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ぎゅぃぃぃんと、ど派手な噴射音を立てて、ナイトホーク三号が突き進む。
両手両足から駆動炎を出して。
やや前傾姿勢だが、腕が非常に長いためそれで安定している。
馬よりもはるかに速く、しかもほとんど揺れない。
造型としてはゴリラに近いだろうか。
スマートさには欠けるが、重厚感と迫力は充分である。
「ホバークラフトみたいだな」
とは北斗の感想であるが、残念なことにそれが何か知っている者は誰もいなかった。
その北斗は、ナイトホークの背中に乗っている。
横にはナナ。
背に足と手をかける部分があり、二名まで搭乗することができるのだ。
立ったまましがみつくのを、乗っていると称して良いのかはかなり微妙たが。
まあ、スタイルとしては、昭和四〇年代の消防車みたいなものである。
その時代の消防車にはドアがなく、運転士と小隊長以外の隊員は、止まり木と呼ばれる棒に掴まり、ステップに立って乗車した。
緊急出動などの時には、高速移動中にその状態で装備を調えたというのだから、なかなかにすごい話である。
もちろん平成の世の中では、そんな曲芸みたいな乗り方はしない。
ただ、当時の子供たちには格好良かったようで、一九七七年から三年も放送したアニメ番組でも、主人公カップルの搭乗方法はそれである。
ともあれ、二人乗りのナイトホーク三号に北斗とナナが乗っているため、 ティアロットはいない。
より正確には、やや後方をナイトホーク二号に乗って追走しているのだ。
同型機である。
彼女は新生アトルワに服属する証として、現存するナイトホークシリーズの三機をすべて提供した。
一号は試作機ということで実戦参加には適さないらしく、総督府の守備に運用されるこことなった。
北斗が乗機としたのは三号である。
馬に乗れない騎士としては、機動力があるのはありがたい。
操縦士は北斗、副操縦士がナナ。
揃いの頭冠がけっこう格好いい。
「はい。次は急速旋回。ナナが姿勢制御ね。遠心力で吹き飛ばされないように、しっかりと掴まってやるんだよ」
「よっしゃ!」
脳裏でスピンする姿を思い描く。
これがナイトホークの操作方法だ。
操縦者の意図が頭冠を介してゴーレムに伝わり、与えられた命令を実行する。
ようは脳波コントロールで、これにも北斗は大興奮だった。
極小半径を描いて旋回するナイトホーク三。
「わわわっ ホクトっ もっとゆっくりっ」
ナナが警告を発するが遅かった。
遠心力と加圧で吹き飛ばされた少年少女が仲良く地面に転がる。
まるでアホという構図だ。
本質的に、ゴーレムとは乗って戦う道具ではないため、搭乗者の安全はまったく考慮されていない。
無茶な機動をさせれば、こうなるのは当たり前だ。
「しっかり掴まっておけって言ったでしょ? バカなのかい? 君たちは」
後方から鬼教官の声が飛ぶ。
運用訓練の真っ最中である。
不死の王と戦うため、アトルワ軍はナイトホークシリーズを用いることとなった。
首脳会談の結果を受け。
主力はルーン王国の最強兵団たる青の軍だが、アトルワとしてもぼけーっと指をくわえて見ているわけにはいかない。
我らもよく戦ったぞ、と、主張できるだけの戦果をあげなくてはならないのだ。
属国としてではあるが、独立国としてルーンから分離することとなるのだから、なおさらである。
国と国との関係だからこそ、借りっぱなし、貸しっぱなしというのは幾重にもまずい。
ただ、アトルワにはアンデッドモンスターと戦う能力が不足しているのはたしかだ。
まず魔法使いの絶対数が少ない。
魔法の武器も足りない。
そしてなにより、北斗の屁理屈バリアが発動するかどうかもわからない。
おばけなんていないさと言い張るくせに、びびっちゃってるから。
そこで主戦力として登場するのがゴーレムだ。
ナイトホーク二とナイトホーク三。
上手く運用すれば、実体のない幽霊や悪霊などはともかくしても、生ける屍や屍食鬼程度は蹴散らすことができるだろう。
そのような次第で、ルーンとアトルワは共同作戦を展開することとなった。
侵攻開始は三日後。
最初から決めていただろってレベルのはやさである。
事実、アルテミシアは最初から決めていた。
不死の王を放置することはできない。
たとえそれが敵対関係のアトルワで起こったことだとしても、である。
放っておけば、全土が荒らされてしまうからだ。
ゆえに、救世の女王は会談の結果如何に関わらず軍を動かすつもりでいた。
黒でも赤でも白でもなく、最も対モンスター戦の実績のある青の軍を伴ったのは、そのまま討伐作戦に移行するためである。
「だから、シアちゃんが条件を呑んでくれたことは、僥倖ではあるのよね。たぶんお互いにとって」
アルテミシアが笑う。
会談を終え、晩餐会の席上である。
両陣営は基本合意に達することができた。
もちろん細かい条件など、煮詰めなくてはいけないことは数多いが、不死の王に対する協調路線と、その後の内政不干渉。
この二点において合意できたのは大きい。
ルーンとしては、アトルワの妨害を廃してから不死の王と戦う、という無駄なステップを省略することができるし、アトルワとしても貸し借りなしでルーンの力をアテにすることができる。
「シアちゃんはおそろしいお方ですわ」
口元に微笑をたたえたまま、アリーシアが料理に舌鼓を打つ。
もともと晩餐はアトルワ側で用意する手筈となっていた。
しかしアルテミシアは自分も料理人を連れてきたと主張し、どうせなら競作させないかと提案した。
面白そうだと乗りかかったアリーシアだが、すぐにある可能性に気付く。
女王が満腔の自信を持って連れてくる料理人だ。
相当の腕の持ち主なことは疑いない。
下手に勝負を受け、こちらが負ければ面目を潰され、逆に勝てばルーンの面子を潰すことになる。
そしてアルテミシアは、勝っても負けてもそれを笑って流し、ちいさな貸しをひとつ作るつもりだろう。
勝つとか負けるとかではなく、勝ったあとのこと、負けたあとのことまで盛り込んで、政略に利用する。
アリーシアが怖ろしいと称したのは、そういう意味である。
たったひとつの提案に、裏の裏の裏の裏くらいまで存在しているのだ。
アトルワを代表する聖賢の姫君は、それらを見極めて適切な対処をしなくてはならない。
十六歳の少女にとっては、なかなかに胃にくる展開だ。
ちなみにアルテミシアの提案を受け、アリーシアはアトルワの料理人を引っ込めた。
ルーンが料理人を用意したなら、我らごときに出る幕はない、と、ようするに顔を立ててやったのである。
これならどちらの陣営も恥を掻かない。
アトルワ側の料理人のプライドは傷つくだろうが、そのあたりは後日、金銭によって解決するしかないだろう。
「私の手を正確に読んで、次の手を打つシアちゃんの方が怖ろしいかもよ?」
「ぎりぎりですわ。掛け値なしに」
「掛け値っていえば、アトルワが出す兵力に対して、ルーンから謝礼を出した方が良いかしら?」
そらきた、と、アリーシアは思った。
ナイフとフォークを動かす手を止める。
何気ない雑談のなかに爆弾を仕込んでくる。
長くもない付き合いで、女王の為人がだいぶ判ってきた。
謝礼を求めないなら、この不死の王の事案はアトルワの領分だと認めることになる。それは、アトルワという国を建国する上で、最初から大きな借りをルーンに作ることになってしまうのだ。
かといって、簡単に謝礼を求めては謙りすぎることとなり、アトルワが鼎の軽重を問われることになるだろう。
「アンバーとイロウナトを割譲してくださるとシアちゃんは約束してくださいました。それが謝礼なのでは?」
「おうふ。そうきたか。やるわね」
すでに約束している領地。
それを、これから約束することにしてしまえば良い、と、アリーシアは言っているのである。
これならどちらの陣営の面子も立つから。
和気藹々を装った食事が続いてゆく。




