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 冬の終わりの街道。

 太陽の暖かさは日増しに強まり、人々に春の到来を予感させる。

 心躍る季節だ。

「そろそろ報告にあった廃村だな」

 だが、緊張感を含んだ声を北斗が絞り出した。

 楽しさとは対極にある連中もまた存在するのである。

 ルーン軍とアトルワ軍。合計三千の混成部隊は、陣列を維持したまま西から進軍した。

 不死の王の軍勢が、人間たちの予想を超えて侵攻している可能性もあったからである。

 たとえ極小のものでも、それを無視することはできない。

 アンデッド軍団の側面を突いたところで意味がないからだ。

 彼らは本質的に連携など取らない。

 どれほど仲間が倒されようと、まったく気にとめることなく、王からの命令に従い続ける。

 成算も計画性もない相手なので、考えようによっては戦いやすいともいえるだろう。

 読み合いというものが存在せず、先頭からひたすら叩いていけば、いずれ不死の王にぶつかるのだから。

 ただ、一匹でも討ち漏らすと、そこから被害が拡大する

 そのあたりが厄介極まる性質だ。

 あるいは敵中深く潜入して不死の王を倒してしまえば、彼の眷属はすべて消滅するが、その策はさすがに賭博性が高すぎる。

 連合軍は奇をてらわなかった。

 不死の軍勢の進行方向から、頭を抑えるような格好で先兵どもを倒しつつ進軍している。

 出陣から三日。

 大小十回を超える戦闘にすべて勝利し、味方の損害はゼロ。

 主力として戦う青の軍の精強さは、北斗やティアロットですら息を呑むほどであった。

 最強兵団と真なるルーンの聖騎士(トゥルーナイト)

 大仰な異称には、ほとんど誇張も虚構もないように思える。

 ライザックの指揮は堅実で、つけいる隙がなく、常に理にかなっており、ゾンビだろうとグールだろうと、スカイブルーの鎧に傷ひとつ与えることができないままに土に還っていった。

 なんというか、安物のスプラッタ映画を見ているようなもので、北斗の心から恐怖が消えてゆく一助にはなったが。

『軍師どのの見立てでは、敵の本隊はこの村にいるということだったな』

 ライザックからの風話が入り、北斗は思考を現実の地平へと引き戻した。

 まだまだ前哨戦。

 総大将たる不死の王……リッチを倒さないかぎり、戦いは終わらないのである。

『たぶんね。進行速度からの逆算だけど。そんなにずれてはいないと思うよ』

 応えたのはティアロットである。

 彼女はミシディアとともにナイトホーク二に搭乗している。

「すごいいまさらなんだけどよ。どうして不死の王ってのが現れたんだ?」

 ふと心づいて、北斗が訊ねた。

 誰も彼もその点に言及しないので気にも止めてこなかったが、日本からきた彼には、不死の王が生まれるメカニズムすら判らない。

『多くの場合は、高位の魔法使いが死に瀕して不死を願い、自らの精神と肉体を魔に捧げることによってリッチとなるな』

 簡潔にライザックが説明してくれる。

 この場合は、アンバーかイロウナト、あるいはもっと東の魔法使いがリッチ化したと考えるのが適当だろう。

「じゃあなんで西を目指してるんだ?」

『そちらにコーヴがあるからだろうな。痩せても枯れても大ルーンの王都だ。大陸南西部最大の都だぞ』

 リッチとなった魔法使いは、生者をことごとく冥界に引きずりこもうとする。

 生前、どれほど高邁(こうまい)な理想を持っていた魔法使いでも、例外なくそうなってしまう。

 そのため、最も人口の多い場所を目指している。

「よくわからないな」

 首を振る北斗。

 意志も消えさり、ただ生への妄執によって怪物と化した魔法使い。

 まるで鬼だ、と思う。

「わからないって割には、なんか納得した顔してるよ? ホクト」

 隣のナナが苦笑した。

「たとえ異形と化しても何か成し遂げたい。俺には判らないよ。けど、そういう人がいることは理解できる。そういう納得さ。ナナ」

 不死の王が何を思っているのか。北斗には判らない。

 知りたいとも思わない。

 しかし……。

『ホクト卿。余計なことを考えない方がいい。剣が鈍るから』

「ああ。すまねぇ。ミシディア」

 屈託を察したのか、僚友が警告してくれた。

 命の奪い合いだ。

 相手の事情など忖度(そんたく)すべきではない。

 ましてアンデッドモンスターである。

 隙を見せれば、かならずそこに付け込んでくる。

『敵影発見! 総数不明! 本隊と推測される! 距離至近! 警戒を厳にされたし!!』

 前衛部隊からの風話が入った。

「敵はやる気満々ね」

 ぺろりとナナが上唇を舐める。

 耳と尻尾がピンと立ち、細まった瞳孔が好戦的な光を放つ。

 猫科の肉食獣そのままに。

「望むところだぜ」

 腰間の双竜剣に手を伸ばし、グリップを確認する北斗。

『総力戦用意! ライザックより本営! 我、敵と遭遇せり! 勝利の報をお待ちありたし!!』

 真なるルーンの聖騎士(トゥルーナイト)の声が響く。

 鞍上、風話装置を高々と掲げてみせる。

 音量を最大にして。

『アルテミシアよ! みんな! 戦後のボーナスははずむからね! 私が散財で泣いちゃうくらい頑張って!!』

 冗談とも本気ともつかないような救世の女王(セイビアクイーン)の通信。

 風に乗って響き渡る。

 青の軍が一斉に鬨の声をあげた。

 異様なまでに高まる士気。

 彼らが御輿(みこし)と仰ぐ女王の声が戦場に届く。その効果は見ての通りだ。

 なんのために戦うか、再確認できた兵は強い。

『全軍突撃! 蹂躙(じゅうりん)せよ!!』

 ライザックを先頭に突き進む。

 無茶苦茶なようでいて、計算され尽くした紡錘陣形で。

 地軸を揺るがすような突進である。

 不死の軍勢に矢戦は意味がない。

 ゾンビには痛覚がないし、矢が何本刺さろうと動きを止めることはないからだ。

 圧倒的なパワーですりつぶしてしまうのが最適解。

 二千の軍団。

 八千の馬蹄(ばてい)が、生ける屍を踏みつぶす。

 まさに鋼の波濤(はとう)だ。

 反撃など許さない。

 一人の騎士の突撃に耐えても、必ず横からランスが突き出され、敵を打ち倒す。

 完璧な連携による波状攻撃である。

 戦術名は猟犬(ハウンド)

 モンスター戦の経験豊富な青の軍ならではの戦術だ。

 みるみるうちに打ち減らされてゆく死霊の軍団。

「まさか風話にこんな使い方があるとはなぁ」

 大げさに北斗が慨嘆した。

 つい先日、風話装置を渡されたばかりのルーン軍が、最も効率的な運用をしている。

 底力の差を見せつけられるようだった。

「ぼけっと見てたら、あたしたちの出番がなくなっちゃうよ。ホクト」

「おっとそうだった。あいつらに獲物を独占されるのはまずいな」

 アトルワ軍はついてきただけで何もしませんでした。

 ただの添え物(バーター)でした。

 などと言われるわけにはいかない。

「野郎ども! 俺たちも突撃すんぞ! 青の軍ばかりに良い格好させんなや!!」

 双竜剣を引き抜いた北斗が、山賊の首魁みたいに叫んだ。

 二機のロボットを先頭に、アトルワ軍が突撃を開始する。

 敵陣に青の軍が打ち込んだ(くさび)

 押し広げるように。

 真っ二つに分断される不死の軍団。

 たぶん前衛部隊だけでも、連合軍と同数くらいはいたのだろう。

 しかし、最初の衝突で粉砕された。

 文字通り、一撃必殺だ。

 なんら有効な反撃もできず、あっという間に崩壊する敵前衛部隊。 

『ホクト卿! 右は任せた!』

「OK! ライザック! 左よろしく!!」

 好戦的な声が風話に乗り、密集隊形だった両軍が展開する。

 青の軍が敵左翼を。

 アトルワ軍が敵右翼を。

 それぞれに受け持って殲滅するのだ。

「ナナ!」

「おけ!」

「いくよ。ミシ子」

「だれがミシ子だ!」

 それぞれの同乗者に声をかけ、操縦者がナイトホークから飛び降りる。

 移動形態でも強いが、ナイトホークの本領はこれではない。

 荷物(・・)を降ろし、開放感を満喫するように上体を起こす二機のロボット。

 ヴォォォン、と、石とも金属ともつかない機体が唸りをあげる。

 全高五メートル半。

 総重量十四トンの巨人。

 ナイトホークの戦闘形態だ。

「いけ! ナイトホーク三!」

「蹂躙しちゃえ! ナイトホーク二!!」

 ホクトとティアロットの命令が飛ぶ。

 ロボットの両眼が黄色い光を放つ。


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