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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第7章 ~露呈する弱点~
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7


 ティアロット。

 ゴーレムを用いてナウスの城を襲った犯人である。

 紅い髪と赤い瞳をもつ十六歳の少女。

 年齢に比して体つきは小さい。

 捕縛の後、尋問していたセラフィンがその為人(ひととなり)に興味を持ち、北斗の元へと連れてきた。

 そして興味を持ったのは、セラフィンだけではない。

「あんたたちは、住民の声も政治に取り入れてるって聞いた。代表者会議だっけ。どうしてお貴族様(・・・・)がそんな考えに至ったのか、知りたくなったんだよ」

 北斗を正面に見据えながら問いかける。

 お貴族様という言い回しには、北斗でなくとも悪意を感じるだろう。

「俺の知識は反則だ。こことは違う世界からきて、そこは議会制民主政治がおこなわれていたってだけの話だからな」

 肩をすくめてみせる。

 日本の政治形態は民主共和制ではない。

 天皇という国王が存在するからだ。だが同時に、憲法というすべての法の上に屹立する最上位の法律も持つ。

 立憲君主制、ということになろうか。

 とはいえ、法の根幹たる日本国憲法には、しっかりと人民主権が謳われている。

『そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する』

 というわけだ。

 ちなみに、この憲法前文には元ネタがある。

 一八六三年にアメリカの大統領リンカーンがゲティスバーグでおこなった演説だ。

 人民の、人民による、人民のための政治という一節は、あまりにも有名だろう。

 それは民主主義の理想を謳ったものであり、第二次世界大戦に敗北した日本は、GHQ主導のもと、この一節を憲法に盛り込まされることとなった。

「まあ、ことの経緯はともかくとしても、立派な考えなのはたしかさ。けどべつに俺が考えた訳じゃない。本当に褒められるべきなのは、独力でたどり着いた姫さんだろうな」

 貴族政治のただなかにあって、アリーシア姫は議会制のはしりのような部分にまで到達した。

 多くの者が知恵を出し合い、議論を重ねて政治を動かしてゆく。

 それは、一人の天才が一時間で考えついたことより、何十人もの凡才が何十年もかけて試行錯誤を重ねながら学び取ったものの方に価値がある、という考え方。

 成功も失敗も、領民みんなのものである、と。

「動機は不純だけどな」

 締めくくり、笑ってみせる北斗。

「そうなのかい?」

「ああ。姫さんは自分が権力を握ったとき、どうすればラクをできるか考えてたそうだ」

「なんだいそれは」

 ティアロットもまた相好(そうごう)を崩す。

 絶対君主とは、すべて自分で責任を負わなくてはならない。

 重臣たちに助言を求めることはできても、最終的な決定権は君主にある。

 なんでも好きなようにできるが、なんでも自分のせいになる。

 ぶっちゃけ、災害が起こってもそれが君主の責任になってしまうのだ。

 だったら権力を削ってでも責任を分散させたほうが良い。

「あきれたね。民の政治の第一歩目が、ラクをしたいって怠け根性から出たことだなんて。とても後世には伝えられないよ」

「だろ?」

 笑い合う。

 急速に親和力が高まってゆく。

「ティアロットっていったか。お前さんも独力で姫さんと同じ考えにたどり着いたってことなんだろ」

「あたしのはものぐさの結果じゃないよ。誰のために生きるのかってところから、始まったんだ」

 彼女は貴族の子弟として生を受けた。

 セラフィンが推理したとおりだ。

 というより、まったく何の知識もないところに、新たな知識というのは生まれない。

 ティアロットにせよアリーシアにせよ、充分な基礎教育を受けることができたから、そこから先の応用を考えることができた。

 貴族政治の是非について考える土壌があった。

 ごく簡単にたとえるなら、文字の読み書きもろくにこなせない幼児が、政治的な思想を持つことができるか、という話である。

 ともあれ、貴族としての教育を受けてきた彼女は、現状に疑問を抱くようになる。

 何の疑問もなく受け入れるには、ティアロットは優秀すぎたのだろう。

 謀反(むほん)気が豊富だったと言い換えても良い。

 高貴なる無知(イノセント)に甘んじることができなかった彼女は、十一歳のときに家を捨てる。

 培った魔法の知識を活かして冒険者となり、民草と交わり、世の中を知っていった。

 仲間や知己に読み書きを教え、政治の知識を与え、いつか、いつしか民による国を作ろうと野心を燃やした。

 拠点としていたのが、このナウスである。

 民主化運動というには小さな小さな灯火だ。

 しかし、草の根は静かに、着実に、ゆっくりと広がりはじめていた。

 そんなおり、ガゾールト伯爵は失政を取り返そうと無謀な戦争を仕掛け、敗北し、結果として新生アトルワを招き入れてしまった。

 民を慈しみ、豊かで、清新な鋭気にとんだ新生アトルワ。

 ティアロットも噂くらいは聞き及んでいた。

 最悪である。

 そんな素晴らしい領主の元では、民草はまた考えることを放棄してしまう。

 だからティアロットは、ガゾールト伯爵の下で私腹を肥やしていた悪徳商人からの依頼を受けた。

 アトルワを追い払う、という利害が一致したから。

 目的は大きく異なるが。

 ガゾールトが消え、アトルワも去れば、この地は無政府状態となる。

 ルーン王国には、代官を派遣して直接統治するだけの余裕はない。

 民たちは、自らの力で未来を切り開かなくてはならない。

 多くの犠牲を伴う荒療治だが、ことここに至って他に手段はなかった。

 自らの足で立つために。

「過激だなあ。おい」

「失敗したけどね。まさかナイトホークがあんな簡単にやられるなんて、思ってもみなかったよ」

 えらく格好いい名前は、屁理屈バリアで動かなくなってしまったストーンゴーレムのことである。

「あ。それだ。そのことを訊くのを忘れていた。ティアロット。君はどうやってゴーレムを生み出したんだ? あれは禁呪になったはずだが」

 ふと心づいたようにセラフィンが口をはさんだ。

 話が意外な方向に進んだせいで、すっかり忘れてしまっていたが、そもそもティアロットを殺さずに捕縛したのは、ゴーレムのことを問い質すためである。

「遺跡で見つけたんだよ」

 さらりと応える。

 ちなみに禁呪関係のものを発見したら魔術師協会に報告し、封印しなくてはいけないという規則はあったりする。

 ただし、そんな規則を守っている者はいないし、流布させずに個人で使用する分には、協会も取り締まらない。

 えらく曖昧だが、命がけで遺跡から発掘した遺物(レリック)を、横からよこせと主張するのもひどい話だからだ。

「なるほど。どこの遺跡だ? 見つけたのは現物か? それとも製法か?」

「深緑の迷宮。現物を見つけて、解体して調べた結果、製法が判ったってとこかな」

 簡にして要を得た答え。

 いまさら隠しても意味がないということだろう。

「やはりあそこのゴーレムだったか。見覚えがあるはずだ」

 セラフィンが、昔を懐かしむように目を細めた。




「会談の申し入れがありましたわ」

 郡都アトルー。

 新生アトルワの、実質的な首都である。

 一年前までは田舎領主の居城にすぎなかったアトルワ家の館は、いまや北部辺境地域の中心だ。

「まあ、当然そうくるだろうな」

 アリーシアの言葉に、盟友たるシズリスが頷く。

 風話装置がルーンに握られてしまったため、アトルワの通信網は役立たずになってしまった。

 これまでのような風話会議では、ぜんぶルーンに駄々漏れである。

 せっかく便利だったのに。

 またまた前みたいに、集まって会議をしなくてはいけない。

「受けるのか? アリーシア姫」

「拒否できるはずもないだろうね。不死の王の絡みもあるし」

 マルコーの質問に答えたのは猫人族の代表たるドバだ。

 これに補佐役のルマ、魔法騎士ラインと騎士ニアを加えたのが、新生アトルワの幹部会ということになる。

 ルーン上層部に比較して寄せ集め感が溢れているが、事実、寄せ集めだから仕方がない。

「会いたくないけど会うしかないですわね。ニアとドバには護衛をお願いしますわ」

 幹部が全員でのこのこ出掛けていって、皆殺しにでもなったら目も当てられない。

 シズリスやマルコーといった、元貴族たちはアリーシアに何かあったときに代行を勤めるための残留だ。

 ラインは新生アトルワ軍の指揮があるし、ルマには内政統括が求められる。

「まあ、久しぶりに娘の顔を見るのも悪くないね。ホクトとうまくやってるのかな。あいつは」

 笑ったドバが視線を動かす。

 はるか南西、会談場所に指定されたナウスをみはるかすように。



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