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奇妙なものを見た。
宿場町を離れ、イロウナト領の郡都ウヨリへと向かう北斗一行。
立ち寄った中規模な街でのことである。
大通を歩いているとき、彼らはそれを目撃した。
「葬列……だよね?」
自信なさげに首をかしげるのはティアロットである。
聡明な彼女をして、目の前を進んでゆく一団の意味を察するのに時間を要した。
死者の弔いそのものは珍しくもなんともない。一年中、誰かの命日ではない日はないなどという言葉があるくらいで、いつだってどこかで誰かが亡くなっている。
神官らしき男が先頭を歩き、その後を屈強な男たちに担がれた棺桶が進む。
さらには遺族や親類であろう者たちの列。
整然とした行進は、あまりにも勇壮で、まったく悲哀を感じさせない。
喪主と思しき老婦人の顔は、むしろ誇らしげなほどだ。
「たぶん。けど雰囲気は葬式って感じじゃねえな」
「どっちかっていうと、出陣式みたいだよ」
顔を見合わせる北斗とティアロット。
普通、という表現は正しくないかもしれないが、葬儀というのは悲しみのなかでおこなわれるものだろう。
仮に天寿を全うしての大往生だとしても、遺された者たちにとって、それで悲しみの量が減るわけでもない。
「意味がわからん」
明らかに奇妙だが、事情を訊きに行くというのも躊躇われる。
どうしたものかと振り返った北斗は、相棒がいないことに気付いた。
悪い予感とともに視線を戻す。
うん。
やっぱりいた。
恋女房どのは、ごく普通に、なんの違和感もなく参列者に混ざっていやがった。
「たく……」
呼び戻そうとした北斗の袖が、セラフィンによって引かれる。
「騒ぐな。かえって怪しまれる。ナナの隠形を信じるんだ」
「……だな」
キャットピープルたちの能力は、まさにニンジャである。
足音を殺し、気配を消し、周囲にとけ込むことができるのだ。
天性のハンター。
誰にも気付かれることなく接近し、誰にも気取られることなく獲物を狩る。
ナナの場合は、剣の舞姫の異名の通り、華麗な剣舞ばかりが注目されがちだが、彼女の母親というのはドバ村一番の狩人だ。
その血はしっかりと娘にも受け継がれている。
やがて、ゆっくりと葬列が行き過ぎ、ナナが神妙な顔つきで戻ってきた。
「なにか判ったか?」
「うーん。なんともいえない話が聞こえてきた」
「どういうことだ?」
「ちょっと情報を集めた方が良いかもしんない」
珍しく歯切れが悪い。
単純明快を身上とする彼女には珍しいことである。
軽く頷く北斗。
「場所を変えるか」
ナナが拾ったのは、会話の断片というべきもの。
それ自体にはほとんど意味がない。
しかし、節度ある想像力によって単語と単語を結びつけていけば、ある程度の事情が見えてくる。
その精度こそが、各国や各領主が抱える密偵たちの尺度であるといって良い。
主観を廃し、願望を含めず、事実のみを結合させる。
「これが案外難しいんだよね。人間ってのは夢をみるイキモノだからさ」
苦笑するティアロット。
彼女もまた人間の一人である。
ごくありふれた酒場兼宿屋に宿をとった四人は、部屋にこもってナナの集めた情報の精査をおこなっていた。
「まあ、願望の成分を含んでいない情報など存在しないからな。悪意をもって誘導しようというのなら判りやすいが」
セラフィンもまた肩をすくめた。
騙そうとしているなら、むしろ対処は簡単なのだ。
よくある誘い文句に「買わなきゃ損」というものがあるが、こういうのが一番判りやすい。
損得で考えるなら、買うという行為そのものが金銭を消費している。
その時点で損失が発生しているのだ。
もちろん、商品を得たことで、なにか良いことがあるかもしれない。
たとえば商人とのコネクションだったり、商品そのものが良質であり非常な満足感を得られたり。
ただ、じつはそれは別の問題なのである。
その商品を転売して、支払った代金以上の利益が得られない限り、損をしていると事実は動かない。
かもしれない、という部分こそが願望だ。
そして願望というのは、正確な予測とは相容れないものである。
「俺たちはアルベルト・ロスカンドロスを知っている。彼が為したことも判っているし、彼の真意を推測もしている。だからこそ、先入観をもって読みとってしまうかもしれないってことだな。ティア。セラ」
「そういうことだよ。ホクトさん」
ナナの耳に飛び込んだ話。
それは、にわかには信じられないことであった。
曰く、王の眷属として側に仕える。
曰く、亡くなった人は働き者で、天寿を全うしたため、王も厚く遇してくれる。
曰く、若い頃は兵士をしていたこともあったから、きっと立派な戦士になれる。
猫人の少女が語った内容。
聞き進むうち、三人は自分の顔色が加速度的に悪くなっていることを自覚した。
「あたしは予断をもって分析してるかもしれない」
そう言い置いて、紅の魔女が自説を開陳する。
不死の王アルベルト・ロスカンドロスは、人を殺して兵士を得ていたわけではない。
すでに死んだものを、兵として登用していた。
そしてそれは強制されたものではなく、イロウナトの民が自ら進んでおこなっていた。
自殺者ではなく、懸命に生きた者こそ厚く遇する。
この言葉から、不死の王への愛が、たしかにこの地に根付いている。
「そして、たぶん関所が焼かれていた謎も解けたよ。あれはイロウナトの住民がやったんだ。不死の王の軍勢が進む道を啓開するために」
「……異論を差し挟む余地を、私は見つけることができない。ホクトはどうだ?」
腕を組んだまま、セラフィンがチームリーダーに視線を投げる。
「一点だけ。不死の王の軍勢が人を殺して作ったものじゃないとすれば、イロウナトの損害はゼロってことか?」
北斗が問いかける。
「そういうことだね」
「なら、なんであんなにたくさんのアンデッドモンスターを引き連れてたんだ? 計算が合わなくねえか?」
そんなに都合良く死者がいるわけがない。
人を殺さないなら、大軍の用意は簡単ではないだろう。
しかし、現実に不死の王の軍勢は多かった。
首なし騎士団を除いても、軽く一万を超える。
「ん。その答えは、不死の王が攻勢をかけるサイクルで説明がつくと思う。彼らは毎年攻めてきたわけじゃないからね」
ティアロットの声が、えらく無機的に響く。
五年とか十年とかのタイムスケール。
二十年以上も空いたこともあった。
「それって……」
「つまり、兵力がたまるのを待っていた。ルーンを破壊し尽くさない、けど、恐怖のどん底に落とせるくらいの兵力が」
「なんてこった……」
うめく。
ティアロットの言い分。
それは、このイロウナトこそが、不死の王アルベルト・ロスカンドロスの本拠地であることを意味している。
「もちろんイロウナト侯爵家はそれを知っている、と読むよ」
領主が認めていないなら、あのような奇習が継続されるはずがない。
知っている、という次元ではなく、荷担している、バックアップしているというのがニュアンスとして近いのではないか。
北斗は、背を冷たい手が這い回るのを感じた。
考えてみれば、いかに不死の王が強大な魔力を持っていたとして、それだけで三百年にも渡って一国の脅威たり続けることは難しい。
何者かの協力がなくては、不可能だと言い切っても過言ではないだろう。
侯爵家。
爵位でいうなら、上から二つめだ。
領地の広さも生産力も人口も、そして政治的な影響力も、アトルワなどとは比較にならない。
「……阿呆の知恵は後から出る。まったく君の言うとおりだな。今になって思い出したよ。ティアロット」
深く深く、セラフィンがため息を吐いた。
「ジェニファ・イロウナト。アルベルトと恋仲だった女性の名前だ」




