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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
最終章 ~アトルワ王国建国記~
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3


 仮説。

 禁術に手を染め、王都を逐われたアルベルト・ロスカンドロスは、恋人であるジェニファ・イロウナトによって匿われた。

 追放され、すべての公権力を失った彼が、どうやって三百年もの間、ルーン王国に挑み続けることができたのか、という答えがそれである。

 いかな大魔法使いといえど、個人でできることなどたかが知れている。

 極端な話、魔法を行使するための触媒を買うのだって金がかかるのだ。

 不死の王となってからは、さすがに食費等の支出はなかっただろうが。

「で、問題は、いつの時点でリッチ化したのかってこと。まったく、ぜんぜん気にしてなかったけどさ。彼は老人みたいな話し方だったし、老人みたいなしわがれ声だったよね」

 ふうと息を吐くティアロット。

 いまにして思えば、そこにもう解答が転がっていた。

 アルベルト・ロスカンドロスが追放された時の年齢を、ティアロットは熟知しているわけではない。

 しかし、若くして魔導を極めたという記述は憶えている。

 その若い、という部分から、不死の王の老人口調に至るまでの間には、ブランクがあるはずなのだ。

 追放されてすぐにリッチ化したなら、あんな姿のわけがない。

「あたしは自分のことを聡明だと思っていたけど、とんだ自惚れだったね。史上最年少の魔導師候補がきいてあきれるよ」

 苦笑しかでない。

 追放された後、アルベルト・ロスカンドロスはイロウナト領に身を寄せていたのだ。

 そこから謀略の糸を紡ぎ続けた。

「目に見える形での侵攻なんて、ごく一部に過ぎないんだろうね」

「私たちに討伐されたのは、役割をすべて終えたと判断したためか。勝手なことだ」

 やや怒ったような口調のセラフィンである。

 勝手に未来を憂い、勝手に重荷を背負い、勝手に悪として討伐された。

 どこまでも愚かな()

 他に道はなかったのか。

 こんな、誰かが常に傷つく方法ではなく。

「ガドもキリもオリーも、もちろん私も、君が悪役となって勇者に討伐される未来など望んでいなかった」

 内心の声。

 それはすぐに彼女自身によって否定される。

 他に方法があったなら、こんな手はとらない、と。

 セラフィン自身が、人間に失望してルーンを捨てたから。

 彼は捨てなかった。

 最後の最後まで愛し続けていた。

 ただそれだけの話だ。

「どうする? ホクト。もう少し情報を集める?」

 ナナが提案する。

 現時点では仮説に過ぎない事柄も、人々の声を拾い集めていけば、確定情報へと変化するだろう。

 あれだけ堂々と、葬送の奇習をのこしている地域だ。

 情報収集はさほど難しくない。

「いや。ウヨリに乗り込もう。詳しい話は領主から訊く」

 腕を組み、決断するルーンの聖騎士(ルーンナイト)の後継者。

「おや? 民草の声を聴いて世直し道中にするんじゃなかったのかい? ホクトさん」

 混ぜ返すようにティアロットがいった。

 北斗のプランでは、民草の声を集めて、悪代官とかをやっつけながら、アトルワの支配基盤を固めてゆく、という世のため人のため己がための旅になるはずだったが、どうにも悪代官が存在していないっぽい。

 この状況で民の声を集めたら、余計な先入観ばかりが増えてしまう。

 イロウナトの領主というのがアルベルト・ロスカンドロスを知る人間なら、直接話を聴く。

 それが最も正確だ。

「というのが建前だな。俺としては、不死の王がどういう人物なのか、ちゃんと知りたい」

「その結果、アトルワの支配を受け入れないって話になるかもしれないよ?」

「そういう話にはならねえで欲しいなぁ」

「同感だけどね」

 イロウナトにせよアンバーにせよ、唯々諾々(いいだくだく)とアトルワに従うとは限らない。

 行政機能が生きているなら、なおさらだ。

 従わない場合はどうなるか。

 これは考えるまでもないだろう。

 アトルワは、正式に(・・・)ルーン王国からイロウナトとアンバーの割譲を受けた。

 つまり、イロウナトにしてもアンバーにしても、すでにアトルワ領なのである。

 領民や旧主の意志がどうあれ、従わなくてはならない。

 逆らえば、それは反乱だ。

 武力をもって制圧される。

 そしてルーン王国がイロウナトやアンバーを助けることはない。これは絶対である。助けてしまえば、割譲の約束自体を反故(ほご)にするのと同じことだから。

 むしろアトルワに協力するために軍を派遣する。

 最強兵団の異名をもつ青の軍だろうか。

 あるいは他の三翼かもしれないが、いずれにしても結果は同じだ。

 アトルワ・ルーン連合軍に対して、イロウナトだろうがアンバーだろうが、万に一つの勝算もないだろう。

「不安要素の連携力だって、一度(くつわ)を並べて戦ってるしね。まして、また戦争ってことになったら風話通信の凍結も解除だろうし」

「ああ。けどそれじゃあ、あんまりにも救われねえ」

 軍師の言葉に頷く総督。

 自らが敵となることでルーンの結束を図ってきたアルベルト・ロスカンドロス。それを支えてきたと思われるイロウナト。

 終末点が武力制圧では、あまりにも救いがない。

 少なくともそれは、北斗が望む結末ではない。

「三百年の執念。ヤツがやってきたことが許されるとは言わねえ。言っちゃなんねえことだってのは判ってるつもりだ。でもよ、最後はハッピーエンドでしめてえじゃねえか」

「そうだな。その方が私も好みだ」

 不器用な北斗の言い回しに、くすりと笑ってみせるセラフィン。

 終わりにしよう。

 もう、過去に囚われながら歴史を紡ぐのは。

「OK。話は決まりだねー ならわたしはちょっと出掛けてくるよー 出発は明日の朝で良いんでしょ?」

 よっと席を立つナナ。

 もう街で情報を集める必要はないはずだが。

「どこかいくのか?」

「温泉。あるって話をきいたからねー」

 葬儀に参列していた人々が言っていたのだ。

「ばっかナナっ それ最初に言わないとだめでしょっ」

 勢い込んで北斗も立ちあがる。

 大事なことだ。

 とてもとても大事なことだ。

「どうしたのさ? ふたりとも」

 きょとんとするティアロット。このメンバーの中で、彼女だけは温泉を知らない。

「いけば判る。はまったら抜け出せなく禁断の遊びだ」

 笑いながら、セラフィンも外出の用意を始めた。

「……あたしもいくのかい? セラさん」

「当然だな」

「……どこに誘われようとしているんだよ……」

 ちなみに、タイモールと同様、この街の温泉も混浴だった。

 男女別に湯舟を作る、という発想はルーンにはないらしい。




「それで、補佐官に任じたのですか? なんとも色気のないお話ですわね」

 ベッドに転がったアリーシアが笑う。

 就寝前の雑談。

 話し相手は、遠くコーヴにいる女王陛下だ。

『いまは婿よりスタッフの方が欲しいのよ。人手不足だから』

 苦笑の気配を含んだ声が返ってきた。

 これは仕方がない。

 人材不足はお互い様。

 アルテミシアにしろアリーシアにしろ、権力を握って以来、人材が余って仕方がないという経験をしたことがないのである。

 いつだって人手不足にひいひい言っている。

 優秀な幕僚は、喉からどころか胃からでも腸からでも手を出して欲しい。

「いまは、ですか?」

『顔はまあ好みに近いわね。ちょっと生意気そうだけど、そこも乗りこなし甲斐がありそう』

 すごいことを言う女王である。

 ただまあ、こんなことを言う男はいくらでもいる。

 女が言ってはいけない、ということもないだろう。

「シアちゃんはライザック卿を好いておられるのかと思っておりましたわ」

『もちろん好きよ? たぶん初恋の人ね。彼は』

「添い遂げたいとは思われないのですか?」

『本人次第よねえ。国婿(こくせい)よ? 普通は引くから』

 こればかりは、どうしようもないことである。

 アルテミシアの夫になるということは、大ルーンと結婚するというのと同義だ。

 非常に重い責任がのしかかることになる。

「ライザック卿ほどの方なら、軽々と背負ってくれそうですが」

『だからこそ嫌なの。あのバカは無理してでも背負おうとするでしょ。私のために』

「あらあら」

 救世の女王(セイビアクイーン)らしからぬ言葉を聞いたような気がして、アリーシアは目を細めた。

 あの女傑にも、案外、乙女的な部分があるらしい、と。



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