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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第1章 ~ひっどいスタートだっ~
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 案内されたのは村長の家。

 廃屋と変わらないような周囲の家と比較すれば大きいし立派なのだろうが、バトランドの価値観に照らし合わせれば、かなり良く言っても平凡な家屋である。

 この中で、男爵公子が酒池肉林を楽しんでいるという。

 貴族たる身が!

 こんな辺境の蛮族どもと!

 情けないやら口惜しいやら。

 苦虫をまとめて数十匹も噛み潰したような顔で戸口をくぐる。

「公子! 一体何をしておいでなのですか!」

 開口一番の台詞。

 それは、彼がこの世で放った最後の言葉となった。

 叫んだ状態のままの首が、胴とさよならする。

 見開かれた目に映るのは饗宴の有様ではなく、両手持ちした剣を水平に走らせた黒髪の少年。

 もちろん、その姿をバトランドの脳が認識できたかどうかは、誰にもわからない。

 首を失った胴体が、噴水のように血を吹き上げながら後方に倒れてゆく。

 護衛たちは驚愕の声を出さなかった。

 剣を抜くこともなかった。

 戸口に隠れていた北斗が初めての殺人を終えたとき、状況は終了していたからである。

 バトランドが連れていた武官たちは、ただの一言も発することなく、全員が事切れた。

 鋭い爪で心臓を一突きにされ。

 厳しい訓練を受け、中には魔法の心得があったものもいたかもしれないが、まったく長所を活かすことができなかった。

 油断である。

 事前情報で、村の男はすべて殺されたと言われていたから。

 伏兵の存在など、最初から疑っていなかった。

 ただそれは、誤った情報を与えたナナの演技力だけでなく、男爵公子の普段の素行にも功績がある。

 あのバカなら、そのくらいのことはしてもおかしくない、と。

 そしてキャットピープルたちは、このような戦い方を最も得意としている。

 無警戒な相手に背後から忍び寄り、一撃で息の根を止める。

 まるでニンジャだ。

「状況終了、だな」

 大きく息を吐き出す北斗。

 首を刎ねた感触が、まだ掌に残っている。

 一度決めた道である。後悔はない。

 が、忘れることはできないだろうし、忘れて良いものでもないだろう。

「完全勝利だね」

 ナナがにっこりと微笑んだ。

 作戦の立役者である。

 ドバと北斗の話から着想を得て、この罠を思いついた。

 もし男爵公子の行動をたしなめるために派遣される人物であれば、公子の無体を訴えることで死地におびき寄せることはできないか、と。

 索敵と警戒の網を張った上で、ナナは自らが囮の案内役となったのである。

 虐待されていたというのを演出するため、北斗に自分の身体を鞭で打たせて青あざや傷を作るという、堂に入った小細工までした。

「大丈夫か? ナナ」

 なかなかに痛々しい状態となっている少女を北斗が気遣う。

 たしかに、偽物の傷や血ではすぐにばれるだろうし、傷もない状態で乱暴されましたなどといっても、リアリティがない。

 必要な細工だったとは思うのだが、女性を鞭打つなどという経験をしたことがない北斗である。

 そりゃあ心配だってするだろう。

「大丈夫大丈夫。キャットピープルは人間よりずっと傷の治りが早いしね。それに」

「それに?」

「鞭とかで叩かれると気持ちいいっていうか。生きてるって実感しない?」

「本当に大丈夫か? ナナ」

 頭を抱える北斗であった。

 彼のいた時代は、平成日本ほど性の扉が開かれていなかったため、嗜虐嗜好(サディズム)被虐嗜好(マゾヒズム)とかいう言葉はあんまり一般的でなかったのである。

 とてもどうでもいい。




「さて、次はどう出るかな。男爵は」

 バトランドたちの遺体から必要なものを調達し、広場に集まった同志たちを前に、ドバが腕を組む。

 茶色い尻尾が思慮深げに揺れていた。

 男爵公子たちが乗っていたものと合わせて、十八頭もの軍馬(ぐんば)が手に入った。

 武器も防具も、食料や金も。

 それに公子が身につけていた貴金属類。

 売れば幾ばくかの金になるだろう。

 もちろん馬も。

 現状では、戦馬を運用するほどの兵力はないし、ぶっちゃけ維持することも難しい。

 かなりもったいないが、売って資金にするのが上策だろう。

「次こそ本当の捜索隊。威力偵察も兼ねて、それなりの軍勢じゃね?」

「だろうね。ホクト。ではその数は?」

「わかんね」

 さすがにそこはお手上げである。

 彼はルーンの軍事事情に明るくないし、何人でひとつの部隊を形成しているかも知らない。

 男爵がどの程度の兵力を保有しているか、こちらの方面にどのくらいの力を割ける余力があるか、まったく判らないのだ。

「ただまあ、二十日くらいはかかるんじゃねーかな」

 したがって、口にしたのは兵力ではなく時間についてである。

 男爵公子を殺してから、バトランドが登場するまで十二日ほど。

 この時間が、ひとつの指標となる。

 捜索隊が戻らないのと放蕩(ほうとう)者の男爵公子が戻らないのでは意味が違う。当然、帰還予定を立てて行動しているはずだから、それを過ぎたら男爵は兵を動かすだろう。

 おそらくは、そこまで十日。

 軍を編成するに最短で三日として、男爵のいる群都から村までは歩兵の行軍で十日はかかる。

 結果、二十三日という予想が成り立つが、計算が甘い可能性を考慮に入れて、北斗は二十日と読んだ。

「健全な予測だね。ホクト」

 年少の僚友をドバが称える。

 ということは、その二十日以内に彼らが行動を起こさなくては、勝算は限りなくゼロに近くなる。

「偵察とかいって、十とか二十とか、小出しにしてくれるとありがたいんだけどな」

「そこまで敵の無能を期待するのは、虫が良すぎるというものだろう」

「なら、こっちの手は一つしかねぇぜ。ドバ」

「そうだね。その手でいこう」

「最初から決めてやがったくせに」

 またまた男たちが笑い合う。

「なんなのよ。判るように説明して」

 むっとした顔でナナが訊ねた。

 男同士が訳知り顔で頷きあっているのは、かなり控えめに表現しても、気持ち悪いのである。

「奇襲だよ。ナナ」

「はい?」

 父親の言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまう娘だった。

 戦力となりそうな若い獣人は六十人いるかいないか。

 たったこれだけの戦力で奇襲?

 バカなのだろうか?

「ケンカの基本だぜ」

 にかっと北斗が笑った。

 戦力が少ないからこそ奇策を用いる。まともに正面からぶつかっても勝てないのだから、陰謀も詐術も使いまくる。

 獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすというが、兎にしてみれば良い迷惑だ。

 ぜひとも油断して、慢心してもらいたい。

 そして油断しているその足元をすくってやるのだ。

「具体的にはどうするのよ?」

「んなもん決まってんだろ。男爵とやらをぶっ殺す」

「はあ? そんなことできるわけないでしょ」

 それができれば誰も苦労しない。

 男爵のお膝元には多くの兵がいる。それこそ、これから村に送り込まれるであろう偵察隊などとは比べものにならない数だ。

 どうやったって勝てるわけがないだろう。

「戦えばな。そりゃ勝てるわけねえさ」

「なにそれ? 戦わないつもり?」

「城に忍び込んで大将の寝首を掻くんだよ。当たり前だろ」

「そんな当たり前はないわよっ」

 怒りつつも、ナナの脳細胞は考えてしまっている。

 この策の成算を。

 隠密行動を得手とするキャットピープル。城への潜入は不可能ではない。

 そして潜入さえしてしまえば、目的の達成は難しくないだろう。

 なにしろこちらには、魔法を無効化できる屁理屈バリアの使い手がいるのだ。

「……いける……かも?」

「そうだね。ナナ。技術的には充分に勝算がある。だけど」

 ドバが頷き、一度言葉を切った。

「それは本当に後戻りのできない道だ」

 男爵を殺して終わり。

 そしてみんな幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし、とはならない。

 爵位を持つ貴族を殺したら、当然のように他の貴族が黙っていないだろう。

 むしろ叛徒(はんと)討伐の大義名分を得て、アトルワ男爵領へと軍を進める。

 掛け値なしの戦争だ。

「だから、この時点で散り散りに逃げるってのも、選択肢のひとつではあるんだよ」



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