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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第1章 ~ひっどいスタートだっ~
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 偵察隊が到着するまでの二十日。

 逃亡する時間はある。充分とはいえないが、着の身着のまま、とっとと逃げてしまえば、追跡は容易ではない。

 馬とかを売って資金にすると足がついてしまう可能性はあるものの、まずはできるだけ遠くに逃げることをこの際は第一義とするべきだろう。

「ただ、これまで以上のつらい生活が待っているわね。それは」

 肩をすくめるナナ。

 虐げられる民から逃亡者へ早変わりだ。

 今日を、そして明日を生きるために逃げる、というほど格好いいものでもない。

 そんな生活はどうやったって長続きするはずもなく、すぐに限界がくる。

 新天地を見つけることができなければ、キャットピープルは滅ぶしかない。

「つまり、進むも地獄、逃げるも地獄ということだね。現在の地獄から抜け出すために、私たちは新たな地獄の扉を開けた」

 ドバの声が不吉に響く。

 気付けば、ふたたび彼に注目が集まっている。

 苦笑した村長が、ひとつ咳払いをして凛とした口調を作る。

「それでは諸君。選ぼうではないか。戦う地獄か逃げる地獄かを」

『戦う地獄を!』

 一斉に唱和する住人たち。

 虐げられる地獄は拒否した。

 逃げ回る地獄だって、当然のように拒否する。

 戦って、戦って、戦い抜いてやろう。

 獣人どもの瞳が、ぎらぎらと好戦的に輝く。

「という次第だよ。ナナ」

「賽は投げられたってな」

 ドバの言葉を北斗が引き継ぐ。

 古代ローマ、ジュリアス・シーザーの言葉だ。

 ルビコン河を渡ってローマへと進軍するときに言った台詞とされている。

 すでに事態は動いているので、もう後戻りしたりくよくよ悩んだりしている場合ではない。断行あるのみだ。というような意味で使われる故事成語だ。

 苦笑するナナ。父親といい北斗といい、どうしてこうも回りくどいのか。

 まったくめんどくさい奴らだ。




 アトルワ男爵の居城は、爵位を持つ貴族の城としては、そう大きなものではない。

 むしろ小規模といって良いだろう。

 それもそのはずで、男爵というのは爵位の中では一番下。

 領地の広さだって公爵領や伯爵領に比較したらずっとずっと見劣りする。それなのに城だけ立派だったら、そっちの方が滑稽だろう。

「それでも、私の家の十万倍は広いだろうがね」

 城下であるアトルーの街に潜伏した北斗たち六名。

 苦笑するドバ。

 決行部隊だ。

 計画はそう複雑なものではない。

 人知れず潜入し、人知れず男爵を殺し、人知れず逃走する。

 現時点では名乗りなどあげない。

 暗殺の成功とともに、残留メンバーが叛乱の狼煙をあげる手筈となっている。

 男爵を殺しても、そのまま城に居座っていては囲まれて袋だたきにされるだけ、であれば頭を失って生まれる混乱を最大限に利用するのが最も効率が良い。

「まあそれに、暗殺したのが俺たちだって思われない方が、なにかと都合が良いしな」

 けっこう悪辣なことを言う北斗である。

 どう言いつくろったところで、暗殺というのは外聞が悪い。

 暗殺者が正義を主張したところで、民衆はなかなか受け入れられないだろう。

 だからこそ、実際に(・・・)に男爵を打ち倒すのは、堂々たる勝利の後だ。

 そしてその勝利を得やすくするために、先に頭を潰してしまうのである。

「正面から戦って勝てるなら、誰も小細工などしないものさ」

 とは、ドバの台詞である。

「はいはい。ごたくはそれくらいにして仕事に取りかかるわよ」

 黒布で顔を隠すナナ。

 遊んでいる余裕はないのだ。

 全員が同様に黒装束をまとい顔を隠す。

 昼間に見たら石を投げられそうな怪しい格好だが、行動は深夜なので、目立たないことが最優先だ。

 獣人たちは靴を脱いで裸足となる。足音を立てないために。

 一方、北斗だけは靴を履いている。まあ日本人の彼は裸足での行動に慣れていないというのもあるが、もともと履いているスニーカーは靴底がゴムのため、音がほとんどならないのだ。

「行くか」

 目だけを覆面から覗かせたドバの言葉に、無言のまま仲間たちが頷いた。

 蠢動(しゅんどう)を始める暗殺部隊(スローター)

 音もなく。

 闇に閉ざされた街を駆け抜け、軽々と堀を跳び越え、居城の壁に取り付く獣人。

 北斗にはそこまでの身体能力がないので、左右から獣人ふたりに挟まれるかたちでフォローされている。

 シンとユウという名の兄弟である。

 キャットピープルたちの中でも一、二を争う戦士だという。

 呼吸を合わせ、左右から抱えられて跳んだときなど、思わず北斗は声をあげそうになったが、覆面の布地を噛んでなんとかこらえる。

 壁の石垣を登ってゆく。

 しょせんは石を積んだもの、爪や指をかける隙間などいくらでもある。

 声を出さず、音も立てず、するすると最上部を目指す。

 まさにニンジャだ。

 北斗はといえば、基本的に自力では登っているものの、シンの肩を借りたり、ユウに腕を引いてもらったりと、けっこう情けない感じである。

 日本にいた頃は、剣道部で鍛え次期主将の呼び声も高かったのに、このていたらくだ。

 やがて一行は、城の屋根に出る。

 男爵の居場所は完全に判っているわけではない。

 下働きの者に金を握らせて探りは入れてみたが、確たる情報は掴めなかった。仕方のないことではあるが。

 さすがに露骨な情報収集には危険が伴うし、内部構造を完全に理解している下働きなどいるはずもない。

 ただ、いくつかの候補は絞り込んである。

 最重要人物なのだから、入口から最も遠い場所に居室を設けるのは当然だ。 となれば最地階か最上階。普通に考えで前者はありえないので、後者である。

 無言のまま、ナナが小さく指をさす。

 城の中枢部近くの部屋。

 外側からみても大きな間取りがとられてるのが判る。

 頷き、ごくわずかに黙考するドバ。

 あの部屋に至るルートを思い描いているのだろう。

 やがて、一点を指し示した。

 男爵の居室と思しき部屋から、二部屋ほど離れた場所にある明かり取りの窓だ。

 ふたたび音もなく移動する一行。

 窓には当然鍵がかかっていたが、(かんぬき)状のもので複雑ではなかった。

 右人差し指だけ爪を伸ばしたシンが、鎧戸の隙間から閂を外す。

 さすがにここから侵入する者がいるとは想定していなのだろう。

 もし窓ガラスなどかはめ込まれていれば、かなり話は面倒だったろうが、どうやらこの世界では、窓にガラスを用いるという風習はないようだ。

 あるいは、まだ板ガラスが発明されていないのかもしれない。

 とんとんと肩を叩かれ、無作為な思考を中断させた北斗が小さな窓から身体を滑り込ませる。

 床まですこし高さがあるが、先に侵入した者たちが柔らかく受け止めてくれた。

 小さく息を漏らす。

 殿(しんがり)に残っていたユウが音もなく着地し、全員が城内への潜入を果たす。

 闇に包まれ、寝静まった城。

 しかしキャットピープルの視力は、内部の様子を完璧に把握することができる。

 壁に張り付き、闇と同化し、気配を探る。

 小柄な女性が指を二本立てた。

 エナという名で、ナナの母親だ。

 戦士ではなく狩人であるが、気配読みと隠密にかけては随一ということで、この作戦に同行している。

 ブイサインではなく、この先に二人いるという意味だ。

 おそらくは夜番だろう。

 これを排除しなくては進めない。

 構造的に考えて、この先は前室ということだろう。ようするに護衛たちの詰め所を兼ねているということだ。

 ドバの手が動く。

 右手の親指でシンを指した後、その指を左に向ける。

 小指でユウを指した後、その指を右に向ける。

 頷いた兄弟が扉の左右に移動した。

 ハンドサインである。敵は二人。向かって左側をシンが、右側をユウが殺せという意味の。

 配置に付いたことを確認し、ナナが自らの服に手をかけた。



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