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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第7章 ~露呈する弱点~
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「俺は大馬鹿野郎だ!!」

 叫びながら、罪もない壁を殴りつける北斗。

 大失態である。

 腹心にしようと雇い入れた男は、なんと王国軍の幹部だった。

 アトルワの内情を探るため潜入していた男に惚れ込み、懐に招き入れてしまった。

 兵を預け、アトルワの生命線である風話装置を貸し与え、あげく離反された。

 不敗の秘密は、これでルーンに知れたも同然。

 最悪である。

 考えてみずとも、あれほどの使い手が在野にごろごろ落ちているわけがない。

 仮にいたとして、三十も年少の北斗のもとに馳せ参じるわけもない。

 偶然の出会いを経ての感動の再会。

 疑って然るべきだったのだ。

 しかもナナに、幾度も幾度も警告されていたのに。

「くそ! くそ!」

 拳を叩きつける。

 裏切られた、という怒りではない。

 拳が割れて血が滲む。

 イスカと名乗ったあの男は、職務に忠実だっただけ。

 彼の忠誠は、アトルワではなくルーンにあり、必要な仕事をした。

 ただそれだけの話である。

「馬鹿すぎるだろ俺! なにやってんだよ!!」

 まんまとルーンの陥穽(かんせい)にはまり、ぺらっぺらとアトルワの内情を語り、秘中の秘である風話装置まで奪取された。

 間抜けにもほどがあるというものだろう。

 演劇や映画なら、三流の敵という役どころだ。

 滑稽さを通り越して悲哀すら漂うような。

「落ち着いて。ホクト」

 ナナが声をかける。

 頭ひとつ分、低いところにある少女の顔を、北斗が睨みつけた。

「落ち着いてられるか! なにがルーンの聖騎士(ルーンナイト)の後継者だよ! なにが魔法使い殺し(ヴィザードキラー)だよ! 三下もいいとこじゃねえか!!」

 格好いい異称を奉られた結果が、総督などという顕職を任された結果が、このていたらく。

「ホクトがサンシタなことくらい、こちとら最初からわかってんのっ」

 しゅっとかすむナナの右手。

 次の瞬間、北斗の身体はがんじがらめに縛られていた。

 得意のロープワークである。

 魔法を否定できるのと剣術が使えるという特性を除けば、北斗の身体能力はナナに遠く及ばない。

 抵抗の暇もなく胡座(あぐら)後手(ごて)縛りの格好で拘束されたわけだが、もちろんそんな名称を北斗は知らない。

 あんまりな状況に目を白黒させるのみだ。

「な、なにを……っ!?」

「そんな大暴れしてたら、手が壊れちゃうでしょ」

 縛った状態の両手に軟膏を塗り、布をまいてやるナナ。

「ぐ……」

 痛い。

 傷つけた手なのか、拘束された身体なのか、それとも心なのか。

 判らないが、とにかく痛い。

「だいたい。ホクトの間抜けなんて、いまに始まったことじゃないっしょ。わたしと初めて会ったとき、気絶までしてるんだし」

「ぐ……」

 その通りである。

 この世界にやってきて、初めて目にした猫人(キャットピープル)

 びっくりした北斗は、化け猫だと叫んで気を失ってしまった。

 現在の状況に比してマシな姿でもない。

「だが、俺のミスでアトルワがピンチに……」

「はあ? なに自惚れてんの?」

 アトルワの危機?

 そんなもの、それこそ今に始まったことでもない。

 たったの三州……いまは四州に増えたが、とにかくたったそれだけの領域しかもたないアトルワが、二百州を数えるルーンと対峙しているのだ。

 最初から勝機なんかほとんどないし、そもそも有利だった局面など、一度だってない。

「わたしたちがアトルワ男爵と戦ったとき、風話なんて知らなかったわよ」

 それでも、なんとか知恵を絞り、策をめぐらせ、勝利を掴んできた。

「ナナ……」

「風話だってすぐにルーンに知られるよ。簡単な魔法だってセラも言ってたしね。もしかしたらもう知られちゃってるかも」

 いまさら秘密が漏れたことを嘆いてどうするのか。

 それこそ、相手が知らない手を使っただけ。

 北斗がいう魔法がインチキなら、こちらの風話だってインチキだ。そんなもので勝っても、すぐに対応策が採られる。

「ナナ……」

「わたしの亭主は、ちょっと勝ち慣れすぎちゃって、逆境に弱くなってんじゃないの?」

 言い捨て、強制的に胡座をかかされた北斗の膝にすわる。

「ぐえっ」

 けっこう痛い。

「ホクトが考えなくちゃいけないのは、そこじゃないでしょ。おっちゃんは、なんでわざわざ別れを告げたの? ホクトを悔しがらせるため?」

 向かい合わせになって、ナナが問いかける。

 なかなかすごいポーズだ。

 しかもこの少女は、寝るときに衣服を身につけていない。

 北斗がオスの本能に負けたとしても、手は後手に縛られているし、両足は胡座のまま動かせないし、どうすることもできないのである。

 もちろん、彼にはそんな余裕はなかった。

 ナナの言葉を反芻するように目を閉じる。

「不死の王……」

 イスカは言っていた。

 アトルワの手に余る事態だと判断した、と。

 だまって消えれば良いものを、何が起こっているか、頼りない年少者に知らせてくれたのである。

 それは、まぎれもない友誼だ。

 その厚意に応えるのは、悔しがることではない。

「……悪い。ナナ。目が覚めた。ありがとう」

「女房だからね」

 北斗の言葉に、くすりと笑ってみせるナナ。

 もう大丈夫。

「目覚めたのか」

 不意に戸口から声がかかる。

 大騒ぎを聞きつけたセラフィンが、駆けつけてくれたのだ。

 そして、縛られた北斗と、その上に乗る全裸のナナを目撃した。

 さらに目が覚めたという台詞も聞いた。

 そっとしておくべくだろう。

 愛のかたちは人それぞれだ。

 ひとつ頷いて自室に戻ろうとする。

「ちょっと!? セラ!? セラさんっ!? なんで納得したようにドア閉めるの!? 待って! お願いだから俺の話をきいてっ! 釈明させてっ!!」

 新領土総督がなんか叫んでる。

 もちろん、一顧だにされなかった。




 不死の王。

 ノーライフキング。

 すべてのアンデッドモンスターを統べる存在である。

「またぞろ厄介な事態になったものだな」

 北斗とナナから詳しい話を聞き、セラフィンが腕を組んだ。

 開けて、翌朝のことである。

 ゴーレムを操る女魔法使いの尋問が予定されていたのだが、そんなものはキャンセルしなくてはいけない事態が発生してしまった。

「そもそもアンデッドってのはなんなんだ?」

 首をかしげつつ北斗が訊ねる。

 昨夜は考える時間がなかったが、相棒たるナナの献身によって彼は冷静さを取り戻した。

 そして冷静になってみれば、謎の単語が並んでいる。

 アンデッド(死なないもの)とは、どういう意味か。

「ふむ。そういう解釈ではないな。死なないのではなく、どちらかというと生ける屍(リビングデッド)というべきだろう」

「ぬ……」

 嫌な顔をする北斗。

 聞き逃せない単語だ。

 一九六八年に公開されたジョージ・ロメロ監督のアメリカ映画、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は、世界的なヒットとなり、もちろん日本でも大人気を博した。

 元々はブードゥー教に登場するゾンビだが、この映画によってその定義が変わったといっても過言ではない。

 ゾンビに殺されたものはゾンビになる。

 感染爆発(パンデミック)のように被害が拡大してゆく。

 ホラーやスプラッタにおけるゾンビとは、おおむねそのような位置づけだ。

 もちろん北斗はそれを知っているから顔をしかめたのだが、この世界におけるゾンビがどういうものかまではさすがに判らない。

「ゾンビだけでなくスケルトンやゴーストなども、不死の王の眷属だ」

 セラフィンの説明が続く。

 知っているナナは軽く頷いただけだが、北斗の反応は独特だった。

幽霊(ゴースト)っ!? いいいいねえよっ そんなもんっ ばばばバカじゃねえのっ! ここここの世に幽霊なんかいねえんだよっ」

 思いっ切りどもってるし。

 いつもの屁理屈とは違う。

 なんというか、あの無駄な自信がまったくなくなっている。

 きょとんとした顔を見合わせる獣人とエルフだった。



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