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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第1章 ~ひっどいスタートだっ~
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 ドバとともに広場へと戻る北斗。

 住人たちが集まっていた。

 皆、服装は粗末だが、目はギラギラと好戦的に輝いている。

 そして当然のように、全員が獣人だ。

 だいぶ慣れてきた北斗ではあるが、猫叉か化け猫かって連中がこんなにそろうと、ちょっとだけびびっちゃう。

 注目を浴びながらドバが歩む。

 中央へと。

「諸君! 雌伏のときは終わった!」

 両手を振り上げて宣言。

「我々から搾取(さくしゅ)を続ける憎き支配者、貴族どもが先刻この地を訪れたのは諸君らも承知していよう! 奴らはあろう事か村の娘たちを要求した! 慰みものにし、(なぶ)り殺すためだ!」

 断固たる弾劾。

 住人たちが、足を踏みならす。

 どろどろと、まるで不吉なドラムのように。

 怒りのリズムだ。

唯々諾々(いいだくだく)として従うか!」

『否!』

 声を揃え、腕を振り上げる。

「奴らに慈悲を請い、這いつくばって生きるか!」

『否!!』

「辺境に追いやられ、極貧の暮らしを続けるか!」

『否!!!』

 高まってゆくボルテージ。

 典型的な扇動(アジ)演説だ。

「ならば、戦うしかないな」

 一転して冷静な口調になるドバ。

 激情を瞳の奥に隠した、猛々しい冷静さである。

 それは、あるいは肉食獣の目。獲物を見さだめ、引き裂くための静けさ。

「奴らは強大だ。勝算など万に一つもない」

 いちど言葉を切ってドバが住人たちを見渡す。

 彼らの覚悟を確かめるように。

 そしてゆっくりと右手を天高く掲げる。

「それでも、生きるために!!」

『生きるために!!!』

 唱和する人々。

 百人にも満たない獣人たちが叫ぶ。老若男女も関係なく。

「爪を研ぎ澄ませ! 牙を打ち鳴らせ!」

『爪を研ぎ澄ませ!! 牙を打ち鳴らせ!!』

「戦争だ!!」

『戦争だ!!!』




 広場の片隅、北斗がほうとため息を吐いた。

 見事な演説だ。

 ドバは死を怖れずに戦う兵を手に入れた。

 最初にあったときには、ぼけっとした印象だったのに、危機に際しての変貌は、驚愕としかいいようがない。

「びっくりした? ホクト」

 寄り添ったナナが微笑する。

「ああ。まさにリーダーって感じだな」

「お父さんは、もともと勇者だったのよ」

「勇者?」

「ええ。若い頃、森に住む魔獣を倒したんだって。その武勇を認められて、当時の村長の娘だったお母さんと結婚したそうよ」

 思い出話というには、ナナの声には苦笑が混じっていた。

 彼女の知っている父は、まさに昼行灯(ひるあんどん)そのものだった。

 祖父が亡くなり、村長の地位を譲られたときも、戸惑うばかり。

 実際に村を切り盛りしていたのは、彼女と母親である。

 それが変貌した。

 ヴェールを脱いだ、といういうべきか。 

 村の娘を差し出せといわれ、ナナに危機が迫ったとき。

 隠していた爪を抜き放った。

「あんなに戦えるとは思わなかったし。わたしもびっくりよ」

 軽く頷きつつ、北斗が訊ねたのは別のことである。

「そういやあ、ナナのお母さんは?」

「いまは狩りに出てるから。もう少ししたら戻ると思う」

 キャットピープルたちは、狩りを行うのは女の仕事で、男は巣を守るのだと説明してくれる。

 狩りとは生活の糧を得るために獲物を捕ること。

 そして巣を守るとは、外敵と戦い家族を守るということ。

「へえ……」

 サバンナに暮らすライオンの家族のようだ、と北斗は思った。

 彼らもたしか、獲物を捕るのはメスの役割だったはずである。

 オスはナワバリを守り外敵を倒す。

「わたしはまだ成人してないから、狩りにはいけないけどね」

「そうなのか? ナナっていくつなんだ? あ、いや、女に歳を訊くのは失礼か」

「十五よ。でも? なんで失礼なの?」

「日本では……」

 言いかけて、北斗はひとつ頭を振る。

 ここはもう日本ではない。

 知るべきなのだ。

「ナナ」

「うん?」

「教えてくれ。この世界のことを」

 あるいはこれこそ、北斗が本当の意味で一歩を踏み出した瞬間かもしれない。

「いいわよ」

 獣人族の少女が笑った。





 魔法王国、ルーン。

 大陸西部に覇を唱える大国である。

 この国はおよそ三百年前、偉大な魔法使いによって建てられた。

 無数の都市国家や少数部族がしのぎを削る混沌たる地を、一代で平らげて大帝国を築いた男。

 人々は畏怖と尊敬を込めて、稀代の大魔法使い(レア・ウィザード)と呼んだ。

 彼は王位につき、絶対的な権力を手にすると、様々な政策を打ち出してゆく。

 統一文字や統一言語、統一貨幣の制定。中央集権的な官僚制度の設立。貴族制度の確立など、その統治は混乱を極めていた大陸西部に安寧と秩序をもたらしていった。

 実際、建国王オリフィック・フウザーが存命であった王国草創期は、本当に平和で豊かな時代であったらしく、旅人は平気で野宿ができたし、民家は戸締まりをする必要もなかった、と、建国記に描かれている。

 しかし、建国王の死後、ルーン王国は変わっていった。

 あるいは、それは当然のことなのかもしれない。

 偉大すぎる王によって支えられていた国である。死後、その空隙を埋めるのは容易なことではない。

 国を二分する内乱が勃発しても、なんら不思議ではないだろう。

 もし第二代の国王となった嫡子アラミス・フウザーが無能者であったなら、ルーン王国はそこで終わっていたかもしれない。

 だが彼は、自分が父王ほどの求心力がないことも、政治的な手腕でも劣ることも承知していた。

 ゆえに、王太子時代から自らの片腕となるべき腹心たちの育成に意を用いる。

 すなわち、王国を支える貴族たちだ。

 高度な教育を享受することができた彼らは、アラミス王が期待したとおりに王国の運営を担ってゆく。

 むしろ期待した以上に。

 外交や国防などの問題はすべて彼らが処理し、区々(まちまち)たる内政の問題は初代王が育て上げた官僚集団が処理する。

 王は、あがってきた報告に頷くだけで良い。

 とても簡単な仕事になった。

 けっして暗愚な人ではなかったアラミス王も、その環境のなかで堕落していった。

 彼の、晩年の治績はほとんど史書に記されていない。

 園遊会や臨御(りんぎょ)の記録ばかりだ。

 王の掣肘(せいちゅう)が消え、際限なく影響力を拡大してゆく貴族と官僚たち。

 それでも初期段階においては、互いに功績を競って譲らず、結果として民の生活はどんどん豊かになっていった。

 まだ彼らの考えの中心は、民のために、国のために、というものだった。

 しかし、王が堕落するように、貴族も官僚も堕落する。

 建国から五代も経過すると、王の権威など笑い話でしかなくなっていた。

 国を動かすのは貴族。

 現在のルーン王国のひな形ができあがった。

 理由がある。

 官僚は一代限りだが、貴族は世襲だというのが最たるものだろう。

 時間の経過とともに知識の蓄積量の差が開く。

 貴族たちは学校を作り、自らの子弟に高等教育を与える。魔法、政治、外交、礼儀作法、すべてにおいて彼らは平民たちを凌駕する存在となってゆくのである。

 特権階級。

 いつしか魔法は貴族たちに独占されるようになっていった。

 そしてそれは差別意識と選民思想の苗床である。

 魔法を使うのは貴族。

 使えないのは平民、奴隷、蛮族。

 貴族だけが肥え太り、それ以外の者たちは搾取される。

 そんな国を、オリフィック・フウザーは目指したわけではない。

 皆が笑って暮らせる世を築きたい、という建国王の理想は踏みにじられ、忘れられていった。

 そしていま、時代は十五代国王、アルテミシア・フウザーの治世である。

 なんの発言力ももたない、ルーン王国初の女王だ。

 偉大なる魔法使いによって建てられた理想国家。

 ルーン。

 建国当初、人々は尊敬を込めて魔法王国と呼んだ。

 だが、いま人々が込める感情は、恐怖と侮蔑である。

 悪徳の魔法使いどもに支配される国、と。



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