表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
最終章 ~アトルワ王国建国記~
91/102

1


 街一番の宿とかいっても、ごく普通の酒場兼宿屋だった。

 当たり前だ。

 小さな宿場町に、迎賓館みたいな宿屋が建っていたら、そっちの方が驚きである。

「部屋も普通、食事も普通。出される酒まで普通ときている。特筆すべき点がなさすぎて、まるでそれが特徴のようだな」

 微苦笑をたたえながら木製のカップで果実酒をのむセラフィン。

 ごくわずかに木の香りがする。

 せめて陶器を使えよと同行者たちは顔をしかめたが、あんがい彼女はこの匂いが嫌いではない。

 森に生きるエルフなので。

「普通だとは、まったく思わないけどね」

 ティアロットだ。

 こちらははっきりと苦笑している。

 視線はフードをとったセラフィンとナナへ。

 旅をする女性たちはフードとマントで顔も身体も隠し、性別すら判らなくしてしまうものだ。

 女だと知れて、得をすることなどほとんどないから。

 まして亜人や獣人ならば、なおさらである。

 それが常識。

 しかしひっくり返った。

 女将に案内されて入ったこの店には、いたのである。

 エルフも猫人(キャットピープル)も、それどころか狼人(ウルフェン)やドワーフまで。

 男も女もフードすらかぶらず、顔をさらしている。

「この店が特殊なのか、この街がそうなのか、あるいはイロウナト自体が特別なのか。わけがわからないよ」

 さして美味しいわけでも、かといって不味いわけでもない腸詰めを口に運び、紅の魔女が肩をすくめた。

「昔は当たり前の光景だったさ。酒場に行けば、亜人もいたし獣人もいた。君たちは見たこともないだろうが、有翼人(ホークマン)たちだって見かけたものだよ」

 わずかに頬を染めたエルフの言葉。

 強い酒を飲んでいるわけではないが、すこし酔いが回ったのだろうか。

 目元に懐旧の(もや)がたゆたっていた。



 お見合い、などにはならない。

 アルテミシアが是といえば是だし、否といえば否だ。

 リリエンクローン公爵家の三男、ルシアンとの婚姻のことである。

 専制君主の意志はすべての法の上に屹立(きつりつ)する。

 その日、父親に伴われて王宮を訪れた茶色い髪の少年の表情は、屠殺(とさつ)場に引き立てられる家畜のそれと変わらなかった。

 豪奢(ごうしゃ)な赤い絨毯に片膝をつき、じっと頭を垂れて待つ。

 女王陛下の入来を。

 謁見の間。

 ここに通されたということは、私的な面会ではなく、公的な会見という意味だ。

 やがて式部官が美声を披露し、女王の到着を告げる。

 背後で扉の開く音。

 足音が移動してゆく。

 もちろんルシアンの視線は床に固定されたままだ。

 身体を動かす許可は、まだ出ていない。

「リリエンクローン公子ルシアン殿。陛下の思し召しである。おもてをあげられよ」

 次に聞こえた声は式部官のものではなかった。

 おそらくは、制服の宰相(ユニフォームプリミア)こと、国務大臣シルヴァ卿。

 女王アルテミシアの腹心であり、おもに政略面で彼女を支える逸材だ。

 平民の下級官吏あがりで、大臣という顕職(けんしょく)に就いた後も、官吏の制服をまとっている。

 実直で飾らない人柄が王都の民たちにも愛されているという。

 脳裏で再確認しながら、ルシアンが顔をあげる。

 そして固まった。

 目の前に顔があったから。

 氷水晶(アイスブルー)の瞳が、じっと彼の顔を覗き込んでいる。

 状況を理解するのに、一拍の時が必要だった。

「うわぁぁぁぁっ!?」

 理解は驚愕に直結し、少年が尻餅をつく。

 わりと当然の反応である。

 視線を上げたら女王陛下の顔が目の前にありました。

 驚くなという方がどうかしているだろう。

「びっくりした?」

 悪戯っぽく小首をかしげるアルテミシア。

 視線を巡らせば、隣で(ひざまつ)いていた父も、玉座の横に立つ国務大臣も大笑いしている。

 どうやら一杯食わされたらしい。

 全員が共犯者というわけだ。

「……陛下、お戯れにもほどがございましょう」

 居住まいを正し、ルシアンがアルテミシアをたしなめる。

 ふ、と、救世の女王(セイビアクイーン)が笑った。

「騙されたとしって、恥じ入りもせず、激昂もせず、注意する方にいくんだ。なかなか面白いね。君」

 完全に恥を掻かされたこの状況。相手は女王。

 もし打算的な貴族であれば、参った参ったと一緒になって笑うだろう。

 あるいは剛直な武人であれば、席を立って出て行ってしまうかもしれない。

 ルシアンはどちらでもなかった。

 正面から悪戯をたしなめた。

 さすがは信義の人ラズリット・リリエンクローンの息子といったところか。

 やはり凡庸からはほど遠い。

「本音を引っ張り出すにはさ。怒らせるか笑わせるかびっくりさせるか、とにかく理性の仮面を引っぺがさないと判らないからね」

 そういって、また顔を近づける。

 今度はルシアンもさがらず、正面から見つめ返した。

 青とこげ茶の瞳から放たれた視線が、不可視の火花をあげて絡み合う。

 一触即発の危機を(はら)んだ睨み合いにも似て。

「それにさ。いちおう花婿候補なんだし、近くで顔を見たいじゃない」

「陛下が容姿に価値を置くお方だとは、寡聞にして知りませんでしたが」

 冗談めかしたやりとりだが、ほとんど鍔迫り合いだ。

 胆力のあるラズリットやシルヴァはともかく、側仕えの文官などは胃のあたりを撫でている。

 年頃の男女とは、まったく思えない雰囲気である。

「私と一緒に、未来、作る気ある?」

「どのような未来かによります」

「だから才能を隠してたの?」

「それは陛下も同じかと」

 かつてアルテミシアは力無き王であった。

 ゆえにその才能も能力も隠していた。

 才走ったところを不用意に見せれば、暗殺される可能性があったからだ。

 やや事情は異なるがルシアンも同じである。

 彼には兄が二人いる。

 どちらも有能な人材で、人望もある。

 だからこそ、ルシアンは自分の才能を隠していた。もし彼の能力が兄たちを凌駕していると知られれば、容易に家が割れる。

 彼を後継者に仕立てようとする(やから)が現れるから。

 公爵家の地位や財産というのは、争いを生むほどに豊かなのである。

「僕は、無為徒食のままに、芸もない三男として終わるつもりでした」

「それはそれで羨ましい人生だとは思うけどね」

「放っておいてくれたりとかは」

「すると思う?」

「ですよね……そんな気はしました。僕に何をお望みです?」

「いきなり結婚しろとかは言わないわ。いまは子作りとかしてる余裕はないし。まずは私の補佐をして」

「それはシルヴァ卿の仕事では?」

「彼一人じゃ大変なのよ。過労で倒れちゃうわ」

「ふむ……そういうことでしたら、無能非才の身ですが」

 見つめ合ったまま、なにを話しているのかといえば、まったく睦言ではなかった。

 ただの家臣登用(スカウト)である。

 色気もへったくれもない。

 うおっほんと、ラズリットが大きく咳払いする。

「陛下。まことに僭越ながら、お見合いというのはもう少し真面目(・・・)にやるべきかと」




 宿場町での逗留は、長期間には及ばなかった。

 イロウナトとアンバーの内情を探るのが目的の視察行である。

 ひとつの街に腰を落ち着けていては調査にならない。

 一泊しただけで、北斗たちは出立する。

「けどまあ、わけわかんないことだらけだね」

 ねじくれた杖をつきながら歩くティアロット。

 肉の重圧から解放され、一安心といったところだ。

 明敏な彼女をして、状況が整理できない。

 ごく普通に繁栄する宿場町。女性や亜人がフードもかぶっていない酒場。破壊された関所。

 それらは等号で結びつかないのである。

「現実問題として、領主が死んでたら、もう少し混乱すると思うんだけどな」

「まあね。統治機能は失われていないと見るべきだと思うよ。ホクトさん」

 北斗の言葉に頷く。

 しかし、そうなると逆に判らないことも出てくるのだ。

「どうしてアルベルトは、イロウナトを襲わなかったのだろうな」

 腕を組むセラフィン。

 まさに、それこそが判らない部分の最たるもの。

 宿場町の様子から推理すると、イロウナトは襲われていない、という結論に達してしまうのである。

「まー 大きな街で情報を集めるしかないんじゃない? 考えたって判らないよ」

 ナナが言い、軽い足取りで街道を進む。

 苦笑する男女。

 彼女のストレートさは、いつだって救いだと思いながら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ