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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第9章 ~真意と打算と~
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 ナウスから街道沿いに五日も東へ進めば、領の境界が見えてくる。

 国内のことなので、関所といっても簡単なものだ。

 ただ、残念なことに無人である。

 詰めていた兵や役人は、不死の王の軍勢によって殺されたか逃げ散ったか。

「前の宿場で弁当を作ってもらって良かったね。ホクト」

「だなぁ。これはしばらく野宿かもなぁ」

 すっかり破壊された関所を眺め、やれやれと肩をすくめるナナと北斗。

「なんかちょっとおかしいね」

 柱くらいしか残っていない兵士の詰め所。

 目を細めて見つめていたティアロットが呟いた。

「火事の跡だよ。ホクトさん」

「それの何がおかしいんだい? ティアすけさんや」

「君はあたしをどういうキャラ付けにしたいのかな?」

 北斗の言葉に嫌な顔をする紅の魔女であった。

 先日以来、彼女は北斗への呼び方を変えている。越後のちりめん問屋はともかくとして、馬鹿正直に身分を明かす必要はないという結論に達したからだ。

 ただ、さすがに偽名までは用意しなかった。

 魔法使い殺し(ウィザードキラー)剣の舞姫(ソードダンサー)深緑の風使い(シュトルムウインド)、そして紅の魔女(クリムゾンウィッチ)

 四人ともけっこう知られた異名を奉られているが、知られているのはあくまでも通り名であって、顔と名前を一致させている人は少ないだろう。

 身分に関しては、コーヴにある大店(おおだな)放蕩(ほうとう)息子と、その悪友たちということにした。

 王都出身ということにしたのは、北斗の大陸公用語には(なま)りもなく、まとう雰囲気も都会的だから。

 それに、金を持っているぞというアピールにもなる。

「イナカモノを装う方が無理があるからねー うちの亭主はー」

 とは、女房どの台詞である。

 ちょっとだけ自慢げだったので、セラフィンとティアロットはイラっとした。

 どうでもいい。

 ちなみに北斗としては、大陸公用語とやらを話しているつもりはまったくない。

 ごく普通に日本語。しかもちゃきちゃきの江戸っ子下町言葉だ。

 それが、他人の耳にはちゃんと意味のある言葉として伝わるし、ナナたちの言葉も文字も理解できる。

 ただ、イントネーションの違いとかそういうのは再現されないらしく、全員の言葉がきれいな標準語になって耳に届いている。

「火事の跡をみてもピンとこないのかね? ルーンの聖騎士(ルーンナイト)の後継者さまは」

「アンデッドは火を嫌う。常識だぞ。ホクト」

 そのきれいな標準語でティアロットとセラフィンがいじめてくる。

 火を嫌うアンデッドが、炎による攻撃をおこなうとは考えにくい。

 となれば、ここにいた兵士たちが建物を利用されないために自ら火を放ったという可能性だが、それも低いように思われる。

 こんな街道沿いの、しかも辺境の関所をひとつ確保したところで、不死の王の軍勢に何ほどの意味があるのか、という話だ。

 放置して進軍を続けるだけだろう。

「だったらとっとと逃げ出した方がずっと賢明だと思うよ」

「よくわからねぇな」

「そ。良く判らないから、おかしいねって言ったんだよ」

 アンデッドの軍団が火による攻撃をおこなうのはおかしいし、守る方もわざわざ火を付ける理由がない。

「あ。あれはどうだ? 雷攻撃。あれが落ちたら火事くらい起きるぜ」

「うん。ホクトさんにしてはよく考えたね。えらいえらい」

「くっそくっそっ」

 すっげー馬鹿にされた気分である。

 もちろんティアロットは、すっげー馬鹿にしている。

 こんな関所を破壊するのに大魔法とか。

 切り札というのは、ここぞというときに切るから切り札というのだ。

 戦略的にも戦術的にもまったく意味のないところで使ってどうする。

 示威行為だとしても、ギャラリーがいなくてはどうにもならない。

「まあ、いま考えても推測以上のものは出ないだろうな」

「そだね。セラさん。記憶にとどめておくってくらいかな」

 いきり立っている北斗を余所に、セラフィンとティアロットが頷きあう。

 パーティーの頭脳労働担当だ。

 前者は経験と知識をもって、後者は才気と知謀をもって。

 ふと見ると、肉体労働担当のうちのひとりの姿がない。

 難しい話に飽きて遊びに行ったのだろう。

 最年少者は自由な娘である。

「川あったーっ! イノシシ獲ったーっ!」

 見渡せば、やや離れたところから手を振っていた。

 遊びにではなく、狩りにいっていたらしい。

 ごく短い間に見事なものだ。

「ご飯にしようよーっ!」

「ナナ。本当に君は自由だな」

 苦笑したセラフィンが歩き出す。

 残される北斗とティアロット。

 小柄な魔女がじっと黒髪の少年を見つめる。

 同情的ななにかを込めた視線だ。

「……なんか言いたそうだね。ティアすけさんや」

「いや、べつに……」

 すいと目をそらして歩いていってしまう。

「べつにってなに!? ていうか置いてくなよぅ」

 慌てて、北斗が後を追った。




 リリエンクローン公爵家には息子がいる。

 正嫡ばかり三人も。

 ただ、このうち長男は、すでに後継者として立てられており、結婚して子供もいるため、アルテミシアの婿候補としては適さない。

 次男は家名とはべつに魔法騎士として叙勲されており、白の軍に所属しているという。

 独身とのことで、そう条件は悪くないが、実績も人望も実力もある騎士を王宮に入れてしまうのはちょっともったいない。

 これからのルーンには、能力のある指揮官がいくらでも必要なのだから。

 となると三男。

 遅くになって生まれ、ラズリット・リリエンクローン公爵が目に入れても痛くないくらい可愛がっている茶色い髪の公子で、名をルシアン。

 年齢は十六歳というから、アルテミシアより一歳の年少だ。

 とくに才走ったところもなく、善良で、良心的で、真面目で。

 ささやかれるあだ名が(リトル)リリエンクローン。

 けっこう馬鹿にされたニックネームだ。

 この場合のリトルとは、たんに小さいという意味ではないし、成人した男性に使うようなものでもない。

 たとえばアルテミシアは、ごく幼少期にリトル・ルーンと呼ばれていた。

 ルーン王国の小さな姫、というほどの意味だ。

 その名残で、ライザックなどはアルテミシアのことをお姫様(プリンセス)と呼び続けている。

 もちろん公的な場では陛下と呼ぶが。

「どう思う?」

 豪奢(ごうしゃ)なベッドの中、アルテミシアがささやくように問いかけた。

 同衾している愛人に、ではない。

 そもそも彼女は一人で寝ているし、話し相手はもっとずっとやばい(・・・)相手である。

『よほどの無能か、公爵が隠したいほどの傑物か、どちらかだと思いますわ。シアちゃん』

 甘く耳元をくすぐる声は、同性のものだ。

 はるかアトルーの地にいる。

「そうよねぇ」

 風話通信である。

 装置はすべて回収され、運用も停止されたが、アルテミシアとアリーシアの持っているものだけは除いた。

 両陣営の首脳を繋ぐ緊急直通回線(ホットライン)としての用途を期待されたためである。

 そしてそのホットラインを使って、ふたりのシアは、夜な夜な雑談に興じている。

 かなりだめな首脳部であった。

『妾も王都の学校には通っておりましたが、飛び級で修了してしまいましたので、ルシアンなる人物については面識もありませんわ。噂を聴いたことも』

「ふーむ。当時から目立たないようにしていたのか、それとも本当に凡庸(ぼんよう)なのか、ちょっとわからないわね」

 平凡で善良なだけの息子。

 自分の子をそんなふうに喧伝する貴族はいない。謙遜にしても度を超している。

 まして、どちらかといえば不名誉な異名が付けられているのに、それを放置するというのはちょっとおかしい。

 揉み消すか、別の噂を流すか。

 後継者ではないから、という部分を差し引いても少し無頓着すぎるだろう。

『普通に考えればそうなのですが、なにしろあのリリエンクローン家ですからね』

 伝わる苦笑の気配。

 遠いアトルワにも、堅物ラズリットの名は伝わっているらしい。

 ただ、アルテミシア自身、彼への評価をやや変えている。

 頑固なだけの正論じいさんと侮ることはできない。

「ま、一度会って為人(ひととなり)を見るしかないわね」

『一国の王ともなれば、婿選びも大変ですわね』

「政略だからねー ていうかシアちゃん。他人事みたいにいってるけど、あなただってもうすぐそうなるのよ?」

『妾の結婚は恋愛の延長線でありたいものですわ』

「は。うぶなねんねじゃあるまいし」

『失礼ですわ。妾はまだ乙女ですわよ』

「私もそうだけどねー」

 くすくすと笑いあう。

 くだらない会話。

 救世の女王(セイビアクイーン)聖賢の姫君(セージプリンセス)の夜が更けてゆく。



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