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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第7章 ~露呈する弱点~
68/102

8


 深緑の迷宮。

 そう呼ばれるダンジョンは、三百年ほど前の魔法使いによって作られたものである。

「…………」

「…………」

「…………」

 説明するセラフィンに、北斗、ナナ、ティアロットは黙り込んだ。

 なんというか、とてもとても嫌な符合がある。

 たとえば三百年前とか、何回も何回も聞いた数字だ。

 たとえば深緑。目の前にいるエルフの二つ名は、たしか、深緑の風使い(シュトルムウィンド)

「もちろんオリーが作った。名前の由来は私の異称だ」

「うん。そうじゃない可能性を一瞬だけ考えた俺が馬鹿だったよ」

 なんだろうね。

 いろんなところで、こいつらが遺したいろんなものが、いろんなことを引き起こしている。

「もういっそ、全部オリフィック・フウザーのせいってことで良い気がしてきたよ。俺は」

 くだらないことを言う北斗だった。

 彼がルーンを建国したことに、すべての発端がある。

 それが悪いということでは、まったくないのだが。

「ともあれ、国を興すには莫大な金が要るということで、私たちは様々な遺跡に潜って宝物を集めたのだ。それを保管し、必要に応じて金に変えていった」

「呆れたね。建国伝説の秘話がひとつあきらかになったよ」

 ティアロットが笑う。

 建国王フウザーとその仲間たちは潤沢な資金をもっていた。

 草創期において、ルーンは金力によって支配力を広げていったという側面があるほどだ。

 金貨の湧き出す魔法の壺でも持っているかのように、とは、いくつかの伝承でも語られている。

 冒険者時代に集めた宝物を隠していた場所、それが深緑の迷宮だったというわけだ。

 もちろん、国を興し、王宮を建造してからは、そんなものは必要ない。

 財宝のほとんどは王宮の宝物殿に移送された。

「けどまあ、国を興せるくらいの財宝か。すげーな」

 どれほどのものだったのだろう。

 ほうとため息をもらす。

 男の子というものは、冒険とか宝探しとかが大好きである。

 北斗だって例外ではない。

「金貨にすれば二百億枚。だいたいの概算だが、そのくらいだったはずだ」

 淡々としたセラフィンの言葉に、ぐらりと三人がよろめく。

 日本からきた北斗の感覚で、金貨一枚とはおおよそ十三、四万円ていどの価値である。

 二枚あれば、四人家族が一ヶ月暮らせるという計算から導かれた答えだ。

 ということは、ざっと二千八百兆円くらい?

 数字が天文学的すぎてさっぱり判らない。

「なんだよそのイカレた金額は……」

「もちろん当時と今ではモノの価値も違うだろうし、金貨の価値だって違うだろう。一概にどのくらいの資産だったかというのは、私にもちょっと判らないな」

「うん。俺の欲しい反応は、それじゃない」

「けどさ。そんな莫大な財宝が眠っているような、難しいダンジョンじゃなかったよ。一階部分は罠も多かったし大変だったけど」

 首をかしげるティアロット。

 たしかに地下一階はすごかった。

 この世の罠という罠を詰め込んだ、まるで博覧会みたいな様相を呈していたし、隠し扉に魔法の錠、暗号を解かないと進めない通路など、作ったヤツは変態なのかと思えるような構造だった。

 ぶっちゃけ、もう諦めようと何度も思った。

 彼女を含めたナウスで一番の遺跡探求者パーティーが、丸一年半を費やしてようやく攻略したのだ。

 それが地下二階以降は一変する。

 ほとんど一本道で、罠もなくなり、最下層の地下四階まで、とくに迷うこともなく進むことができた。

「むしろそれが罠なのかと思ったよ」

「いや。地下二階からは一本道だ。めんどくさかったから」

「は?」

「地下一階を作るとき、私もオリーもキリも気合いを入れたのだ」

 獣神と後に呼ばれるキャットピープルは、狩人としての、レンジャーとしての知識を活かして罠を作りまくった。

 セラフィンもオリフィックも、持てるすべての知識をつかって様々な仕掛けを用意した。

 そして、地下一階で飽きた。

「飽きたて……」

「そもそも、深緑の迷宮じたいが魔法で隠してあるし、侵入者がいるとも思えない。どうせ長期間使う予定の宝物庫というわけでもなかったので、地下二階以降は一本道にした」

 びっくりである。

 最低である。

 なんというか、迷宮制作者(クリエイター)としてのプライドはないのかという話だ。

「ティアちゃん……ごくろうさま……」

「やめろっ! そんな目であたしを見るな!」

 同情に満ちた暖かい視線を向けるナナに、ティアロットがいきり立った。

 可哀想な話である。

 それだけ苦労して攻略したダンジョンは、すでに役目を終えた宝物庫だったとか。

「さすがに俺でも泣くな。それは」

 肩をすくめる北斗に、ティアロットが挑戦的に見返す。

「なにいってるんだい? あたしたちはちゃんとお宝を手に入れたよ。金銀だけがお宝じゃないんだ」

 たとえばティアロットのゴーレム。

 禁呪となり、いまはもう研究することも製造することもできない。製法すら判らない。

 彼女は製造ノウハウを手に入れることができた。

 罠の知識だって、魔法による施錠だって、どれひとつ取っても、現代にあるものとは異なる。

 今は存在しない知識。

「金貨だって宝石だって、使ったらなくなっちゃう。けど、あたしが深緑の迷宮で入手したナイトホークシリーズの製法は、ちゃんとここに入ってる。これをお宝っていうんだよ。総督さん」

 右手の人差し指で自分の頭を小突いてみせる少女。

 その表情は、たしかにその日暮らしの冒険者のものではない。

 知識を蓄え、応用し、次代を切り開こうとする挑戦者(チャレンジャー)の目だ。

「いや。たしかあのゴーレムは、ガルガータ型という製法のはず……」

「ナイトホーク」

 またぞろ余計なことを言おうとするセラフィンにかぶせ、ティアロットが言い放った。

「夜を舞う鷹。ナイトホークだよ」

 ずいと顔を近づける。

「う、うむ」

 なんかよく判らない迫力に押され、エルフの姫君が自説を引っ込めた。




「それはちょっと派手すぎるわね。違うのをもってきて」

 すっと右手を振るアルテミシア。

 ドレスをもった侍女が一礼し、しずしずと退室する。

 いつもの執務室ではなく私室である。

 救世の女王(セイビアクイーン)は、聖賢の姫君(セージプリンセス)との会談に備えて、服選びに余念がない。

「楽しそうですね。陛下」

 軽食を運んできた秘書のメイリーが笑いかける。

「そう見える?」

「ええ。市井の娘が初めてのデートに着る服を選んでいるような、そんな雰囲気です」

「そうね。たしかにそんな気分かもしれないわ」

 くすりと笑うアルテミシア。

 かつて彼女は飾り物の王だった。彼女だけでなく、父も、その父も。

 ここ何代かのルーン王というのは、鶏の鶏冠(とさか)のようなもので、いることだけが存在価値であった。

 それが変わった。

 もちろん変えたのはアルテミシア自身である。

 最高権力者たる王によるクーデター。

 国政を(ほしいまま)壟断(ろうだん)してきた佞臣(ねいしん)どもは、ことごとく退場した。

 政治の舞台からも、人生劇場からも。

 建国から十五代を数え、退廃と閉塞感に覆われていたルーンは、救世の女王と異名を奉られる年若い少女を御輿(みこし)として生まれ変わる。

 清新で活力に富んだ国へと。

 上からの革命を成し遂げたアルテミシアだが、そこまで政治志向や改革志向があったかといえば、じつはそんなことはない。

 怠惰と無為徒食にずっと甘んじていた。

 腹心の友たる騎士ライザックが、アトルワの乱を報せるまで。

「あのとき、私の心に風が吹いたの。さあ今だ。走り出せってね」

 風の名を聖賢の姫君(セージプリンセス)という。

 彼女より年少の、しかも辺境の男爵の末子に過ぎない小娘が、(くびき)を引きちぎって飛び立った。

「負けてられないじゃない」

「ふふ。たしかにそれは、恋かもしれませんね」

 柔らかく微笑する秘書。

 一国の未来を賭けた壮大な恋物語だ、と。


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