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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第6章 ~手にしたのは剣だから~
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 たとえば、何百もの兵を一瞬で焼き払う大魔法。

 そんなものは実在しないのかと問われれば、じつは存在する。

 禁呪と呼ばれる類のものだ。

 あまりにも威力が高すぎるとか、あまりにも非人道的だとか、とにかく人間相手に使うのはちょっとダメだろうって魔法は、その組成や術式まで含めて、魔術師協会によって厳重に封印されている。

「たとえば、うちのご先祖が編み出した魔法なんかも、軒並み封印されているのよね」

 稀代の大魔法使いにしてルーン建国王、オリフィック・フウザー。

 彼はまぎれもない天才であった。

 魔法のみならず、政治、経済、人心掌握、人材育成にも高い能力を示し、大ルーン王国の基礎を築いた。

 同時に、魔術師協会という組織を立ち上げ、魔法の取り扱いに関して厳格な基準を定めた。

「アトルワの新戦法って、封印された大魔法とか禁呪とか、そういうのだと思っていたわけよ」

 アルテミシアの苦笑。

 だが、蓋を開けてみれば、そんな大それたものではなかった。

 風話(ウィンドボイス)など、格付け的にはかなり初歩の精霊魔法(シャーマニズム)だ。

 魔法使いたちの使う魔法(ルーンマジック)にある念話(テレパス)だって、効果としては似たりよったりである。

 こちらもやはり初級だ。

 アルテミシアも、たしか習得したはずだが、たいして便利だと思ったことはなく、いまここでうーんと使い方を思い出そうとしても、すぐには出てこない程度の使用頻度だった。

「声のやりとりができるって、そんなに重要なのかしら?」

 なんとなくシルヴァに視線を送る。

 平民だった彼は、もちろん魔法など使えない。

「魔法とはおしなべて便利なものです。が、声を届けることにさほどの意味があるとは、不敏なる身には判りかねますね」

 首を振る国務大臣。

 たとえば映像なり文字なりを伴っているなら、情報としてそれなりに使い勝手はあるだろう。

 しかし伝わるのは音声のみ。

「二時方向に敵がいました。数は五百くらいです。だからどうしたのって話よねぇ」

 やれやれとアルテミシアが肩をすくめる。

 敵がいたなら現場指揮官の裁量で適切に対処すれば良い。有利だとか不利だとか、いちいち報告するような話でもないだろう。

「なるほど……」

 難しそうな表情を秀麗な顔に浮かべ、ライザックが腕を組んだ。

 他の三将も似たような面持ちである。

 救世の女王(セイビアクイーン)制服の宰相(ユニフォームプリミア)と称えられる人ですらこうなのだ。

 それは武官と文官の差というべきだろうか。

 思考の方向性が異なっているのである。

 文官たちは、書面に記された文字や数字によって遠く離れた領地で起こっていることを読みとってゆく。

 むしろ口頭での報告など、参考程度だ。

 逆に戦場では、文書のやりとりをするような時間はない。

 戦況は刻一刻と変わるものだし、開戦前に考案した作戦がそのまま機能するなどという幸運は滅多にないから、たくさんの伝令が戦場を走り回り、指揮官と前線を有機的に結合させようと奮戦するのだ。

 もし伝令兵が必要なくなるとしたら、それはまさに軍事革命。

 情報のタイムラグがほとんどなくなり、指揮官の意志を過たずに前線に伝えることができる。

「わかりやすく言うとな。お姫様」

「なによ? ライザック」

「もしアトルワが風話による通信網を確立させて戦っていたとしたら、俺が戦ったって勝ち目なんかないってことだ」

『はぁ!?』

 素っ頓狂な声をあげるアルテミシアとシルヴァだった。

 最強騎士団と呼ばれる青の軍。

 ある程度は誇張して宣伝している部分もある。しかし、戦死者ゼロでモンスターどもを蹴散らしてきたのは事実だし、実戦経験という意味合いにおいてもアトルワ軍に劣る点は一切ない。

 その将をして、勝ち目がないとまでいわしめる。

「四つの軍で攻めかかれば、最終的には数で勝てるとは思いますよ。陛下。ただ、勝利した瞬間に立っている四翼は皆無でしょうね」

 薄い笑いをウズベルが浮かべた。

 補給差や戦力差という要素を考えなければ、戦場ではミスの少ない方が勝つ。

 どんな名将だって、ノーミスということはありえないのだから。

 情報が錯綜すればするほど、現場が混乱すればするほど、ミスが増える。そしてそのミスを取り返そうと無理をして、さらにミスを重ねる。

 面白くもおかしくもないが、それが現実の戦場というものだ。

 情報を握るというのは、ミスを極限まで減らせるということである。

 進むべきか退くべきか躊躇する中級指揮官に、全体を俯瞰しながら大将が指示を出すことができる。

 どこの戦力が過剰で、どこの戦力が足りないか、正確に伝えることができる。

 必要な場所に必要な戦力を差し向けることもできるし、救援要請にだって即応が可能だ。

 はっきりいって、これだけ優位性(アドバンテージ)をとられたら、多少の戦力差など問題にならない。

 指示を出す中級指揮官がまず狙われ、その戦果はすぐに伝わり、あっという間に指揮系統がぼろぼろにされておしまいだ。

 それでもルーンが勝てるというのは、ただ単に数が圧倒的だから。

 損害をいっさい考慮せず、どれほどの犠牲が出ても気にとめず、ひたすら消耗戦を続ければ四万強VS三千弱。

 アトルワ軍をひとり倒す間に、ルーン軍が十人殺されても、なお一万人が残る計算だ。

「それは勝算って言わないわよ」

「まったくですね。陛下」

「ようするに戦えないってことよね。ウズベル」

「現状では、勝ち筋が見えませんので」

 白の騎士の言葉に眉根を寄せるアルテミシア。

 勝ち筋の見えない相手というのは、コントロール可能な敵というカテゴリから大きく外れることになる。

 由々しき事態というべきだろう。

 王国の方針そのものに変更を加える必要があるかもしれない。

「ただ、アトルワはガゾールトごときに切り札を使ってしまった。そこがうちの唯一有利な点だろう」

「だな。イスカ卿が風話の魔道具を知っていて助かった」

 ヒューゴとライザックが頷きあう。

 アトルワはガゾールトに勝利した。

 勝った勝ったと喜んで引き揚げるかといえば、そういうわけにもいかない。

 ガゾールトの統治に乗り出さなくてはならないだろう。

 当然、()の地を安定させるにはそれなりの時間が必要となる。

 それがルーンに与えられる準備期間だ。

 一から勝利の要因を探るのは骨が折れるが、こちらには元冒険者のイスカがいる。

 今のところは仮説に過ぎなくても、何もないところから探り始めるよりはずっと良い。

「ガゾールト領は広大です。アリーシア姫自ら統治に乗り出すか、無二の腹心を総督として送り込むでしょう」

 シルヴァが沈着に告げる。

 ことが軍略を離れ、政略に移れば彼の領分だ。

 これまでのアトルワ領より、ぐっと王都コーヴに近づくこととなる。

 生半可な人材では治められまい。

「となれば、ルーンナイトの後継者だろうな」

「十中八、九間違いなく」

「なら俺がいくかね」

 ライザックとシルヴァの会話に、イスカが割り込んだ。

 彼はルーンの聖騎士(ルーンナイト)の後継者と面識があるし、為人(ひととなり)も知っている。

 解放されたばかりのガゾールトならば、冒険者がうろついていても不思議はない。

 軽く頷くアルテミシア。

「イスカに命じるわ。アトルワの戦術の調査と確定。その上で、切り崩しも」

 凛とした声で、これまでにない命を下す。

 アトルワ陣営の引き抜きなど。

「……踏み込みますねぇ」

「私思うんだけどさ。アトルワにとってガゾールト占領って、イレギュラーなんじゃないかって」

 まだまだ地盤を固めたい時期だ。

 この時点での領土拡大は不本意なのではないか。

 結果としてそうなってしまうだけ。

 もちろんルーンの計算通りに。

「アトルワが有利な状況だけど。かえってそこに付け入る隙があるような気がするのよね」

 形の良い下顎を左手で撫で、救世の女王が微笑した。



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