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「や。だからそれ、どんな動力で動いてんだよ」
どこか疲れたような北斗の言葉。
いつものように発動する屁理屈バリア。
腕を振り上げた姿勢でゴーレムが硬直する。
「そんだけの質量をどうやって動かしてるんだ? 燃料は? 駆動系の仕組みは? モーターなのか? あと関節がないのになんで腕とか足とか動くんだよ」
たたみかける質問。
ゴーレムは動かない。
「なんで止まるのっ!? 動け動け動け! 動いてよ!!」
少女が叫ぶが、残念ながらぴくりとも動かなかった。
北斗が認めていないから。
彼のエセ科学では、関節のないロボットが動くわけがない。
これほどの質量の物体ならば、自重で立ち上がれるはずがない。
まさに矛盾の塊だ。
「どんなインチキで動かしてるか知らないが、俺が納得できるだけの理屈を揃えて出直せ。立てるわけがないものを魔法で立たせてます、とか、ありえないから」
放たれた言霊を受け、ゴーレムがべちゃりと潰れる。
「ああああーっ!! ナイトホークっ!!!」
少女の悲鳴。
うるさい。
本来であれば、彼女の個人史はここで終焉を迎えていただろう。
「ナナ。殺すな。失われた魔法を使う背後を知りたい」
鋭く飛んだセラフィンの声によって、少女は自分の命が危機に晒されていたことを知った。
首筋にひやりとした感覚。
ナナの爪である。
いつの間にか背後に忍び寄り、少女の命を刈り取ろうとしていた。
首から胸元へと何かが流れるゆくのを感じる。
もちろん自分の血である。
ぎりぎりで停止したとはいえ、皮くらいは斬れたのだろう。
「ひぃ……」
ぺたんと尻餅をつく。
どうする、と、視線でナナが北斗に問いかけた。
ゴーレムなどというキワモノを伴って登場したが、動きはまるで素人である。
「セラの希望もある。捕縛しよう」
「了解」
頷いたナナが、ほぼ一瞬で少女を拘束する。
どこから取り出したのか判らないが麻紐で。ご丁寧に猿轡まで噛ませて。
「すごいテクニックだな。ナナ」
「ロープワークは狩人の基本だからねー」
「……私の知っている猟師は、獲物をそんないやらしく縛らないと記憶しているがな」
呆れたようなセラフィンの言葉に、北斗は黙って首を振った。
口を開いたら負けだ、と、諦めきった表情が語っていた。
一方、すごい縛られ方をした少女はそれどころではない。
目を白黒、顔色を赤青といった雰囲気だ。
なにか叫んでいるが、しっかりとロープを噛まされているため、もがーもがーとしか聞こえない。
「魔法使いの口を自由にするわけないっしょ。あとあんまり動かない方がいいよー? 藻掻けば藻掻くほど食い込んでくよーにしてるからねー」
どこに?
と、北斗は思ったが、もちろん質問したりしなかった。
絶対、間違いなく、ろくな答えが返ってこないから。
「とりあえず牢屋にでも放り込んで、尋問は夜が明けてからでいいだろ。さすがに眠いぜ」
だから口に出したのは別のことだ。
大騒ぎした結果がこれでは、北斗でなくとも気が抜けるだろう。
「そうだな。そのゴーレムは邪魔にならないところにでも置いておこう」
セラフィンがてきぱきと指示を出す。
兵士たちが十人がかりで、でろーんとつぶれちゃってる石人形を移動させてゆく。
一九九〇年代に一世を風靡した、脱力系のパンダみたいな格好だが、それほど可愛らしいものでもない。
格好良くなく、可愛らしくもないとしたら、もうどうしていいか判らないが、そもそも戦闘用の存在なので、どちらの要素もべつに必要としなかったのだろう。制作者は。
情けない状態で運ばれてゆくナイトホーク三号とやらを、哀しげな瞳で見つめる少女だったが、彼女自身がきわどい格好で縛られて兵士たちに運ばれているという、より情けない状態なので、まったく絵にはならなかった。
「なんなんだろうな。あれ」
あくびをかみ殺し、北斗が見送る。
「おそらくは流しの冒険者だろう。彼らの中には魔法使いもいないわけではない」
「そうなのか?」
「どんな世界にも、落伍者はいるからな」
魔法を学ぶことができるのは貴族に限定されている。
そんな規則はルーンの国法に存在しないが、暗黙の了解でどこの魔法学校でも平民の入学は拒否するからだ。
こうして貴族たちは知識の独占をはかり、自らの地盤を強固なものにしてきた。
知識の独占は富の独占よりも悪い、と、かつて建国王オリフィック・フウザーは発言したが、理想は現実の前に敗れ去り、現時点で魔法は貴族たちに独占されている。
だが、貴族もいつまでも貴族でいるとは限らない。
取りつぶされた家もあるし、貴族の暮らしを忌避して野に下った変わり者だって存在する。
「で、そういう変わり者は、自分の腕一本で生きていこうとするものだ。冒険者というのはうってつけだろう」
どこまでも金持ちの遊び感覚だろうがね、と付け加え、セラフィンが去ってゆく。
一眠りするためだ。
「何不自由のない生活を捨てるってのは、わたしには理解できないよ」
見送ったナナが肩をすくめてみせる。
彼女ら獣人たちは追いつめられ、日々の暮らしにも困窮していたからこそ立ちあがった。
明日の食事の心配をしなくて良い身分を、好きこのんで捨てる心情は理解しがたいものがあるだろう。
とはいえ、どんな暮らしをしていたって、百パーセント何の問題もなく現状に満足するなどというのはありえない。
平民は貴族の優雅な暮らしに憧れ、貴族は平民たちの自由に惹かれる。
貧乏人は金持ちに憧れ、金持ちは貧乏だった頃のハングリー精神を懐かしく思う。
都会人は田舎ののどかな生活をうらやみ、田舎者は都会の便利な暮らしに嫉妬する。
そういうものなのだ。
「なんか業が深いねー」
「貪っていうんだぜ。俺の世界じゃ」
仏教の言葉だ。
いま持っているもので満足できず、もっともっとと惜しがる気持ち。煩悩とも呼ばれるものである。
それはあるいは、人に生まれついたからには、けっして捨てることのできない思いかもしれない。
「まあ、詮索は夜が明けてからだ。俺らも一眠りしようぜ」
相棒の肩を軽く叩き、北斗もまた寝室へと向かった。
寝入りばなである。
『……起きてるか?』
ささやくような声が装着しっぱなしだったイアリングから聞こえた。
「勘弁してくれ……こんな時間に電話をかけてきて良いのは、自殺を止めて欲しい元恋人くらいのもんだぜ……」
半分眠ったまま、くだらないことを口走る。
恋人など、この世界にくるまでできたこともないくせに。
伝わる苦笑の気配。
『このまま黙って消えようとも思ったんだがな。なんとなく、お前さんの顔が浮かんじまった』
別れ際に顔の浮かぶ関係は、恋と呼んでいいのかもしれない。
「消える? なにいってやがる」
不穏当な言葉に、北斗の意識が完全に覚醒する。
『ルーン各所で頻発したモンスター襲撃の原因がわかった。不死の王が一枚噛んでる』
「おい。カイ」
まるで報告書を読み上げるような淡々とした口調。
北斗の呼びかけにも応えない。
ただ言葉が紡がれてゆく。
『預かった兵は、一両日中にはナウスに帰還するだろう。大丈夫だ。一兵も損なっていない』
「だから、なんの話なんだよ。カイ。いい加減にしろよ」
『カイ、か。アトルワの騎士ホクト・アカバネ卿。貴殿に謝罪しなくてはならないだろう。カイなどという冒険者はこの世にはいないんだ』
「…………」
『俺はイスカ・ホルン。ルーン王国黒の軍の隊長だ』
襲撃の告白に言葉を失う北斗。
『不死の王の蠢動は、アトルワの手に余ると判断する。ゆえに、この事実を俺はルーン王国に報告しなくてはならない』
「おい……悪い冗談は……」
『お別れだ。ホクト。お前さんと出会えて楽しかった。できれば敵味方じゃない状態で会いたかったな。以上』
一方的に切られる風話。
唐突に告げられた裏切りと別れ。
数瞬の自失の後、少年の絶叫が城内に木霊した。




