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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第6章 ~手にしたのは剣だから~
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7


 斬りつけ、受け止め。

 薙ぎ払い、受け流し。

 突き込み、弾き返し。

 掬いあげ、打ち下ろす。

 果てることなく続く攻防。

 刃鳴りが連鎖し、飛び散る火花が剣士たちの顔を照らす。

 ミシディアの武器はブロードソード(だんびら)。柄の長さからみて、片手でも両手でも扱えるタイプだろう。

 しかもただの剣ではない。

 北斗の双竜剣と幾度も打ち合っているのだ。

「相当な業物だろうな。ありゃあ」

 リキが目を細める。

 双竜剣。

 二頭の帝王竜(キングドラゴン)を封じたという伝説は嘘だが、当時の最高の技術で打たれのは事実だし、稀代の大魔法使いと深緑の風使いがこれでもかってほど魔力付与をおこなった名剣である。

 そんじょそこらの魔力剣になど劣らない。

「得物もそうだが、腕も良い。曇りのない良い剣筋をしている」

 深緑の風使い(シュトルムウィンド)こと、セラフィンもまた感心したように戦況を見つめていた。

 一進一退。

 優美に、力強く、華麗に。

 見るものの目を奪う。

「でもまあ、道場剣法だけどね」

 瞳を微笑ませ、ナナが論評する。

 ミシディアはたしかに強い。持っている武器も素晴らしい。

 しかし、戦場の剣ではない。

 戦場の剣とは、しょせん殺し合うためのもの。命を奪うためのもの。

 己を高めようとか、相手の長所を引き出そうとか、そんな高尚な目的は存在しない。

 敵を殺し、自分が生き延びる。

 ただそれだけ。

 善でも悪でもなく。

 だから、どれほどミシディアの技が優れていても、ナナの目には剣術ダンスにしか映らない。

 それでも笑っているのは、どうやら彼女の相棒も剣舞を愛する為人(ひととなり)のようで、じつに楽しそうだからだ。

 命がけの決闘。

 互いに小さな傷を無数に負いながら、口元に笑みをたたえて斬り結ぶ。

 まさにバトルマニア。

 永劫に続くかに思われる舞踊が、しかし終わるときがきた。

 渾身の力で振り下ろされたブロードソードを、やはり渾身の力で跳ね上げた双竜剣が弾く。

 ミシディアの身体、ほんの一瞬だけ反る。

 ふ、と鋭い息が北斗の口から漏れ、

「胴ぉぉぉぉぉっ!!」

 鋭い踏み込みと、気合いの声。

 面返し抜き胴の絶技。

 すり抜けざま、双竜剣がミシディアの腹を打った。

 本来であれば彼の身体は上下に両断されていたことだろう。

 しかし、インパクトの瞬間、北斗は刃を立てた。

 どんな刃物でも斜に引かなくては斬れない。ゆえにミシディアはしたたかに打たれただけである。

 とはいえ、剣先がかすむほどの一撃だ。

 肋骨の一、二本は狩られただろう。

 腹を押さえて膝をつく。

「ま……まいった……」

 荒い息を吐きながら、伯爵公子が敗北宣言をおこなった。

「良い勝負だったな」

 同様に肩で息をした北斗が双竜剣を鞘に戻し、右手を差し出した。

「最後、面じゃなくて小手を狙うべきだったな。あのまま削り合っていたら、負けていたのは俺だったろう」

 やや躊躇った後、ミシディアが握りかえした。

 大きく息を吸えば、膨らんだ肺によって折れた肋骨が激痛とともに接着する。

「本気の勝負がしたかった」

 弾こうとした剣ごと斬るつもりだった。

 できると思った。

 完璧なタイミングだった。

 防御も回避もすべて捨てた一撃。

 それを返されてしまったら、もうどうすることもできない。

 完敗だ。

「……斬れ」

 敗者が勝者に命じる。

 それは、彼の父親と同じ台詞。

 北斗はゆっくりと首を振る。

「斬らねえよ。勝ったのは俺だ。約束通りガゾールトはもらう。けど、負けた方が死なないといけない、なんて取り決めはしなかったはずたぜ」

「……是非もない」

 諦めきった、だがどこか晴れやかな顔で、ミシディアが言った。




 イスカがナウスの地を踏んだのは、アトルワによる無血占領から十日あまりが経過した後のことであった。

 ゆっくりの到着であるが、こればかりは仕方がない。

 彼には彼の仕事があり、思い立ったが吉日と出掛けるわけにはいかないのである。

 それに、アトルワがナウスを統治下に置いてからでないと、訪れても意味がないのも事実だ。

 占領政策で大忙しのところに押しかけても、会ってすらもらえないだろう。

「総督閣下。このたびは祝着にございます」

「やめてくれよ。カイ。あんたに敬語なんか使われたら立つ瀬がないって言ったじゃねえか」

 謁見の間に通され、しかつめらしく挨拶した冒険者に笑いながらルーンの聖騎士(ルーンナイト)の後継者が歩み寄り、固い握手を交わす。

「一別以来だ。ホクト。息災だったか?」

「なんとか生きてるよ。どんどん似合わない服を着せられてるけどな」

 ドバ家の居候からスタートして、反乱軍の中心メンバー、新生アトルワの中核メンバー、巡察使を経て、新領地総督に出世してしまった。

 どんな立志伝だという話である。

「いいじゃねえか。出世街道で。うらやましいぜ」

「いつでも代わるぜ」

 冗談口を叩いて笑いあう。

 過ごした期間は短いが、ともに死線を超えた紐帯は色褪せるものではない。

「で、わざわざ祝いにきてくれたってわけでもないんだろ?」

「俺みたいな根無し草に、そんな余裕があるかよ。察してくれよ。照れるだろ」

 カイがナウスを訊ねた理由。

 それは、人材募集の張り紙を見てのことである。

 出自を問わず、前職を問わず、総督たる北斗は広く人材を募った。

 軍事部門だけでなく、経済、領地運営、治水や設備建造にいたるまで、とにかく人が足りない。

 彼の幕僚たる者たちで、そういうことができるのはセラフィンくらい、リキはなんとか補佐職がつとまる程度、ナナにいたっては政治のせの字も判らないのだ。

 もちろん北斗だって詳しいわけではないが、高校で習うくらいの社会科の知識はあるし、アリーシアとともに新生アトルワの基礎を築いた経験もある。

 一応はノウハウは判る。

 ただ、とにかく手が足りない。

 地元の商会連合や冒険者ギルド、果ては街角に高札(こうさつ)を立ててまで人を求めている。

 そんな中、カイがきてくれたのは心強い。

 ベテランの冒険者で世事にも明るい。

「俺ももう四十代半ばだ。そろそろ腰を落ち着けるのも悪くねえかと思ってな」

「大歓迎だ。給料とか役職とか細かいところは、副官と相談して決めてくれ」

「おいおい面接とかしねえのかよ」

「んなもん、いままで何回もしたのと同じだろ」

 北斗が笑い、カイが肩をすくめた。

 採用は決定していたらしい。

 少年の横に立つ男女のうち、男が一歩進み出る。

 北斗よりやや年長そうな。

 カイは知らない顔だったが紹介を受けて絶句した。

 ミシディア・ガゾールト。

 ガゾールト伯爵の嫡男である。

 総督の側近になったとは。

 剛胆にもほどがあるだろう。雇うほうも仕えるほうも。

「よろしく。何か希望の職種はあるか? カイ」

「とくにはないが、軍事関連のほうがどっちかっていうと得意かな」

 男たちの会話が遠ざかってゆく。

 見送ったナナが、横に立つ北斗に話しかけた。

「おっちゃんがきてくれて良かったね。ホクト」

「まあなー きっとコネもあるだろうし、芋蔓式に人材を確保できたらいいな」

「でもホクト。わたしが言ったこと憶えてる? タイモールで」

「カイをコーヴで見たような気がするってやつか?」

「そう。あのおっちゃんとはいつか戦うことになるような気がするんだ。ただの勘なんだけどね」

「そういう物騒な予感は、外れてくれることを祈るぜ」

 肩をすくめる北斗だった。

 相棒の言葉を軽視するつもりはないが、カイだけに注目していられないもの事実だ。

 今日一日だけで、登用希望者の面接を四十件ほどこなさなくてはならないのである。

「とにかく文官を揃えよう。はやくしないとセラが爆発する」

「だねー この五日くらい執務室から出られないって言ってるし」

 現状、もともとエルフの里長だったセラフィンの双肩に、新領地の政治的な問題かすべて乗っかっている。

 抜群の能力を誇る彼女でも、遠からず潰れてしまうだろう。

 文官職の充実が急務なのである。



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