耳元でかけられた一言で我に返った私は、慌てて母に駆け寄る。
「お母さんっ!」
「エンジュさん、ダメです――」
母に抱きつこうとした私をメルさんが止める。
「――お母さんは危険な状態です。動かしてはいけない」
「エンジュ、今は彼女の言う通りにしよう」
父はそう言って私を抱き寄せた。しかし、父の逞しい腕は震えていた。父ももどかしいのだろう。何も出来ない私と同じように...
私の不安を見越してか、メルさんは笑った。普段のクールな印象からは考えられないような柔らかい笑みだった。
「あの人が薬草を採りに行っていますから大丈夫です。もうしばらくお待ちください」
「あの人って団長さんのこと?」
「ええ、普段は頼りないかもしれないですが、いざという時は誰よりも頼りになる方です」
メルさんは自分の宝物を自慢する子供のように言った。こんな状況にもかかわらずかわいいと思った。
メルさんのおかげで少し落ち着いてきた。
「メルさん、お母さんの容態はどうなの?」
一転、メルさんの表情は険しいものとなった。
「女将さんの容態はかなり危ないです。そのまま放置すれば五日と持たないでしょう」
「そんなっ!」
「安心してください。ちゃんと対処すれば後遺症も残らず依然と同じように生活出来ます。ただ...いえ、これは後にしましょう」
後半は聞こえなかったが、メルさんは母が治ると約束してくれた。しかし、何かせずにはいられない。
「メルさん、お母さんに必要な薬草の名前を教えてください」
「『ケプラ草』ですがそれが...「エンジュ」さんっ!」
私は父の腕を振り解き、父とメルさんの声を背に『金色亭』を飛び出した。ごめんなさい、お父さん、メルさん。私、何もせずにはいられない。
私は通っている学園へと再び走り出した。