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深緑の迷宮。
そう呼ばれるダンジョンは、三百年ほど前の魔法使いによって作られたものである。
「…………」
「…………」
「…………」
説明するセラフィンに、北斗、ナナ、ティアロットは黙り込んだ。
なんというか、とてもとても嫌な符合がある。
たとえば三百年前とか、何回も何回も聞いた数字だ。
たとえば深緑。目の前にいるエルフの二つ名は、たしか、深緑の風使い。
「もちろんオリーが作った。名前の由来は私の異称だ」
「うん。そうじゃない可能性を一瞬だけ考えた俺が馬鹿だったよ」
なんだろうね。
いろんなところで、こいつらが遺したいろんなものが、いろんなことを引き起こしている。
「もういっそ、全部オリフィック・フウザーのせいってことで良い気がしてきたよ。俺は」
くだらないことを言う北斗だった。
彼がルーンを建国したことに、すべての発端がある。
それが悪いということでは、まったくないのだが。
「ともあれ、国を興すには莫大な金が要るということで、私たちは様々な遺跡に潜って宝物を集めたのだ。それを保管し、必要に応じて金に変えていった」
「呆れたね。建国伝説の秘話がひとつあきらかになったよ」
ティアロットが笑う。
建国王フウザーとその仲間たちは潤沢な資金をもっていた。
草創期において、ルーンは金力によって支配力を広げていったという側面があるほどだ。
金貨の湧き出す魔法の壺でも持っているかのように、とは、いくつかの伝承でも語られている。
冒険者時代に集めた宝物を隠していた場所、それが深緑の迷宮だったというわけだ。
もちろん、国を興し、王宮を建造してからは、そんなものは必要ない。
財宝のほとんどは王宮の宝物殿に移送された。
「けどまあ、国を興せるくらいの財宝か。すげーな」
どれほどのものだったのだろう。
ほうとため息をもらす。
男の子というものは、冒険とか宝探しとかが大好きである。
北斗だって例外ではない。
「金貨にすれば二百億枚。だいたいの概算だが、そのくらいだったはずだ」
淡々としたセラフィンの言葉に、ぐらりと三人がよろめく。
日本からきた北斗の感覚で、金貨一枚とはおおよそ十三、四万円ていどの価値である。
二枚あれば、四人家族が一ヶ月暮らせるという計算から導かれた答えだ。
ということは、ざっと二千八百兆円くらい?
数字が天文学的すぎてさっぱり判らない。
「なんだよそのイカレた金額は……」
「もちろん当時と今ではモノの価値も違うだろうし、金貨の価値だって違うだろう。一概にどのくらいの資産だったかというのは、私にもちょっと判らないな」
「うん。俺の欲しい反応は、それじゃない」
「けどさ。そんな莫大な財宝が眠っているような、難しいダンジョンじゃなかったよ。一階部分は罠も多かったし大変だったけど」
首をかしげるティアロット。
たしかに地下一階はすごかった。
この世の罠という罠を詰め込んだ、まるで博覧会みたいな様相を呈していたし、隠し扉に魔法の錠、暗号を解かないと進めない通路など、作ったヤツは変態なのかと思えるような構造だった。
ぶっちゃけ、もう諦めようと何度も思った。
彼女を含めたナウスで一番の遺跡探求者パーティーが、丸一年半を費やしてようやく攻略したのだ。
それが地下二階以降は一変する。
ほとんど一本道で、罠もなくなり、最下層の地下四階まで、とくに迷うこともなく進むことができた。
「むしろそれが罠なのかと思ったよ」
「いや。地下二階からは一本道だ。めんどくさかったから」
「は?」
「地下一階を作るとき、私もオリーもキリも気合いを入れたのだ」
獣神と後に呼ばれるキャットピープルは、狩人としての、レンジャーとしての知識を活かして罠を作りまくった。
セラフィンもオリフィックも、持てるすべての知識をつかって様々な仕掛けを用意した。
そして、地下一階で飽きた。
「飽きたて……」
「そもそも、深緑の迷宮じたいが魔法で隠してあるし、侵入者がいるとも思えない。どうせ長期間使う予定の宝物庫というわけでもなかったので、地下二階以降は一本道にした」
びっくりである。
最低である。
なんというか、迷宮制作者としてのプライドはないのかという話だ。
「ティアちゃん……ごくろうさま……」
「やめろっ! そんな目であたしを見るな!」
同情に満ちた暖かい視線を向けるナナに、ティアロットがいきり立った。
可哀想な話である。
それだけ苦労して攻略したダンジョンは、すでに役目を終えた宝物庫だったとか。
「さすがに俺でも泣くな。それは」
肩をすくめる北斗に、ティアロットが挑戦的に見返す。
「なにいってるんだい? あたしたちはちゃんとお宝を手に入れたよ。金銀だけがお宝じゃないんだ」
たとえばティアロットのゴーレム。
禁呪となり、いまはもう研究することも製造することもできない。製法すら判らない。
彼女は製造ノウハウを手に入れることができた。
罠の知識だって、魔法による施錠だって、どれひとつ取っても、現代にあるものとは異なる。
今は存在しない知識。
「金貨だって宝石だって、使ったらなくなっちゃう。けど、あたしが深緑の迷宮で入手したナイトホークシリーズの製法は、ちゃんとここに入ってる。これをお宝っていうんだよ。総督さん」
右手の人差し指で自分の頭を小突いてみせる少女。
その表情は、たしかにその日暮らしの冒険者のものではない。
知識を蓄え、応用し、次代を切り開こうとする挑戦者の目だ。
「いや。たしかあのゴーレムは、ガルガータ型という製法のはず……」
「ナイトホーク」
またぞろ余計なことを言おうとするセラフィンにかぶせ、ティアロットが言い放った。
「夜を舞う鷹。ナイトホークだよ」
ずいと顔を近づける。
「う、うむ」
なんかよく判らない迫力に押され、エルフの姫君が自説を引っ込めた。
「それはちょっと派手すぎるわね。違うのをもってきて」
すっと右手を振るアルテミシア。
ドレスをもった侍女が一礼し、しずしずと退室する。
いつもの執務室ではなく私室である。
救世の女王は、聖賢の姫君との会談に備えて、服選びに余念がない。
「楽しそうですね。陛下」
軽食を運んできた秘書のメイリーが笑いかける。
「そう見える?」
「ええ。市井の娘が初めてのデートに着る服を選んでいるような、そんな雰囲気です」
「そうね。たしかにそんな気分かもしれないわ」
くすりと笑うアルテミシア。
かつて彼女は飾り物の王だった。彼女だけでなく、父も、その父も。
ここ何代かのルーン王というのは、鶏の鶏冠のようなもので、いることだけが存在価値であった。
それが変わった。
もちろん変えたのはアルテミシア自身である。
最高権力者たる王によるクーデター。
国政を恣に壟断してきた佞臣どもは、ことごとく退場した。
政治の舞台からも、人生劇場からも。
建国から十五代を数え、退廃と閉塞感に覆われていたルーンは、救世の女王と異名を奉られる年若い少女を御輿として生まれ変わる。
清新で活力に富んだ国へと。
上からの革命を成し遂げたアルテミシアだが、そこまで政治志向や改革志向があったかといえば、じつはそんなことはない。
怠惰と無為徒食にずっと甘んじていた。
腹心の友たる騎士ライザックが、アトルワの乱を報せるまで。
「あのとき、私の心に風が吹いたの。さあ今だ。走り出せってね」
風の名を聖賢の姫君という。
彼女より年少の、しかも辺境の男爵の末子に過ぎない小娘が、軛を引きちぎって飛び立った。
「負けてられないじゃない」
「ふふ。たしかにそれは、恋かもしれませんね」
柔らかく微笑する秘書。
一国の未来を賭けた壮大な恋物語だ、と。




