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 そして進発の日である。

 青の軍は、真なるルーンの聖騎士(トゥルーナイト)ライザック・アンキラが、自ら精兵二千を率いる。

 アトルワ軍は、ルーンの聖騎士(ルーンナイト)の後継者、ホクト・アカバネのもと、千名と二機が投入される。

 どちらも動員限界数をはるかに下回っているが、こればかりは仕方がない。

 アンデッド相手に数ばかり揃えても意味がないからだ。

(けい)のことはイスカから聞いている。話してみたいとずっと思っていた」

「きっと悪い噂だろ」

「半々といったところかな」

「内容については、怖いから訊かないぜ」

 軽口を叩き合いながら、ライザックと北斗が握手をかわした。

 おざなりなものではなく、しっかりと力を込めて。

 ちなみに会談の席上で顔は合わせている二人である。

 互いにほとんど発言していないが。

 しかし、一目見て信頼できる男だと判った。

 けっして裏切らない、ではない。

 この男ならば、たとえ矛を逆しまにするとしても、堂々たるものだろうという、いささか倒錯した信頼である。

「こいつを使ってくれ」

 北斗が差し出すのはペンダントタイプの風話装置だ。

「いいのか? これは卿らの秘密兵器だろう?」

 さすがに遠慮するライザック。

 風話通信は、アトルワの生命線といっても過言ではない軍事機密である。

 ほいほいと貸し出して良いものではないだろう。

「俺の軍師が言うにゃあ、ネタの割れた秘密なんぞ、秘密でもなんでもないそうだ」

 ルーン軍にも風話装置を持たせ、両軍を有機的に連携させようと提案したのはティアロットである。

 大胆な提案に北斗もアリーシアも息を呑んだが、よくよく考えてみれば、どのみち風話装置はこのままではもう役立たずなのだ。

 ルーンに奪取されてしまったから。

 現物がひとつでもあれば、そこからすぐに解析され、量産されてしまうだろう。

 今後、アトルワが同様の技術を使うにしても、何らかの改良が必要である。

 であれば、共同作戦時に放出してしまっても惜しくはない。

「なるほどな。卿の軍師は先の見える御仁のようだ」

 微笑したライザックがペンダントを首にかける。

 供出する風話装置は全部で八つ。総督府に残っているのが九つだから、ティアロットの使うもの以外、すべて放出したことになる。

 これではアトルワ軍の連絡網がせつないことになってしまうが、ドバとニアの分を使うことで、なんとか通信は確保できた。

 二千のルーン軍が八個。千のアトルワ軍が四個。

 作戦の重要度を考えれば、アトルワにある装置を総動員しても良いほどだが、さすがにアトルーから運んでくる時間はない。

 ある分でやりくりするしかないのである。

「ああ。助かってるよ。こいつもティアの発明品だしな」

 乗機たるナイトホーク三を見上げる北斗。

 ゴーレムとはいわない。

 あれは禁呪であり、この世にはもう存在しない失伝魔法(ロストマジック)だから。

 事実、一目でナイトホークがゴーレムだと判ったのは、セラフィンくらいのものなのだ。

 禁呪とされ、封印されてから三百年である。

 憶えているものなど普通は存在しない。

 なので、魔術協会への対策も兼ねて、アトルワではナイトホークをゴーレムとは称さないこととした。

「ロボットだったか。すごいな」

「さすがに、これはやれねえよ?」

 名付け親の北斗が苦笑するが、原典はもちろん彼ではない。

 一九二〇年に小説家カレル・チャペックが使ったのが最初とされている。

 ちなみに、彼はゴーレム伝説から着想を得たらしい。

「なんでもかんでも欲しがったりしないさ。では、そろそろ行くか。ホクト卿」

「ああ。武運を」

 軽く互い拳をぶつけ、真なるルーンの聖騎士(トゥルーナイト)は愛馬にまたがり、ルーンの聖騎士(ルーンナイト)の後継者は愛機のステップに足をかけた。

 出陣である。




「さて、戦場のことは勇者たちに任せて、私たちは自分の仕事をこなしましょうか」

「そうですわね」

 遠ざかる軍勢を見送った女性たちが頷きあう。

 もう勝ったつもりでいるのか、と、また北斗が呆れそうだが、勝ってから物事を決めるのでは遅いのである。

 じつのところ、負けた場合は次の手を考えるだけなので、話はずっと簡単だ。

 何度でも、勝つまで。

 アルテミシアにしてもアリーシアにしても、負けたからといって世をはかなんで自殺するようなしおらしさとは無縁の性格をしている。

 敗北したなら、そこから戦訓を取り入れて次は勝てるようにする。

 それだけだ。

 本当に難しいのは、勝利したその後のことなのである。

 不死の王というのは、ルーンとアトルワにとって共通の敵だ。

 討ち果たすために協力する。

 この構図は判りやすい。

 では敵がいなくなったら?

「勝利は団結の終わり。分裂の始まり。というのでは、いささか妾たちが無能すぎますわ」

「さしあたり、共同声明でも考えましょ。ほーら私たちはこんなに仲良しよ、ってのをアピールするために」

「うさんくさいですわね」

 苦笑する聖賢の姫君。

 ルーンとアトルワは、一度も剣を交えていない。

 表面上は互いを尊重するという姿勢を貫いている。

 ただ、水面下では活発な情報戦を繰り返しているし、それぞれの首脳部が発表する声明や布告などは、政治感覚の鋭いものには殴り合いにしか見えないだろう。

 そういう心温まる関係だ。

 仲良しこよしを装ったところで、はたして幾人が納得することか。

「疑う人を気にしたって仕方ないわ。私たちがまず見なくてはいけないのは、私たちを見てくれる臣民よ」

 とは、救世の女王の言葉である。

 裏の裏を疑うような輩には、疑わせておけばいい。

 自分を支持しない連中の支持を求めるほど、アルテミシアはロマンチストではない。

「その割り切りは、ある意味で尊敬に値しますわ」

「そおかしら? 否定するだけなら誰にでもできるものよ。法律でも過去の事例でも根拠にして、それはダメだってね」

 アルテミシアもアリーシアも、過去のルーンの歴史にはないことを始めている。

 前例がないのだから、結果だって未知数だ。

 どうなるか、本当にやってみなくては判らないのである。

 したがってアルテミシアが求めているのは、成功するためのアイデアであって、『やらない言い訳』ではない。

「それでも人間というのは、悪評の方を見てしまうものですわ。賛同してくれる百人の賛辞より、たった一人にこき下ろされただけでしょんぼりしてしまうものです」

「判るけどね。それこそ気にしても仕方がないわよ」

 半分が味方になってくれるならたいしたものよ、と、女王が笑う。

 絶対的な支持など得られるはずもない。

 ルーンを掌握したかに見えるアルテミシアだが、各地に漫然とした不満はくすぶっている。

 その意味では、アトルワというのは最大の不満分子だ。

 最大の敵と握手。

 これはものすごく政治的な意味を持つ。

 不平貴族にしてみれば、ルーン憎しの一心でアトルワに擦り寄ることもできなくなるのだ。

 一方には王の権威によって統治される絶対王政。

 もう一方は、人民の声を政治に反映させる民主政治。

 貴族たちは選ばなくてはならない。

 そして選ぶとすれば、後者はありえないだろう。

「生臭いですわ。どうしてこんなお方が救世の女王とか呼ばれているのでしょうか」

 北東辺境部の何州かと引き替えに、自己の権威を確立させる。

 もちろんすべてアルテミシアの計算だ。

 こんなのと渡り合わなくてはいけないと思えば、アリーシアならずともため息くらい出るというものだろう。

「ぜーんぶ判った上でそれに乗っちゃうシアちゃんの生臭さは、どう評価すべきなのかしらねぇ」

 まるでアルテミシアばかりが計算しているようだが、まったくそんなことはない。

 一国を成せば、外交面での主導権(ヘゲモニー)は、むしろアトルワにあるといっても良い状態になる。

 ルーンとしては、アトルワが隣国に媚びを売らないよう、常に気を使わなくてはならないのだ。

 それが判っていたからこそ、アリーシアはアルテミシアの提案に乗った。

 ぶっちゃけ、生臭さの度合いではどちらもたいして変わらない。



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