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「本来、アンデッドモンスターと戦うには、聖別された武器や、魔力付与された武器などが必要なのだ」
ただの武器では致命傷にならない。
これはアンデッドのみならず、魔法生物や魔族など戦う際にも必要な知識である。
そして、そんな武器を大量に用意することは簡単ではない。
むしろ至難だといって良いだろう。
さらに、必要となるのは武器だけではないのである。
通常のモンスター戦以上に、防具に気を配らなくてはならないのだ。
アンデッドによって命を奪われたものは、不死の王の呪いにとらわれて、アンデッドモンスターとなり果てる。
つまり魔法の武器と強固な鎧で身を固めた軍隊でなくては戦えない、ということだ。
イスカが、アトルワの手に余る事態と評したのは、そういうことである。
装備という点に絞っていえば、アトルワ軍とルーン正規軍では比較にならない。
幹部の北斗ですら軽装のブレストプレートを身につけている程度。
獣人部隊など、動きを阻害する鎧を嫌い、布アーマーすら付けない者も多い。
機動力勝負というのは、アンデッド相手にはいささか荷が重いだろう。速度で攪乱しようとしても、そもそも相手には視力があるのかどうかすらも判らないのだ。
接近せず、巨大な火力で薙ぎ払う、というのが最適解である。
「その意味では、魔法使いを多く揃えているルーンの方に、一日の長があるのはたしかだな」
そう言って微笑するセラフィン。
皮肉っぽい口調だったのは、アトルワにはルーンの知らないチカラがあるからだ。
風話のことではない。
屁理屈バリア。
北斗だけが使える対魔法技能である。
あるいは、彼の言霊によってアンデッドは存在を許されず、消滅してしまうかもしれない。
科学的でないという意味合いにおいてなら、アンデッドほど非科学的なものはそうそう存在しないだろう。
「そうではないか? ホクト」
なにかとめんどくさい屁理屈バリアだが、こういうときには心強い。
静かな信頼をたたえて年少の僚友を見る。
「あああああたりまえだよ? 幽霊なんかいないもん」
だよ? もん?
目を泳がせながら、普段とはまったく違う口調になっている少年。
セラフィンが求めている反応では、まったくなかった。
「……もしかして、ホクトは幽霊が怖いのか?」
まさかそんなことはないだろう。
双竜剣を携えた無双の勇者。
あらゆる魔法を無効化してのける魔法使い殺し。
そんな男が、子供みたいに幽霊を怖がるとか。
「ばっかセラ! ばっかセラ! 幽霊なんかいないんだよ! いないものが怖いわけねえだろ! 非科学的だよ! 非科学的!」
ぶんぶんと腕を振って力説している。
かなり駄目な感じだ。
「……そういえばさ。幽霊の話をしていると、呼び寄せちゃうっていうよね」
ぽつりとナナが言った。
いつもの明るい口調ではなく、なんというかすごく淡々とした言葉。
事実を事実として語っているような。
ぴき、と、北斗が固まる。
「……もうおそいか。ホクト。うしろに……」
「うわぁぁぁぁ! なんまんだぶなんまんだぶっ!!!」
ナナが言い終わるより早く、椅子から転げ落ちてうずくまり、なぞの詠唱まで始める始末だ。
びっくりである。
これがルーンの聖騎士の後継者だというのだから、もっと驚きだろう。
「うん。こりゃダメだねー」
相好を崩すナナ。
「そうだな」
セラフィンも肩をすくめる。
「よくよく思い出してみればさ。ホクトってわたしたちに会って気絶してるんだよね。びびって」
「獣人に怯えるようでは、ゴーストやゾンビとは戦えないな」
「そうなんだけど、わたしの言いたいのはそこじゃなくて。屁理屈バリアは発動しなかったなってこと」
「なるほど」
エルフが軽く頷いた。
人間しかいない世界からきた北斗である。
獣人相手に、非科学的だといって屁理屈バリアが発動しても何ら不思議ではない。
それが発動しなかったのは、彼自身が心のどこかで人間以外の存在がいると認めてしまっているためだ。
幽霊にしても妖怪にしても。
絶対にいないと言い切れるなら、魔法と同じように屁理屈バリアで消し去ることができる。
「いないと言い張るくせに、完全に否定もできない。だから怖いというわけか」
「そんなとこじゃない?」
「どこまでもめんどくさい男だな」
「まあ、そこが可愛いんだよ?」
うずくまって震えている北斗を爪先でつつきながら、ナナとセラフィンが論評していた。
「不死の王ねえ」
イスカの報告を受け、戦利品たる風話装置を右手でもてあそびながらアルテミシアが呟いた。
秀麗な顔に恐怖は浮かんでいない。
なぜならアンデッドは、高位の魔法使いにとっては討伐不可能な相手ではないからだ。
さすがに不死の王と呼称される存在……リッチともなれば一筋縄ではいかないが、大魔法使いクラスの術者ならば充分に戦えるし、魔導師でも、数を揃えれば対抗可能だろう。
「アトルワには難しくても、うちならなんとかなるわよね」
王都コーヴには、魔術師協会世界本部が存在するのだ。
アルテミシアの知っている範囲でも、幾人かの大魔法使いが常駐している。
厳正中立を謳い、どこの国にも肩入れしないことをポリシーとする魔術師協会とはいえ、さすがに不死の王が相手ともなれば戦力を出す。
ましてルーンは、協会を設立させた国である。
懇請を無碍にはできない。
「でもさ、私たちが動くのはまずくない?」
にやにやと笑う女王。
本来であれば、まずいことなどなにひとつない。
アトルワはルーンの一部であり、その領内で起こっている出来事は、ルーンで起きているのと同義だ。
ルーンが兵を派遣するのは当たり前である。
救援要請の有無などに関係なく。
しかし、現在のルーンとアトルワの関係は、主従のそれではない。
明確に離反声明が出されたわけではないし宣戦布告がおこなわれたわけでもないが、控えめに表現しても武装中立といったところだ。
そんな場所に、呼ばれもしないルーン軍がのこのこと登場したらどうなるか。
「まあ、普通はそのまま開戦でしょうね」
「ですなぁ」
女王の言葉に頷く黒の軍の隊長。
緊張感がまったく漂ってこないのは、ふたりとも目が完全に笑っているからだ。
開戦などしたくないのはルーンもアトルワも同じ。
ここは手を取り合って事態の解決に当たるべきだろう。
「連絡の手段もあるしね」
手元の風話装置に目を落とすアルテミシア。
なんというか、上々の結果だ。
アトルワの秘密兵器を入手できた上に、事件が起きているのはルーンではなくアトルワという。
思い切り恩を高く売りつけることができるだろう。
「まあ、あんまりふっかけんでやって欲しいもんですが」
「あらら? イスカったら、ほだされちゃった?」
「あいつはけっこういい男なんですわ。陛下も会えば判りますて」
女王の言い分にイスカが肩をすくめる。
敵陣営への潜入調査と秘密兵器の奪取を見事にやってのけた男だが、アトルワの切り崩しはできなかった。
たとえば新規加入のミシディアなどは籠絡しやすいかとも考えたが、どうしてどうして、北斗の求心力を再確認しただけである。
早々に彼は引き抜き工作は諦めた。
「ますます会ってみたいわね。私好みかしら?」
「女房いますぜ。あいつ」
「あら? 私と同い年じゃなかった? 意外に早熟?」
「しかも獣人族の美少女です。一緒に温泉に入ってました」
今回の潜入ではなく、タイモールで出会ったときの思い出だ。
思えば奇妙な縁である。
「なんか腹立つわね。邪魔してやりたくなってくるわ」
むうとアルテミシアが頬を膨らます。
「大ルーンの女王として、その態度はいかがなものかと」
端で聞いていたシルヴァが、こほんと咳払いした。
まったく、あらゆる意味でその通りであった。




