第8話 教えてアリー先生
「ところでアリーさんは何が得意なんでしょう?」
一緒に暮らす隣人としてその力は知っておこうと、彼女に尋ねました。
アリーさんはガイコツの顎をカタカタと震わせて答えます。
「……私は今はただのスケルトンですわ」
彼女は静かに語りだします。
「生前は『器用富豪の天才』と呼ばれるほどの数々の能力を持っていましたのよ。でもアンデッドになったことで、技能や魔力は失ってしまいましたわ」
あら、それは残念。
わたしががっかりしていると、ヨルくんが近付いてきて画面を展開しました。
そこにはアリーさんの能力値が表示されます。
アリーアンス・ウィシュ・スペアリーブ
スケルトン
筋力 5
体力 7
敏捷 6
魔力 3
スキル
「……うわぁ」
「あら、酷いものですわね」
思わず声が出たわたしの後ろから、アリーさんが覗き込みます。
その能力値はのきなみ低く、スキルも空欄でした。
どうしましょう。
なんと表現したらいいものでしょうか。
「……なかなか骨のある能力値ですね!」
「フォローになっていませんわ」
「すみません……」
フォローどころかただのダジャレでした。
「……大丈夫ですわ。自分で選んだ道ですもの」
彼女は寂しそうに自身の髪を撫でました。
そんな力を失ってしまいながらも『賢者の石』を追い求め続けるのには、いったいどれだけの執念があったのでしょう。
わたしには想像もできません。
「まあきっとまた一から訓練すれば使える技能も増えることでしょう。それに役立たずなりに、何か皆さんのお役に立てることを探しますわ。まずはこのダンジョンの中の調査から……」
彼女はそう言って寂しそうにその場を立ち去りました。
うーむむむ。
悪いことをしてしまったかも……。
他人の能力値を覗き見するなんて、本当はプライバシーの侵害ですよね。
わたしはそんなことを考えながら、彼女の能力値が表示された画面を見つめるのでした。
§
「……あっ、来た……!」
わたしがダンジョンの入り口に隠れて獲物を待っていたところ、小さな小鳥さんが迷い込んで来てくれました。
小鳥さんは地面にばらまかれたパンくずを啄み、中へと誘導されます。
「もうちょっと……あとすこし……」
そこには即席で作られた罠が存在していました。
クリエイトルームでモデリング機能を使い、大きめの『木の器』と『木の棒』、『繊維のツル』を作りました。
つっかえ棒をツルで引っ張ることで、パタリと木の器が倒れる……そんな罠です。
我ながらそれなりに上手く出来た気はするんですが……。
「ちょえっ!」
タイミングを見計らってツルを引っ張ります。
「ピッ!」
小鳥さんは慌てて羽ばたいて逃げ出してしまい、木の器は何もない空気を捕まえました。
小鳥さんは飛び去っていってしまいます。
「ダメでしたか……」
さすがにこんな罠では捕まってくれないようです。
……うーむ。
わたしは腕を組んで悩みます。
ダンジョンを育てるには生命エネルギーが必要です。
しかしそう簡単に生き物がダンジョンの中にやってきて、死んでくれはしません。
よって自ら捕まえようと思ったのですが……。
「次はきっと上手くいくよ、ラティ」
ヨルくんが無感情な励ましをしてくれます。
そうは言ってもこうして日々小鳥さんを待つのはかなり精神的に辛いような。
「何をなさっているんですの?」
そんな飽きっぽいわたしの後ろからアリーさんがやってきて声をかけました。
どうやらダンジョン内の探索が終わったようです。
「……これはその、鳥さんゲット作戦で……」
わたしのたった今考えた作戦名にアリーさんは首を傾げました。
「材料があるのであれば、もう少しお上手な罠を仕掛けてみてはいかが?」
「……そうは言っても、なにぶんどうしたらいいかわからなくて」
当然ですが、わたしに狩りの経験なんてありません。
なにせ昔から外に出るだけで迷子になってしまいましたからね!
自慢になりません。
「……よろしければ、お教えしてあげてもよろしくってよ」
意外なアリーさんの提案に、わたしは驚いて声をあげました。
「アリーさん、罠の作り方なんてわかるんです……?」
「あら、ラティメリアさんたら。言ったでしょう。『器用富豪の天才』と呼ばれていたと……」
呪いだなんて言っていたので、てっきり悪の大魔導師かなにかだと思っていました。
「では是非お願いします! 先生!」
アリーさんはわたしの先生呼びに気を良くしたのか、カタカタ顎の骨を震わせて高笑いをしました。
§
次の日。
アリー先生に言われて、入り口のエリアを『土壁』に変更しました。
それに合わせて、罠の材料を生成します。
『繊維』を固めてしっかりと紡いだロープと、フックとなるよういくつかの木の棒。
「作動させるには反発力が重要ですから……。中身を空洞にして、節を作って補強しましょう」
クリエイトルームでアリー先生にそう言われ、しなる『木材』を作りました。
アリー先生いわく『竹』という植物に近い素材が出来たようです。
「ではそのしなる支柱を土壁に埋め込みます」
アリー先生はそう言って土壁へと支柱を突き立てました。
しかし力が弱いのか、それは刺さらずその場にコロンと転がります。
「……こんな感じでお願いしますわ」
「了解でっす」
わたしはアリー先生の言われた通り、土壁に支柱を生やしました。
「上出来ですわ、ラティメリアさん。では次はこれらを組み立ててください」
アリー先生は震える手先の上にロープと木の棒を乗せて、わたしに指示を出します。
「ひっぱると締まるわっかをロープの先端に作って、支柱から垂らしましょう」
言われた通りに紐をくくります。
まるで絞首台……。
「次に地面に固定用の支えも埋め込みます」
アーチ状になるように作った木の棒を、地面に差し込みます。
「そうしたらロープの途中にまっすぐな木の棒を括り付けて、支えにひっかけて完成です」
おお、案外お手軽な罠……。
「ただこれで引っかかるとは思わない方がいいですわね」
「そうなんですか? 結構完成度高いと思いますけど」
アーチ状の支えに軽く引っ掛けた木の棒に触れると、ロープが外れてぴょいんと上に引っ張られます。
先端の輪っかの中に手足が入っていれば、それを紐で引っ張られて捕らえられてしまうことでしょう。
「これはあくまで仕掛けですわ。罠というのは、相手をそれに誘導して初めてその効果を発揮するんですのよ」
誘導。
たしかに誰も通らない場所に罠を設置したところで意味はありません。
「本来であれば既に存在する『獣道』に仕掛けるべきものですわ」
「ふむふむ……。それじゃあこんなところに罠を仕掛けても意味ないってことでしょうか」
「いいえ。発想を変えましょう、ラティメリアさん」
「と言いますと?」
アリー先生は持ってきていた『繊維』をその場に敷き詰めました。
「あなたは落とし穴を掘ったことはありますか? ラティメリアさん」
「無いです」
普通の人は落とし穴を掘るような生活はしていないとは思います。
「穴があるだけではただの穴です。その上に『踏んでも問題なさそうな地面』があるからこそ、落とし穴は落とし穴となりうるのです」
たしかにぽっかり空いた穴に勝手に落ちていくのは、よほどの間抜けな人ぐらいでしょう。
「さて、それでは今作ったこの括り罠に必要な物はおわかりですか? ラティメリアさん」
「……カモフラージュでしょうか」
「正解! さすがです、ラティメリアさん!」
アリー先生はカチカチと手を叩いて褒めてくれます。
へへへ。
「この洞窟の中に誘導するのはいいにせよ、見知らぬ物が置かれていればどんな動物でも警戒します」
『繊維』で木の棒を覆うように隠して、アリー先生は洞窟の外を見ました。
「手軽なところで言うなら、洞窟の中を外の植物で飾り付けするのも効果があるでしょうね」
「なるほど……。外の環境に合わせるってことですか」
あとでグラニさんに手伝ってもらいましょうか。
「……さあ、もう少しいろんなな罠を仕掛けてみましょうか」
「はい! わかりました先生!」
それからわたしはアリー先生に導かれ、いくつかの罠を設置するのでした。
§
「変成魔術の基本は世界の理の変換ですわ。それにはまずは自己との対話が必要です」
ダンジョンの最奥。
水晶の制御室でアリー先生はそう言いながら、ミアちゃんとグラニさんを座らせました。
グラニさんはドラゴンなので寝そべっているだけですけど。
「……んんー。よくわからんぞー」
「瞑想は精神の鍛錬となります。精神を研ぎ澄ませ集中することで自ずと魔術の使い方が見えて来ますわ」
アリー先生の言葉にミアちゃんは首を傾げます。
わたしも同じ立場なら同じく首を傾げたかもしれません。
「余計なことを考えずにまっすぐとそれを想像するのです。無にするのではなく、1を拡大する。それは何でも構いません。例えばごはんとか、綺麗な宝石だとか、そういった好きな物を心に思い浮かべてみてはいかが?」
「ふむ……」
アリー先生の言葉に、ミアちゃんは目を閉じました。
しばらく口を閉じたのち、唐突にその口を開きます。
「……エクスプロージョン」
すると、彼女の前でポン、と炎の球が弾けました。
「おお! 成功した!」
一瞬で消えるほどの小さな火の玉でしたが、ほとんど発動すらしなかった今までの火種魔法に比べるとその規模が大きくなっているのがわかります。
「あなたは魔術の素養がかなり高いので、やり方さえ覚えればすぐですわ」
「ほ、本当か!? よくぞ我が才能を引き出した! 褒めてつかわす!」
ミアちゃんがアリー先生に感謝の声を浴びせます。
アリー先生はそれにカタカタと笑うと、持っている鞘付きの細剣でグラニさんの頭を叩きました。
「あてっ!」
「寝るのと瞑想は違いましてよ?」
「えへへ、申し訳ないッス」
わたしはそんな様子を見ながら、石焼きパンを作っていました。
ちなみにアリー先生は特に食べ物は必要ないらしいです。
「……それにしても、アリー先生は教えるのが得意なんですね」
わたしの言葉にアリー先生はカタカタ笑います。
「知識だけはありますから」
彼女はどこか遠くを見つめるように顔を上げました。
「……このような身になっても人の役に立てることがあるだなんて、思いもよりませんでしたわ」
彼女はその視線をわたしに向けます。
「ありがとう、ラティメリアさん」
「へ? いやいや、わたしは何もしてないですよ」
ただ教えてもらっていただけです。
「いいえ……あなたのようなダメな子がいたからこそ、教えるという役割を見つけることができたんですわ」
「ダメな子って。酷いですよ、アリー先生」
わたしはアリー先生に文句を言いつつ、二人で笑うのでした。
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アリーアンス・ウィシュ・スペアリーブ
スケルトン
筋力 5
体力 7
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『教練』 レベル1 ☆NEW!