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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第6章 ~手にしたのは剣だから~
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 旧バドス男爵領とガゾールト伯爵領の境界は、なだらかな丘陵地帯である。

 そんなに起伏もなく、大軍を展開するのに不自由はない。

 対峙しているのはガゾールト伯爵軍五千二百と、新生アトルワ軍二千七百。

 後者は動員可能総数をはるかに下回り、少数精鋭を貫いたかたちだが、前者は動員可能数を上回る数を繰り出してきた。

「どうするか……」

 展開するガゾールト軍を眺めやり、北斗が言った。

 全軍の指揮を執るのはシズリス。

 前衛部隊は八百で指揮官は北斗。右翼は七百で指揮官はライン。左翼も七百で指揮官はマルコー。このほかに遊撃部隊としてドバが率いる獣人部隊が三百。

 逆算すると、本隊はわずか二百である。

 ただ、じつのことろ部隊分けはあまり意味がない。

 現在はオーソドックスな凸型陣を敷いているが、敵の数がここまで多いなら、この陣形では戦えないからだ。

 二倍近い数に正面からぶつかったら、包囲されて袋叩きにされるだけである。

「十字砲火だったか。アキリウ戦でつかった戦いなら、簡単に防衛できそうだけどな」

「あれはダメだ。人が死にすぎる」

 シズリスの言葉に北斗が応える。

 決戦前の最後の作戦会議だ。

 マルコーが苦い顔をするのは、まさに彼が十字砲火を最初の犠牲者だからだろう。

 アリーシアが生み出した矢戦の戦術。

 二点からの水平射撃によって、攻撃の密度を上げ、敵の前進そのものを封じてしまうという強固な防衛策だ。

 絶大な戦果が期待できるゆえにこそ多用はできない。

 北斗の言ったように犠牲が多くなりすぎるからだ。敵の。

 この戦いに戦略的な意味はない。

 アトルワにしてみれば防衛戦争だが、ガゾールトだって積極的にアトルワを攻略したいわけではないのだ。

 戦う以外、にっちもさっちもいかなくなってしまったから、攻め込んできただけ。

 女王アルテミシアの政略によって。

 もちろん、元をたどればガゾールトが悪い。

 軽く戦って、賠償をせしめるつもりだった。

 あるいは、軽く脅して金品をむしり取るつもりだった。

 下手につついてしまったせいで、藪から蛇が出てきてしまった。

 ルーン王国という蛇が。

 勝ったとしても得られるものはない。かといって、攻め込まなければ戦の準備までした面子が丸つぶれだ。

 もちろん負ければ、面子どころか命まで失う。

 ガゾールトにとっては最悪の状況である。

 だから、かき集められるだけかき集め、一気にアトルーまで攻め上り、アリーシアの首級をとって新生アトルワを滅ぼし、その領地をすべて王国に献上して許しを請う。

 という方針をガゾールト伯爵は取ってしまった。

 アトルワにとって大迷惑だし、仮に献上されて王国が喜んでくれるのか、はなはだ疑問である。

 まさに短絡というやつで、完全に周りが見えなくなってしまっている。

「で、そうなるように心理戦を仕掛けたのが、アルテミシア女王ってわけだ。姫さんが性悪女といいたくなる気持ちが判るぜ」

「さすがにそこまではいっていない」

 北斗の論評にセラフィンが苦笑する。

 一国の元首をつかまえて性悪というのもすごいが、北斗としてはそう評したくもなってしまう。

 アトルワのトップにアリーシアが座ったとき、ルーン王国が何をしたか。

 除封改易。

 ようするに取り潰しだ。

 それをはねつけられると、バドスとアキリウに討伐命令である。

 これが王国からいただいた有り難いご恩というやつだ。

 とてもではないが、恩では返せそうもない。

 そして現在、アトルワはそれなりの勢力となった。そうしたら手のひらを返したように、アトルワに攻め込むが如き行為は支持しないときた。

 単純な武力での攻略は時期尚早と考え、嫌がらせをしているのである。

 ガゾールトという存在は、当て馬。

 軽挙妄動したことを奇貨にして、道具として利用されるだけ。

「自業自得なんだが、こうも気の毒な役回りだと、さすがに同情を禁じ得ないな」

 肩をすくめるのはマルコー。

 彼自身がけっこう気の毒な役回りを与えられていただけに、じつに説得力があった。

 とはいえ、本当に気の毒なのは巻き込まれた民草や兵士である。彼らには自分の命は決められない。

「数が互角だったら当初プランで良かったけど、ここまで開いちまうとな。説得工作は無意味だべなぁ」

 ぽりぽりと北斗が頭を掻く。

 ガゾールトは自棄になっているだろうが、兵士の戦意が高いわけがないし、幹部連中だって同様だろう。

 ルーンナイトの後継者が誘降を呼びかけ、交渉のテーブルにつかせる。

 仕方がないから、多少の金や物資は恵んでやろう、という方針が立てられていた。

 多くの人々が死ぬよりはマシだ。

 だが、ガゾールトは予想以上の兵力を動員した。

 五千二百。

 動員可能数をはるかに超えた兵力が丘陵地帯に現れたとき、シズリスや北斗は頭を抱えた。

 勝利の得がたさに、ではない。

 連れ回されている兵たちの苦境と、領民たちの苦労を思ってだ。

 動員可能数というのは、べつに指揮官の能力で決まる数字ではないのである。

 ガゾールト軍は五千二百名を動員した。彼らが一日移動すれば、五千二百人分の移動コストがかかる。

 具体的には水や食料、軍馬の飼料に、排泄場所や寝床の設置、装備品の支給などだ。

 当たり前だが、どれもこれも無料ではない。

 五千二百名など、食わせるだけでも大変だ。

 そして現在のガゾールトに、それだけの余裕はないだろう。

 モンスターどもに領地を荒らされ、民を殺され、生産物を奪われ。

 補給だって、おそらくは満足にない。

「ぶっちゃけ、戦わなくても勝てるんだよなぁ」

 戦端を開かず、一、二週間も戦場に釘付けにしてやれば、ガゾールト軍は自壊を始めるだろう。

 食料不足で士気はどんどん低下していき、すぐに上層部のコントロールなど受け付けなくなる。

「ただ、そうなって脱落した兵士たちが野盗化してしまうのは大いにまずい。大迷惑だ」

 シズリスの言葉。

 この先には、元々の彼の領地であるタイモールだってある。

 食い詰め者などに襲いかかられてはたまらない。

「なら、作戦は一択しかねえな」

 ガゾールト伯爵の首を獲り、一気に士気を挫く。

 総大将が死ねば、兵たちは逃げるか降伏するだろう。

「という次第だ。アリーシア姫。どうぞ」

 シズリスが作戦の変更をアトルーにいる盟主に告げる。

『現場での判断はホクトとシズリスに委ねておりますわ。ふたりの良いように。どうぞ』

 風話装置を通して、すぐに返答があった。

 軽く頷きあう北斗とシズリス。

「了解。作戦行動に移行する。以上(オーバー)

『武運を祈りますわ。以上(オーバー)




 新生アトルワ軍を寡兵と見て取ったガゾールト軍は、両翼を広げて半包囲体勢を築こうとした。

 天頂から俯瞰(ふかん)するとV字型。

 いわゆる鶴翼(かくよく)の陣だ。

 なかなかに統制の取れた動きで、百戦錬磨のシズリスですら、ほうと息を漏らしたほどである。

「良く鍛えられた動きだ。寄せ集めとは思えんほどにな」

 包囲され、萎縮するように陣を小さくしてゆくアトルワ軍。

 不平満々だが、数が違う。

 防御を固めようとしている、と、ガゾールト軍は見た。

 断固として包囲殲滅(せんめつ)せんと、触手のように両翼を伸ばしてゆく。

 突如として、変化が起こった。

 まるでフィルムのコマが飛んだように。

 縮こまっているかに見えたアトルワ軍が、いきなり攻勢に転じる。

 防御のための円陣。

 ではない。

 ガゾールト軍に見えていたのは、紡錘(ぼうすい)陣形の先端部分だ。

『突貫!!』

 北斗が、ラインが、マルコーが同時に叫ぶ。

 猛然と襲いかかるアトルワ軍。

 包囲のため薄くなった中央部へ。

 一瞬の攻防。

 瞬く間に防御が食い破られ、突破されてゆく。

 ガゾールト軍の両翼などは、唖然として中央本隊が突き崩されるのを見送ってしまった。

 アトルワは圧力によって縮こまっていたわけではない。

 兵力を集中し、突撃の機会を伺っていたのだ。

 錐を揉み込むように貫かれたガゾールト軍。

 さらに信じられないものをみる。

 突破したアトルワ軍が横列展開し、ガゾールト軍の無防備な後背に襲いかかったのである。

 中央突破からの背面展開。

 数の優位など、一撃で葬られた。



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