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「うえ!? だれっ!? なに!? 何がどうなってるのっ!?」
混乱のあまり、変な踊りをおどりだすナナ。
変な呪文を唱え続ける北斗をひっつかせたまま。
なんだこの絵図ってシーンである。
『……声のみでの拝謁、失礼いたしますわ。アルテミシア女王陛下』
他方、アリーシアの方はなんとか精神的な再建を果たし、やや震えてはいるものの、意味のある言葉を発すること成功した。
『初めましてね。聖賢の姫君。貴女には会ってみたいと長いこと思っていたのよ』
笑みを含んだ声。
コーヴとナウスとアトルー。
遠く離れた場所にいる三人の少女は、互いがどんな顔で話しているのか知る由もない。
しかしナナには、緊張した面持ちのアリーシアと、ゆったりとした笑みを浮かべるアルテミシアが想像できた。
『まずは状況を説明させてちょうだい。搦め手を使って、あなた達の秘密兵器を手に入れたわ』
『陛下が会話に参加していることに鑑みても、そういうことなのでしょうね』
『謝罪はしないわよ? これも兵法だもの』
『こちらが不覚を取っただけというお話ですわ。謝ったり謝られたりするようなことでもないでしょうね』
白刃を打ち交わすような会話だ。
ナナは胃のあたりが痛くなってきた。
政治のことなんかさっぱり判らないし、できれば関わりたくないと思っている剣の舞姫としては、聖賢の姫君と救世の女王の中間地点に位置するなど、かなり勢いで勘弁してほしい。
むしろとっとと風話を終えてしまいたい。
ぶちっと切ってしまいたい。
しかし、そういうわけにもいかないのである。
「あのねあのねっ 用事があったから風話したのっ わたしの手に負えないから知恵を貸してっ」
とにかく、用件を話して終わらせよう。
政治的なやりとりは、自分のいないところで思う存分やればいい。
という意思を全身に込めて、ナナが発言する。
『私は退室する?』
『けっこうですわ。陛下。風話を聴いていないという確証が得られない以上、聴かれているものとして考えるしかありませんもの』
『あら? 一国の女王が盗み聞きをすると?』
『そうは申しませんわ。ただ、しないという確証がないと申し上げているだけですわ』
『言うじゃない。私の言葉だけじゃ信用できないってことでしょ?』
『逆に、陛下は妾の言葉を信用するのか、という質問をお返しいたしますわ』
互いにしゃらくさい口を叩き合う。
きっとどっちもすげー意地悪そうな顔をしてやがる。
何の根拠もなく確信するナナ。
「いいから聞けっ! どっちのシアちゃんもっ!」
怒った。
ナナさんぶち切れです。
陰険漫才をして遊んでいる余裕はないのだ。
『あ、はい。承知いたしましたわ』
『う、うん。ごめん』
あまりの剣幕にふたりがたじろぐ。
「不死の王が出たらしいの! それがモンスター襲撃の原因かもしれないの! なんとかしなきゃいけないけど、ホクトがおはけ怖いってぶるっちゃって使い物にならないの! だからなんか違う手考えて! 以上!!」
一気に言い切って、一方的に風話を終える。
「あの……ナナ……べつにぶるってない……」
「あぁん?」
「あ、いえ……すんません……」
微弱な反抗をしようとする北斗だったが、一睨みで沈黙させられた。
「私だってねっ 自分の亭主がおばけにびびってるなんて言いたくないんだからね!」
ルーンの聖騎士の後継者と呼ばれる男の弱点がおばけ。
きっとアトルーとコーヴでは、姫君と女王が大笑いしていることだろう。
ナナさん情けなくて涙でそうである。
「あんたたちは、貴族を潰し、豪商たちを追い払う。それで自分たちは正義だと主張する」
ティアロットが吐き捨てた。
赤い瞳に灯るのは怒りの炎だ。
貴族は権力を独占し、民から搾取し、我が世の春を謳歌する。
豪商たちは富を独占し、民をこき使い、贅沢な生活を続ける。
それはたしかに事実だろう。
どこまでいっても民は弱者。
搾り取られ、使い潰されるだけの存在だ。
では貴族や豪商を滅ぼして、世界は豊かになるのか。
否だ。
社会という構造そのものが、強者と弱者を作るようにできている。
「あんたたちは、奴らのかわりに自分たちが支配者になっただけ。けど、それが悪いっていってんじゃない。チカラのない支配者が打倒されるのは当たり前だし、チカラのある者に取って代わられるのも当然だからね」
「ふむ。それは道理だな。ではティアロット。私たちの何が許せないのかね?」
狭い牢屋。
粗末なベッドに腰掛けたふたり。
正面から向き合い、視線を絡ませる。
「あんたたちは奴隷を量産している」
「いや。私たちは奴隷解放、獣人や亜人に平等を、というのを旗印にしているが」
「身分の話じゃない。あんたたちの作っているのは、精神的な奴隷だよ」
豪商たちを逐い、貴族を逐い、平等で開かれた社会を与えられた人々。
何の努力もなく、何の苦労もなく。
ただ豊かさを与えられる。
それは人々から思考する力を奪う。
何が正しいのか、どうすればより豊かな生活ができるのが、何を変えていけばみんなが幸福になれるのか。
全部、上が考えてくれる。
それはまさに奴隷。
アトルワが作ってきたのは、奴隷が暮らしやすい街。
何も考えなくていい、ただ上に従っていれば、豊かさを享受できる、グロテスクな桃源郷だ。
「ほう?」
じつに面白そうに目を細めるセラフィン。
ティアロットと名乗った少女の論法に興味を惹かれた。
「だから君は、私たちを排除しようとしたわけか。そのあたりはよく判らないな。私たちがいなくなれば、君の理想に近づくのかね?」
「そんなわけないだろ。あたしが城を攻撃したのは、単にそういう仕事だったからだよ。報酬を受け取って仕事をしただけさ」
ただ、嫌いな奴をやっつけるという点で利害が一致した。
それだけの話だ。
「それで私たちがガゾールトから撤退した場合、この地は無政府状態になってしまうのではないか?」
「だろうね」
「統べる者がいなくなれば、街道の補修もきかない、橋が落ちても直せない、街の治安も維持できない、モンスターの襲撃にも対応できない。よほどひどい状況になってしまうと思うのだがな」
「自分たちでやればいいのさ。みんなで金を出し合い、みんなで知恵を出し合い、みんなで力を合わせて、自分たちの街を運営していけばいいんだよ。誰かにやってもらう必要なんかない」
支配者に与えてもらうのではなく、自分たちのことは自分たちで責任を持つ。
さすがに全員でというのは効率が悪くなりすぎるため、代表者を選ぶことになるだろう。住民の総意に基づいて。
ちなみに、みんなで金を出し合い、というのは、本来の税の形である。
役人や領主の懐を潤すために、税というのはあるわけではない。
社会を運営するため、社会を構成する人々が負担する会費なのだ。
それは民主主義というものの最も根底にある考え。
もちろんセラフィンはそんな思想を知らない。
「面白いな。君はよほどの智者のようだ」
「褒めているのかい?」
「ああ。そして智者というのは、ときとして同じ橋を渡るのだな。君の言っていることは、アトルーで採用された代表者会議に似ている」
「なんだって?」
目を丸くするティアロット。
セラフィンが説明したのは、聖賢の姫君が導入したアトルワの政治形態だ。
各部族の代表、商人の代表、軍人の代表、住民の代表、そういった者たちによって議題が持ち寄られ、領地の運営方針が定められてゆく。
さらに、巡察使を設けて、民草の声を政治に反映させる。
「君は在野にありながら、アリーシア姫やホクトと同じ次元でものが見えているようだ。正直、驚いたよ」
セラフィンの言葉に、ティアロットが深沈と考え込んだ。




