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「あたしのナイトホークがあるだろ。戦力なら」
ふふんと胸を反らすティアロット。
北斗の屁理屈バリアによって一瞬で無力化された、あれである。
事の経緯を知っているナナやセラフィンなどは、思い切り胡乱げな表情をむけた。
リキとミシディアはそもそもナイトホークというのが何か判らないため、きょとんとしている。
自信満々で発表したティアロットだったが、反応が薄かったのでちょっと可哀想だった。
「あのインチキ人形が役に立つのかぁ?」
おそらく北斗が最も好意的だったろう。
なにしろ、口に出して反応したのは彼一人だから。
「インチキだって? どこがインチキなのか言ってみなよ。総督さん」
挑むような紅の魔女。
深緑の迷宮で発見したゴーレムを解体し、解析し、その理論と製法に考察を加え、ティアロット自身の手で現代に蘇らせた失伝魔法である。
インチキ呼ばわりは看過できない。
「だって、関節もないのに歩けるわけねーだろうか」
「あるに決まってるだろ。そもそも関節部分が外側から見えるようなものが、戦闘用といえるのかい?」
「ぬ。じゃあ重さはどうなってんだよ。あんな巨体だったら立ち上がれるわけねーだろ。自重で」
ものすごく簡単にいうと、ゴーレムの大きさは人間の五倍近くある。
すなわち、体積として考えた場合、五×五×五倍ということだ。
人間の重さを六十キロと仮定すると、ゴーレムは七千五百キロ。つまり七トン半。
そんな重量物が二足歩行できるか、という話である。
ましてゴーレムの素材は見たところ石。
比重において、人間とは比べものにならない。
まともに考えたら、自分の重さで潰れてしまう。
ちなみに地球世界で二足歩行型ロボットが作られないのは、この問題がクリアできないという理由が少しはあったりする。
最大の理由は、そんなものを作っても意味がないからだが。
「内燃機関があるに決まってるじゃないか。ナイトホークの重量は十四トンだよ。それを持ち上げるだけのパワーがある魔力炉を積んでるし、基礎骨格だって足一本で全重量を支える強度があるんだよ」
論破が論破されてゆく。
あんぐりと口を開ける北斗。
執務机に広げられた戦略地図の上に、ティアロットがナイトホークの設計図を置いた。
「全部は教えられないよ。あたしにとっての生命線だからね。だけど基本的な構造くらいは説明してあげる」
それは、ファンタジーな、メルヘンな存在ではまったくなかった。
むしろ超テクノロジーの産物である。
大気を取り込み、それをエネルギーに変える技術や、エネルギーの伝達によって形状を変える金属。
まさに夢のテクノロジーだ。
「むむ。腕がこんなに長いのは」
「高速移動形態にシフトした時のためだよ。人間みたいに足を交互に出して走るんじゃないんだ。さすがにそれだとバランスが取りにくいし戦闘にも不向きだからね。手の平と足の裏の噴射口から駆動炎を噴射して進むんだよ」
水平移動などのバランスを考えたら、二点ではなく四点で支えた方が良い。
完全に身体を倒さないのは、後方に人間が隠れて戦うとき、盾の役割を果たすためだ。
「すげえ! 関節部分は金属なのか! 全部石だと思ってた!」
「そう見えるように塗装してるからね。そこが弱点でございって場所は目立たないようにするだろ。普通に考えて」
「理にかなってる! この金属ってもしかして……」
「サーラ銀っていう合金だよ。魔力炉から伝わる熱を感知して形状を変えるんだ」
「形状記憶合金!」
「その名前いいね。まあようするにそういうことさ。熱を伝導させることで各関節を動かしてるんだ。ナイトホークには筋肉も腱もないからね」
「すげえ!」
オカルトなどとんでもない。
きちんとした理論に従って作られ、きちんとした理論に従って動く科学の結晶だった。
盛り上がるゴーレム使いと科学少年。
あたりまえのように、他の人々は付いていけない。
何の話をしているのかも判らないし、何が楽しいのかもさっぱりだ。
微妙に取った距離が、そのまんま心の距離である。
「ほっといていいの? セラ」
「そのうち疲れてやめる。飽きるまでやらせておけ」
「まあ、ホクトが元気になったみたいで良かったけどさ」
「君は優しい娘だな。ナナ。ティアロットに嫉妬するかと思ったが」
「ホクトは、おっぱい小さい女の子に興味ないから大丈夫だよ」
「それは私にケンカを売っているのか?」
なんだか判らない会話の花が咲く。
苦笑するリキ。
僚友の肩をミシディアがぽんと叩いた。
「いつもの雰囲気が戻ってきたね」
「ああ。こいつらはやかましいくらいでちょうど良いからな」
街道を馬車が進む。
一見して貴人が乗っていると判るくらい豪華なものだ。
野盗などが見たら、獲物と思うだろう。
だが、馬車の前後を一万にも及ぶ兵たちが守っていては、襲撃などできるはずもない。
先頭の騎士たちが誇らかに掲げるのは大ルーンの国旗。
スカイブルーの軍旗とともに。
最強兵団の呼び声高い青の軍である。
アトルワとの会談に赴く救世の女王アルテミシアを護衛しているのだ。
会談場所はナウス。
ルーンにとっては勢力圏から出ることになるが、こればかりは仕方がない。
聖賢の姫君の方を王都コーヴに呼び出したりしたら、人質にでもするつもりかと勘ぐられてしまう。
この時期、両陣営とも緊張を高めたくはないのだ。
「右を見ても左を見ても、むさ苦しい鎧ばっかり。こんな心躍らない旅行ってのもちょっと珍しいわね」
客室でアルテミシアが歎息する。
立場上、王城からあまり出ることのない彼女だから、遠出というだけでけっこうわくわくするのだが、馬車の周囲を青の軍一万余りが固めているのでは、あんまり楽しい気分にはならない。
「わがままですね。陛下」
くすりと笑うメイリー。
秘書の彼女は会談に同行する。
政治的な手腕を期待されてのことではなく、護衛役としての武勇を期待されてのことでもなく、女王の身の回りの世話をするためだ。
ぞろぞろと侍女を引き連れて歩くのをワガママ女王が嫌がったため、近侍はメイリーだけ。
一国の元首とも思えない容儀の軽さだ。
ただ、護衛する青の軍にしてみれば、対象が減るのは悪いことではない。
究極的に、彼らが守らなくてはいけないのはたった一人。
侍女だろうが重臣だろうが、その一人と比較することはできないのである。
事態が逼迫すれば、護衛たちは躊躇なく女王以外は見捨てるし、自分たちの命すら盾として使う。
そして、全員がそれを承知している。
シルヴァやメイリー、ライザックが死んでもルーンはやっていけるが、アルテミシアの場合はそういうわけにはいかないのだ。
あるいは救世の女王も知っているからこそ、腕におぼえのない随員を極力減らしたのかもしれない。
「遊びに行くのではないのですよ。陛下」
「判ってるわよ」
差し出された焼き菓子を受け取りながら、くすりとアルテミシアが笑う。
彼女が退屈したような素振りを見せるとお菓子が差し出されるのだ。
くずる子供をあやすように。
「なんとなく、メイリーの中で私がどういう位置づけなのか判るわねぇ」
「餌付けされるペットみたいでしょう?」
「想定よりひどかったっ 人間扱いされてなかったっ」
「あら? つい本音が」
和気藹々。
主君と部下という枠を超え、アルテミシアとメイリーの間にはたしかな友誼が生まれている。
「会談のときの食事は、メイリーが腕を振るってね」
「アトルワでも料理人を用意しているのではないですか?」
「そりゃそうよ。でも、そこであえてこっちの料理も出すの」
「失礼にあたりませんか?」
「ことは政略の範囲だからね。こっちの方が良いもの作れるのよ。すごいでしょってアピールになるのよ」
「生臭いですね。そんな食べ方をされる料理が可哀想ですよ」
「同感同感。政略抜きで食事を楽しめる関係になれれば良いんだけどね」
冗談めかしていう女王。
だがメイリーの耳には、衷心から言っているように聞こえた。




