表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
最終章 ~アトルワ王国建国記~
99/102

9


 攻め手のドイル王国軍と受け手のアンバー子爵軍。

 両者のスタンスは決まっている。

 アンバー軍としてはアザリア要塞に籠もって、ちくちくと嫌がらせの攻撃をおこない、ドイル軍を物心両面から圧迫して退却にいたらしめる。

 逆にドイル軍は、なんとかアンバー軍を要塞から引きずり出して野戦に持ち込み、圧倒的多数をもって袋叩きにする。

 どちらも健常な戦略だ。

 それを十年以上に渡って繰り返してきた。

 よく飽きないな、とは、事情を知らないものだからこそいえる台詞である。

「ドイル王国は建国から百年も経ってない新興国だからね。ルーンが斜陽だと知れば、当然のように平らげたいって欲望を燃やすさ」

 戦略地図を眺めながら言うティアロット。

「そういうもんか?」

「もちろん他にも理由はあるよ。ホクトさん。陸封された内陸国家だからこそ港が欲しいとか、大陸の南西端のルーンを抑えることで心おきなく全土統一に動き出せるとか、失政を隠すためにも侵攻を繰り返しているとか、数え上げたらキリがないね」

 ただ、ルーンの豊饒な肉体を欲しているという事実は動かない。

 ましてここ数代に渡ってルーンは鳴かず飛ばずだった。

 王は実権を失い、高級官僚や大貴族が利権を貪るだけの二流国に成り下がっていた。

「でも、救世の女王(セイビアクイーン)が登場したことで、ルーン国内は急速に安定に向かってる。このまま大ルーンの威光が戻ったら、ドイルとしては浮かぶ瀬がないよ」

 いつ逆侵攻を受けるか知れたものではない、というわけだ。

「なにそれ? 結局ルーンがある限りドイルは安心できないってことじゃん」

「ん。ナナさんは本質を突いたね。結局、それが隣国との関係ってことだよ」

 ティアロットが苦笑を浮かべる。

 話を聴いていた北斗もまた同じような表情をした。

 彼のいた世界でも、いくらでも似たような話があったからだ。

 お隣の韓国と国交正常化が成されたのは一九六五年。中国とはまさに北斗が死んだ一九七二年のことである。

 そして正常化がなったとはいっても、関係はこじれにこじれている。

 韓国はことあるごとに日本から金をむしりとろうとするし、それに逆らおうとすると、また軍国主義に戻ろうとしていると非難するのだ。

 根拠もへったくれもない。

 とにかく攻撃する口実が欲しいのである。

 隣り合う国の関係など、大なり小なりこのようなものだ。

 高尚でもなんでもないが。

「だから、ドイルとしてはルーンを滅ぼしたいというより、とにかく力を弱めたいわけだな。そしてさしあたりアザリア要塞が欲しいと」

「そだね。この要塞がある限り、ドイルは好きなように侵攻できない。逆にルーンはこれを拠点として侵攻することができる。ほんとは壊しちゃってもドイルとしては困らないんだけど、どうせなら奪いたいと考えるだろうね」

 誰の発案かは判らないが、この要塞をプランニングしたのはただものではない、と、ティアロットは思う。

 要塞があるのに、あまり思い切った攻撃ができない。

 欲しいという欲が働くからだ。

 どうせなら無傷で、なるべく壊さないように。

 守る方としては、これほどラクな話はないだろう。

「ぶっ壊せーって攻撃してこない。とる手段だってある程度まで限定される。こっそり潜入して頭を潰すとか、罠を張って駐留部隊を引っ張り出すとか」

 言って、対岸を指さす紅の魔女。

 ドイル軍の将軍だろうか、単騎で前に出た男が、声の限りに罵声をがなりあげていた。

 後に続いた男たちが尻まで出してバカにしてくる。

「やっすい挑発だね」

 当然、アンバー子爵軍は歯牙にもかけない。

 大声で罵られようが、女子爵の下品な悪口を書き連ねた高札を掲げられようが、涼しい顔で見おろしている。

 何を叫んだところで、ドイル軍が手も足も出ないという事実は動かないからだ。

「で、こうやって油断を誘って、その隙に暗殺部隊(スローター)を潜り込ませるってところだろうね」

「その通りだ。無駄だったようだがな」

 指揮に戻っていた騎士キンドルフが、苦笑とともにバルコニーに現れた。

「潜入していた工作員は、つい先ほど全員処理(・・)した」

 とくに手柄を誇るような素振りも見せない。

 選択肢が少ないので、どんな手で攻めてくるのかだいたい予想がついてしまうのだ。

「つまらぬ戦いだろう?」

 肩をすくめてみせる。

「そだね。このまま時間が経過すれば、敵はエサが尽きて引き揚げるだろうし」

「とはいえ、けっこう疲れるな。こいつは」

 なんとも地味な戦いである。

 常に短期決戦で勝利をもぎ取ってきた北斗にしてみれば、こういう持久戦はあまり趣味ではない。

 もちろん、趣味を実利に優先させるほど彼は無能ではないので、我慢するしかないのだが。

「ティアならどう攻略する?」

 ふと心づいて訊ねてみる。

 けっこう不謹慎な質問だ。

「ん。あたしならアザリア要塞を攻めないよ。どう考えても難攻不落だしね。力攻めは意味がないし」

 ちょっとだけ考えて、紅の魔女が応えた。

 アザリア河に架かる橋を渡っている間、軍は無防備になる。しかもある程度の数しか同時には渡れない。まさに降り注ぐ矢玉の餌食だ。

 それで対岸にたどり着いたとしても、門は固く閉ざされ簡単に突破できるものではない。

 そしてそこにまた矢が降り注ぐ。

「どんだけ犠牲が出るかって話だね」

 たくさんの火矢を放って城門を燃やしてしまうという手もあるが、それで橋まで燃え落ちてしまったら、本末転倒も良いところである。

 結局、ドイル軍としては渡河の手段を失ってしまう。

「あたしが見るところ、この位置に要塞を建てた人は天才だし、完成するまでぼーっとしていたドイルは大バカだよ。アザリアがある限り、このルートでの侵攻はほぼ不可能だからね」

 要所に位置し、街道も整備されているため本拠地からの補給も容易い。

 これを難攻不落といわないとしたら、この世に難攻不落などという言葉は必要ない。

「つまり侵攻を諦めるってことか?」

「いや? あたしだったら」

 すいと指を動かす。

 はるか北をさして。

「ずっと上流で渡っちゃう。船でも浮き橋でも用意してね。で、アザリア以外の村とか街をどんどん占拠していく」

 アンバー領の内部が食い荒らされてしまったら、アザリア要塞を堅守したところで意味がない。

 駐留している部隊も防衛に駆り出されるだろう。

 堅守に綻びが生じる瞬間だ。

「ようするに、要塞の戦術的な意味を、戦略的になくしてしまおうってことだね」

「なるほどな。それしかないか」

「と、考えたドイル軍の指揮官が、今までいないとは思えないけどね」

 肩をすくめる。

 にやりと笑った騎士キンドルフ。

 過去にドイルが、ティアロット案と同じような作戦で攻めてきたことはあった。

 当時、要塞を守っていた兵は蒼白になったが、上陸したドイル軍はほとんど何もできずに全滅してしまった。

 疫病だかで。

「我らの間では、奇跡だといわれているな」

「奇跡なんかねえよ。あきらかにアイツの仕業だろ。それ」

 苦虫を噛み潰したような顔の北斗である。

 そんな都合良く疫病が流行するわけがない。

 当然のように不死の王の手が動いたのだ。

 過保護というか何というか。

「ともあれ、心的外傷を植え付けるには充分だろうね。ドイルが正攻法にこだわりたくなる気持ちは判る気がするよ」

 肩をすくめたティアロットが、手すりの側へと寄ってゆく。

 このまま黙ってみていてもアザリアは陥ちないだろう。が、アルベルトの言うように多少の時間はかかる。

 それに、何度も何度も攻めてこられるというのも、正直うっとうしい。

 今後、アトルワ王国は、この方面に常に防衛力を注がないといけないのは事実なので、できれば三年から五年くらいは大人しくいてくれると非常に助かる。

「ホクトさん。もうひとつトラウマを植え付けようと思うんだけど、許可をもらえるかな?」

 何をする気だ、とは、少年は問わなかった。

 彼は一度目にしているから。

「派手にやっちまえ」

「了解」

 魔女の唇が(しゅ)を紡ぐ。

 騎士キンドルフの目が驚きに見開かれた。

 ルーン全体でも数人しか使い手のいない戦略級の大魔法。

 終焉の鎮魂歌(メテオスウォーム)

 不死の王との戦いとは違い、空間を切り取らなかった敵陣に、無数の隕石が降り注いだ。



 結局、第八次アザリア攻防戦と名付けられたこの戦いで、ドイル王国軍は千名以上の死者を出して壊走する。

 対するアンバー子爵軍の損害は、死者ゼロ重傷者ゼロ。

 まさに完勝(パーフェクトゲーム)だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ