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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第6章 ~手にしたのは剣だから~
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 郡都ナウスまでの行軍は順調だ。

 アキリウ攻略戦のときもそうだったが、新生アトルワの統治術はシンプルで、まずは大量の物資で生活を支える。併せて、治安を回復するとともに吟遊詩人などを呼び込んで娯楽を提供する。

 地球流にいうなら、パンとサーカスといったところだろうか。

 とにもかくにも、生活が安定しなくては、ものを考えるどころではない。

 飢えと寒さでにっちもさっちもいかなくなってから革命だーと叫んだところで、残念ながらそれは暴走というものだ。

 計画性も、将来への展望もないのでは、昔の方がマシだったという話になりかねない。

 ゆえに、アリーシアの方針は一貫している。

 充分な食事と暖かい衣服、そしてゆっくりと考える時間。

 まずはそれを与えるのだ。

「衣食足りて礼節を知る、なんて言葉もあるしな。姫さんのやり方は正しいと思うぜ」

 とは、北斗の言葉である。

 ガゾールト軍の捕虜四千以上を連行しての行軍。

 普通であればぴりぴりとした緊張感に包まれていてもおかしくない。

 まして、アトルワ軍は千名しかいないとなれば、なおさらだ。

 本領の守りを空にすることもできないし、人材だって余ってはいない。北斗に随行する幹部は、ナナとリキとセラフィンの三名のみである。

 もちろん獣人部隊も伴っていない。

 通常編成の歩兵が千名のみ。

 これが北斗に与えられたすべてだ。

 旧ガゾールト領を統治する総督として、彼はほとんど一から幕僚を揃えなくてはいけない。

 なかなかに前途多難である。

「そのわりには気楽だな。ホクトよ」

 セラフィンの苦笑。

 エルフ隊もアトルーに残ったため、この場にいる亜人は彼女ひとり。というより、そもそもセラフィンだってエルフたちを統括する立場なので、ほいほいと出掛けられないはずである。

 が、自由なる森の淑女の行動を阻める者など誰もいない。

 無理を通して、道理は出る幕なし。

 盟主たるアリーシアとしても、セラフィンには行動の自由を保障している。まあ、とりあえず北斗に丸投げしておけば上手く扱うだろう、くらいの感覚だ。

「雰囲気が良いからな。緊張のしようもねえよ」

 周囲を見はるかす。

 冬の終わりが近づいた街道。

 捕虜のはずのガゾールト兵にも、近隣の村人にも笑顔が溢れている。

 侵略者として憎悪されるどころか、解放者として歓迎されているのだ。

 もちろんアトルワが気前よく物資や糧食を供出しているという事情もある。モンスターに蹂躙(じゅうりん)されることがなかった新生アトルワは、ガゾールト伯爵領を丸抱えできるほどの備蓄ができた。

「だからって、ここで全部使っちゃったら、もうこの一年はなんにもできないと思うんだけどなー?」

 小首をかしげるのはナナである。

 貧乏生活が長かったので、ぱーっと気前よく使ってしまえ、という発想はなかなかできない。

「俺も不安だけどな」

 同意するリキ。

 元傭兵の彼もまた、アリーシアの政策に危うげなものを感じている一人だ。

 豊作だった。

 モンスターの被害も、ほぼゼロに抑え込んだ。

 それは事実である。

 しかし、、気前よく使い切って良いという話にはならない。

 アトルワの歴史はべつに今年で終わりではないのだ。むしろ始まったばかりである。

「良い。というより、他に選択肢がない」

 エルフの姫の顔に浮かぶのは、苦笑というには苦み走ったもの。

 ガゾールトを動かしたのがルーンだとすれば、この結果だって当然予想している。

 もしガゾールトが勝利すると踏んでいる程度の相手なら、アリーシアが対応に腐心する必要などない。

 ルーン王国の狙いは、ガゾールトに勝利したアトルワが、()の地を統治するために(パワー)を消費することだ。

 それは物的な資源であり人的な資源。

 これもまた当たり前の話だが、人材の豊富さは人口に比例するし、生産力は国土の広さに比例する。

 ルーンに比較してアトルワの方が資源が豊富、ということは、絶対にありえない。

「なので、オリーの子孫としては、我らに力を使わせること自体が目的なのだろうよ」

 勝利を収めたアトルワは、ガゾールトを手中に収める。

 ではそれでルーンが危機的な状況に陥るかといえば、まったくそんなことはないだろう。

 二百分の三だったのが、二百分の四になる。

 ただそれだけだ。

 そしてルーンにとってはそれだけでも、アトルワにとっては支配域が三州から四州に増えてしまう。

 単純に領土が増えたといって喜んでもいられない。

 統治のために人を派遣すれば中核を為す人材の密度は薄くなるし、物資を供出すれば備蓄が減る。

 いずれ新領土経営がきちんと回るようになれば充分に元は取れるだろうが、さてそれまでにかかる時間は三年か、五年か。

 それが、救世の女王(セイビアクイーン)の仕掛けた策略である。

「なんだかんだいっても、姫さんはガゾールトの民草を見捨てられねえしな」

 北斗の口調には、盟友に対するごく自然な評価が滲んでいる。

 モンスターの襲撃に対して適切な防御策を採ることができず、多くの民を死なせ、おそらくは生産自体も低下してしまっただろうガゾールト伯爵領。

 春にまく種籾(たねもみ)だってあるかどうかあやしいラインだ。

 聖賢の姫君(セージプリンセス)は、そんな人々を見捨てない。

 絶対に。

 それでアトルワの成長が足踏みしたとしても、いま困窮している人々を、アリーシアはけっして見捨てたりしないだろう。

「ガゾールト伯爵とやらが攻め込んできたとき、アリーシア姫にはこうなる未来が見えていただろう。むこう三年から四年の勢力拡大が不可能になることも、おそらくは織り込み済みだ」

「それを度しがたいと思うかい? ナナ、リキ」

 セラフィンの言葉を受けた北斗が訊ね、

 獣人の少女と元傭兵が、それぞれの為人(ひととなり)に応じて盟友の考えに同調した。




 むしろ、北斗の困難はナウスに入城してからだった。

 ガゾールト伯爵の妻子との対面が待っていたからである。

 当主の戦死が報じられ、捲土重来(けんどちょうらい)を期してナウスから逃げていてくれれば良いと思っていたのだが、残念ながら彼の希望は叶わなかった。

 ごく普通に、当たり前のように、ガゾールト家の居城に居座っていた。

 はなはだめんどくさい事態である。

 しかも北斗にとって初めての経験だ。

 アトルワ掌握の際は、アリーシアが反対勢力を排除した後で入城した。

 バドスは戦わずに味方となった。

 アキリウは戦いの後、当主が膝を折り、仲間となることを誓った。

 そしてガゾールトは、共に歩くことを拒否して北斗自身が斬ったのである。

「お初にお目にかかる。旧ガゾールト領総督として赴任したホクト・アカバネだ」

 大広間で待ち受けていた人々に自己紹介する北斗。

 ナナとリキ、セラフィンが後ろに控えている。

 対するのは伯爵夫人であろう中年女性に、北斗よりやや年長そうな伯爵公子、その他係累と思われる連中が十名ほど。

「旧、だと?」

 伯爵公子が一歩踏みだし、肩を怒らせる。

 彼にしてみれば先祖伝来の領地だ。

 まるでなくなってしまったかのような口ぶりが(かん)に障った。

「申し訳ないが公子。ガゾールト伯爵家は消滅した。ここはもうアトルワだ。地方としての名も、いずれ改めることになるだろう」

 淡々と北斗が告げる。

 事実のみを。

 アトルワ軍がここにきたというのは、そういう意味である。

 ガゾールトが家名を残す方法は、もはや存在しない。

 攻め込まなければ、あるいは降伏していれば、はたまたバドスやアキリウのように手を取っていれば、このような事態にはならなかった。

 選択権はガゾールトにあったのだ。

 すべて払いのけたのは、ガゾールト伯爵自身である。

「……平民あがりが。ずいぶんとしゃらくさい口を叩くじゃないか」

 唇を歪める若者。

「出自が関係あるのか? いま」

 やれやれと北斗が肩をすくめた。

 むしろ、どうしてガゾールトの家族がここにいるのかが判らない。

 とっとと王都に逃げ込んで保護を求めるなり、どこかに拠点を移して徹底抗戦の構えをみせるなりしてほしい。

 居座って北斗を面罵したところで、事態の解決には一グラムも寄与しないだろう。

「決闘だ。賤民」

 びしりと公子が北斗に指を突きつけた。



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