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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
最終章 ~アトルワ王国建国記~
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4


 イロウナト領の郡都ウヨリ。

 ぐるりと街を取り囲んだ街壁(がいへき)は高く厚く、強固な城塞都市という風情である。

 にもかかわらず街門でのチェックはおざなりというか、ほとんど検査らしい検査もない。

 人数と滞在予定期間を、にこやかな兵士に訊ねられただけだ。

 まるで自由都市。

 なんともちぐはぐな印象である。

「……裏町が清潔だね。ちゃんと掃除されてるし、野犬とかもうろついてない。浮浪(ストリート)(チルドレン)の姿もない」

 鋭い視線を各所に飛ばしながら、ティアロットが論評した。

 何気ないことにみえて、都市を運営する肝である。

 ルーンよりはるかに文明の進んだ地球世界だって、これらの問題は完全に解決したわけではない。

 十九世紀、太陽の没せざる大英帝国と呼ばれ、おおよそ世界の半分を支配したイギリスの首都ロンドンにも、膨大な数の浮浪児と売春婦が溢れていた。

 経済格差が広がると、割を食うのはいつだって弱い立場の人だから。

「どゆことー? ティア」

「裏町を清潔にしていないと、そこから疫病が発生するんだよ。それを運ぶのがネズミや野良猫なんだけど、野犬がいちばん性質が悪い。あれは人を襲うから」

 疫病に感染した野犬に噛まれ、浮浪児が死ぬ。

 その死体を食い漁る動物によって、さらに感染が拡大してゆく。

 最悪の循環である。

「この街は大丈夫ってこと?」

「ゼロにはできないよ。セラさんじゃないけど、誰も泣かない世界なんて作れないからね。だけど、なるべく多くの人を救うことはできる」

「最大多数の最大幸福だな」

 北斗が引用したのは、イギリスの哲学者ジェレミ・ベンサムの言葉である。

 多数のためには少数が犠牲になるという現実を踏まえた上で、一人でも多くの人間が幸福になるにはどうしたらいいか考え、実行するのが社会や法律の存在価値である、という考え方だ。

 日本では公益主義などと呼ばれている。

 ともあれ、救われない人はどうやったって出てきてしまう。

 それが当たり前だからって諦めきって訳知り顔の現実論を唱える社会より、全員を救うことができなくても、一人でも二人でも救おうと頑張る社会の方が幾分かマシだろう。

「ここの領主がそこまで考えた施策をとっているかどうかは判らないよ。けど、裏町を清掃する余裕や、子供たちを餓えさせない程度のゆとりはある、ってことなんじゃないかな」

「だから。もっと判りやすくっ」

 きしゃーと威嚇するナナ。

 どうして軍師という人々は、こうも回りくどいのだろう。

「良い(まつりごと)を敷いているねってこと」

 苦笑しながらティアロットが要約してみせる。

「最初からそう言いなさいよっ」

「でも、なんにも説明しないで、ここの領主はなかなかの人物だとかいったら、ナナさんはどうしてって訊いただろ?」

「とーぜんっ」

「そしたら、結局、今の説明をしないといけないじゃないか」

「とーぜんっ」

 そして回りくどいと怒られるわけだ。

 理不尽すぎるよ、と笑う紅の魔女。

「それは仕方がないな。ティアロットはそういう役割だ」

 じつに楽しそうにセラフィンが格付けをおこなった。




 領主の居城は、街の入口ほどノーチェックではなかった。

 当たり前である。

「アトルワ男爵家のホクト・アカバネと言う。領主どのに目通り願いたい」

 城門を守る兵士に用件を告げ、公印を捺した書状を手渡す北斗。

 印籠を出して平伏させる、というほど簡単ではない。

 事務的な手続きが必要となるのだ。

 (うやうや)しく押しいただいた兵士が、宿泊場所を訊ねる。

 これもまた当然のことである。

 公印の入った書状をもってきたからといって、ほいほいと城に入れるわけにはいかないのだ。

 まず書状が本物かどうか精査し、その後で侯爵がスケジュールを調整し、面会の予定が立ったところで、宿泊場所に使者が差し向けられる。

 北斗たちは予定の来客でもないため、迎賓館などは用意されない。

「よろしくお願いする」

 宿泊している宿を告げ、北斗が懐から金貨を取り出す。

 賄賂(わいろ)ではない。

 骨折り料とも呼ばれるもので、ホテルで従業員に渡すチップのようなものだ。

 職務をこなしているだけの兵士に必要なのかと北斗などは思ってしまうし、金貨一枚というのは過大すぎるとも感じるのだが、こういうときにケチると軽く見られるものらしい。

 アトルワの使者とやらはたいしたことがない。

 しょせんは田舎男爵か、と。

「過分なお心遣い、感謝に堪えません。けっして粗末には扱いませぬゆえ、ご安心のほどを」

 定型的な返答を兵士が返し、頷いた北斗たちが踵を返した。

 ちなみに、渡された金は全部がこの兵士のものになるわけではない。

 たいていは立ち番の班内で分けられたり、おやつや飲み物を買う金になる。アトルワの例だと一つの班は六人ほどだから、日本円にしてひとり二万円強くらいの割り振りだ。ちょっとした臨時収入である。

「必要なやりとりだってのは姫さんから聞いてるけどよ。ばかばかしくなるよな」

 充分に城から離れたところでこぼす北斗。

 庶民派の彼としては、わりと納得できない部分があったりする。

 富裕な貴族である、というアピールには、なかなか馴染めないのだ。

「ま。兵士が平民からむしりとるってわけじゃない。貴族ってのは事ある事に民に施さなくちゃいけないのさ。それが結局、還元ってことなんだよ」

 たしなめるように言うティアロット。

 貴族の収入というのは、基本的に領地からの税収である。

 だからこそ、気前よく使うのは義務なのだ。

 使ってこそ経済が回る。

 万が一のときに備えて、たとえば荒政(こうせい)に必要な備蓄などは必要だが、度を超した蓄財は領内の景気を悪くするだけ。

「そんなもんかね。だったら税金を安くしろって思うけどな。俺は」

「それは別の問題さ。これは、上があんまりケチケチしてると、下々の財布の紐だってかたくなるってだけの話だよ。ホクトさん」

「俺はやっぱり、貴族なんぞに向かねえぜ」

「うん知ってる」

 北斗に贅沢や富貴が似合うなど、たぶん誰も思っていない。

 下級兵士たちと同じ飯を食い、輪になって酒を飲み、歌をうたい、ともに雑魚寝する。

 そして戦いになれば、自ら危地に飛び込んでゆく。

 そういう男だから、多くの兵が彼のために戦うのだ。

 偉ぶったところがなく、感覚も庶民に近い。

 たとえばそれは、生粋の貴族である真なるルーンの聖騎士(トゥルーナイト)ことライザック・アンキラなどにはない資質である。

 もちろんライザックは立派な人格の所有者であり、尊敬に値する騎士であるが、やはり庶民からみれば雲の上の存在だ。

「うちの亭主は庶民派だからねー」

「ナナさんや。それは褒めているのかね?」

「たぶんねー」

 きゃいきゃいと騒ぎながら道を歩く四人。

 やがて、それなりの格式の宿が見えてくる。

 今夜からしばらく厄介になる場所だ。

 ただ、いくら格式が高くても、四人で一部屋なのは変わらない。

 もちろん金を惜しんでのことではなく、襲撃の可能性を考慮しての選択である。

 イロウナトの立ち位置は未だに不分明。

 有事に際して、合流してから行動というのは効率が悪い。

 つねに全員で動ける状況にしておいて、悪いことは何もないのである。

「で。ホクトさんはいつものようにハーレム王と思われる、と」

「もう慣れたぜ。変な目で見られるのにもな」

 獣人、亜人、子供(にしか見えない女性)を引き連れて歩いているのだ。

 周囲からはどういう目で見られるか、推して知るべしというところだろう。

 しかも、このうち一名は、本当に彼の恋人なので、事実無根というわけでもない。

 業の深い男なのである。


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