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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第7章 ~露呈する弱点~
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 ダメ男ホクトの世話をナナに委ね、セラフィンは牢屋へと足を向けた。

 昨夜のゴーレム使いが囚われている場所だ。

 魔法使いと会うならダメ男が一緒の方が良いのだが、幽霊の話が出て以来、あれはすっかりポンコツになっている。

 連れてきても何の役にも立たないだろう。

 かといって、ただの兵では足手まといになるだけ。

 セラフィン一人の方がまだマシだ。

「うむ。元気そうでなによりだ」

 猿轡を外してやりながら声をかける。

「アンタにはこれが元気に見えるのか?」

 憎まれ口を叩く少女。

 ただまあ、えらく扇情的なポーズで縛られた上に口まで封じられ、牢屋に放置されたのだから、あまり元気ではないだろう。

 これで気分は上々になれる人がいるとしたら、きっとナナと良い友達になれる。

「気にするな。ただの社交辞令だ」

「あたしをどうするつもり?」

「べつにどうもしない。私に同性愛の趣味はないし、用が済んだら解放するだけだ」

 隠し(ポケット)から取り出したナイフで麻縄を切る。

 ほどいてやるのが一番良いのだろうが、さすがにナナの変態的ロープワークは、素人に解除できるほど甘いものではない。

 解放された手首をさする少女。

「一応は名乗っておこう。私はセラフィン。アトルワの末席に身を置く者だ」

「……深緑の風使い(シュトルムウインド)は大幹部だと思うけど?」

「気にするな。ただの社交辞令だ」

 人を食ったような話しぶりだ。

 ふんと少女が鼻を鳴らす。

「……あたしはティアロット。ただのティアロットさ」

 それでも律儀に名乗り返した。

「ふむ。やはり貴族の子弟か」

「……どうしてそう思った?」

「わざわざ、ただの、と付けたのだから、本当は姓があるということなのだろう。あるいは、すでに失ったか」

「……あたしの出自なんかどうでもいいよ」

「まったくだな。君が没落貴族だろうが、家を捨てた道楽者だろうが、私たちにはあまり関係がない」

 セラフィンとティアロットの間の空気が帯電する。

 たぶんそれは触れて欲しくはないこと。

 エルフの姫君はあえて踏み込んだ。

 本音を引っぱり出すには、笑わせるか怒らせるかしたほうが良い。

 捕虜と和気藹々というのはおかしな話なので、当然のように選択するのは後者だ。

「どうして、この城を襲った?」

「…………」

「どこぞの豪商なり犯罪者グループなりに依頼されたのだろうが、べつに依頼人の情報をよこせと言っているわけではない。それこそ口が裂けてもいえないことだろうしな」

 黙り込んだ少女に微笑する。

 セラフィンもまた、大昔に冒険者をしていたことがある。

 まだまだ今のようにきっちりとした契約関係のある時代ではなかったが、それでも依頼人(クライアント)の秘密は厳守した。

 そのあたりをぺらぺら喋る冒険者など、誰も信用しないからだ。

 汚れ仕事に信用などあるか、と、普通の人なら思うだろうが、この場合の信用とは一般社会におけるそれとは意味合いが異なる。

 受けた仕事を完璧に実行する能力。けっして依頼人のことを口外しない口の堅さ。

 社会的信用など微塵もないアウトローの信用というのは、そのような部分で計られる。

 真面目です。努力しています。人当たりが良いです。

 そんなのが通用するほど甘っちょろい世界ではない。

 結果がすべて。

「と、私も若い頃は、無頼に生きる自分が格好いいと思っていた口だ」

「…………」

「責任のある立場になって、はじめて判ったものさ。自分一人で成功も失敗も背負うというのは、ずいぶんラクだった、とな」

 地球世界に置き換えて考えるとよく判る。

 ヤクザや無頼漢が一般人より苦労している、などということはない。

 ルールを守り、法にしたがい、社会に縛られて生きる厳しさは、裏社会で騙し騙されしている連中には理解できないだけだ。

 上司の顔色をうかがい、同僚に気を使い、妻子に責任を持ち、つねに社会人としての自覚をもつことを強要される。

 それに比較すれば、死のうが生きようが自分一人の問題と割り切れるアウトローの方が、ずっとずっと気楽である。

 ようするに、どんな人間だって自分が一番苦労していると思っているし、それ以外の人の苦労など、しょせんは他人事なので真剣に考えることはない、という話だ。

「……あなたはとてもおかしな人だね。セラフィン」

「否定はしない。長く生きていると、世の中を(しゃ)に構えてみるようになってしまうのでな」

「あたしがこの仕事を受けたのは、あんたたちが許せなかったからだ。救民・護民を謳って、世の中を壊そうとするあんたたちが」

 まっすぐにセラフィンを見るティアロット。

 挑戦的な赤い瞳。

 受けて立つ、とでもいうように、深緑の瞳が見返した。




 困ったことになった。

 北斗の屁理屈バリアがアンデッドに通用しないとすれば、アトルワとしてはあんまり打てる手がない。

 語弊のある言い方になるが、アトルワ軍は人間と戦うために組織された軍隊だ。

 彼らを排除しようとする各領主や、ルーン王国軍と戦って、負けないよう。

 モンスター退治というのは、けっこう想定の外側である。

 練度が高いので対応できるというだけ。

 その意味では、ルーン王国軍の方が、ずっとずっと対モンスター戦のノウハウがある。

「けどまあ、ホクトがおばけ怖いとか。笑っちゃうねー」

「こここわくなんかねえし? 双竜剣でばっさばっさ斬ってやるし?」

 勇ましいことを言っているが、目が泳いでいる上に声がヨーデルになりかかっているので、説得力などゼロどころがマイナスである。

 ちなみに双竜剣でゴーストが斬れるかといえば、じつは斬れる。

 魔法処理と霊宝処理が施してあるからだ。

 マジックアイテムとしての格はかなり高く、不死の王とだって五分の勝負ができるだろう。

 問題は使い手の方である。

 こんなチキン状態では、リッチどころかゴースト程度と対峙したって戦うどころではない。

「そうやって虚勢を張ってると、すぐつけこまれるよー? ほらほら、もう寄ってきてるし」

「ひぃぃぃっ なんまんだぶなんまんだぶっ」

 またまた謎の呪文とともにナナに抱きつく北斗。

 面白いので個人的にはこのままでも良いのだが、アトルワ全体のことを考えたら、そうもいっていられない。

「仕方ない。こういうときは知恵者に相談しようー」

 相棒の左耳から風話装置をはずして、自分の耳に装着する。

 頭の上の。

「にふっ くすぐったいっ これっ」

 猫の耳は、けっこう敏感なのだ。

 魔力を通して起動する。

 もちろん彼女自身は魔法を使えないが、魔力というのは誰でも持っており、多くの魔道具は、使用者からごく微量の魔力提供を受けて動いている。

 そうでもなければ、どんなマジックアイテムだって、魔力炉(エーテルリアクター)を内蔵しなくてはならなくなってしまう。

「こちらナナだよー シアちゃん聞こえるー? どうぞー」

 相談する相手は、もちろん聖賢の姫君たるアリーシア。

 盟主と仰ぐ十六歳の少女である。

 ナナからみれば一歳年長で、新生アトルワの頭脳であり心臓だ。

 北斗がポンコツで使い物にならないとなれば、頼る相手はアリーシアしかいない。

 すぐに返信があった。

『どうしたんですの? ナナ。こんな朝から。どうぞ』

『いきなり愛称呼びとか。なかなか剛胆ねぇ。どうぞ』

 ふたつ。

 ナナは、シアと呼びかけた。

 ルーン王国に、この愛称をもつものはたくさんいるだろう。

 しかし、風話装置を持っているのは、たぶんひとりしかいないはずであった。先日までは。

 どうやら、いまはもうひとり存在するらしい。

 アルテミシア・フウザー。

 ルーン王国の元首、救世の女王(セイビアクイーン)、その人である。

 郡都ナウスと郡都アトルー、二ヶ所で少女の顎がかくーんと落ちた。



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