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「おそらくガゾールトが動くわ」
久しぶりに参集した四翼を前に、アルテミシアが口を開く。
謁見の間ではなく、いつもの執務室である。
普段と異なる点があるとすれば、きれいに整理整頓されている、ということだろうか。
救世の女王が実権を握って、たぶん初めての珍事だ。
入室したライザックが部屋を間違えたかと思い、いちど廊下に出てプレートを確認したくらいである。
「アトルワではなく、ガゾールトが動きますかい? 陛下」
雄偉な肉体をなんとはなしに前後に揺すりながら、訊ねる赤のヒューゴ。
アルテミシアが軽く頷く。
「そう仕掛けたのか? イスカ」
「いんにゃ。俺はなんもしてねえよ。わりとすぐに手を引いたしな」
白のウズベルの問いに、黒のイスカが答えた。
アトルワに潜入して情報を集めていたイスカだったが、思わぬ収穫があったことで、長期間の諜報はおこなわなかった。
なんと彼は、新生アトルワの幹部との接触に成功したのである。
魔法使い殺しに剣の舞姫。
ルーンナイトの後継者とか、獣神キリの末裔とか噂される人物たちの知己を得て、その為人を知った。
まずはこの情報を持ち帰らなくてはならない。
ルーンに伝えることなく死ぬことは絶対に許されないほど、それは重要な情報である。
ゆえに、当初予定していたガゾールトをけしかける計画は中断された。
「だが、ガゾールトが動くと、陛下はおっしゃいますか」
ウズベルが腕を組む。
同僚の話を聞くかぎり、ガゾールト伯爵領が動く要素はないように思えた。
「そうねえ。ヒントとしてはモンスターの動向かしら」
「ガゾールトからの救援要請はなかったがな」
首をかしげるのは青のライザックである。
彼らはルーン中を転戦したが、ガゾールト伯爵領からの救援要請は受領していない。
それは、襲撃がなかったからなのか、それとも自分たちで対処できたからなのか。
「前者だとすれば力を充分に蓄えています。一連の騒ぎで弱ったであろうアトルワをねじ伏せられる、と思いこめるていどには」
六人目の人物の声が響き、十本の視線が戸口にたつ人物に注がれた。
制服の宰相シルヴァである。
彼の後ろには、軽食とお茶をのせたワゴンを押す太った女性が控えていた。
「せっかくなんで、みんなとお茶しながら話そうと思ってね」
片目をつむる女王。
メイリーがそれぞれの前にカップを置いてゆく。
会議というより座談会のような雰囲気が漂う。
軽食をつまみ、ほうと息を吐いたのは三人。ライザック、イスカ、ヒューゴである。
彼らはメイリーの名人芸を初めて堪能する。
薄切りのパンに、薫製肉とチーズをのせて香ばしく炙ったもの。
シンプルな料理だが、使用されているトマトを使ったと思われる赤いソースが絶品だ。
チーズ、パン、薫製肉、ソース。
どれかひとつが欠けてもこの味わいは出せないだろう。
互いが補い合い、高めあっている。
さながらルーンの四翼のように。
「いつもながら見事ね。メイリー。やっぱりこの四人をイメージしたの?」
「どうでしょうか? わたくしなどの浅知恵で、将軍さまたちの紐帯をはかれようはずもありません」
女王の言葉に秘書が微笑した。
そしてそれ以上は何も言わない。
解釈はご自由に、といういつものスタンス。
彼女は政治にはいっさい口を出さない。ただ、どういうわけか、メイリーの料理にメッセージを感じてしまう。
こほんと咳払いするシルヴァ。
「反対に、壊滅的な損害を被っていた場合、領民たちの目をそらす必要があります。アトルワという敵を与えることで」
話題が戻る。
一礼してメイリーが退室する。
男たちの表情もまた、真剣なものに戻った。
「前者は戦を仕掛ける根拠として薄すぎるな。ガゾールト伯爵がそこまで好戦的な御仁だという話も、聞いたことがない」
「となると後者。失政から目を逸らすための戦ということになるな」
ライザックとイスカが視線を交わす。
ガゾールトだけモンスターの活動期がなかった、などということはあるまい。
襲撃はあり、伯爵軍は適正に対処できなかった。
戦って勝てなかった、というのであれば、戦をする体力など残っていないだろうから、出し惜しみした結果として民草に大きな犠牲が出た、というあたりだろうか。
「愚行の失点を取り戻そうと、さらなる愚行を繰り返す。救われないことではあるね」
肩をすくめるウズベル。
最初から私兵を動かしてモンスター討伐をおこなえば良かったのだ。手が足りなければ、王国に助けを求めるとか、方法はいくらでもあったのに。
モンスターと戦うのはダメで、アトルワと戦うのは良し、などという理屈は成立しない。
付き合わされる兵たちこそ、良い面の皮というべきだろう。
「ガゾールト界隈が荒れそうですなぁ」
面倒なことで、と、ヒューゴが笑った。
ルーンとしては、ガゾールトとアトルワが共倒れになったところで、べつに痛痒を感じない。
感じないが、周辺地域があまり荒廃するのも良くはないのだ。
いつかもシルヴァが言ったが、アトルワはコントロール可能な敵であることが肝要なのである。
「俺の軍で平定するか?」
「最強騎士団を動かすような案件じゃないだろ。俺がいくさ」
「異称は関係ないと思うがな」
「大仰な名前が付いちまうと大変だなぁ。ライザック卿」
「自分が戦いたいだけじゃないか? ヒューゴ卿」
青と赤が揉めている。
好戦的な野郎どもである。
「はいはい。どっちも動かさないわよ」
呆れたように、ぱんぱんと手を拍つアルテミシアであった。
布告があった。
ルーン王国はガゾールト伯爵の行動を是としない、という内容の。
タイミング的には、かなり絶妙だった。
そもそもの発端は、ガゾールトから新生アトルワに、資金と糧食の貸し付けが要請されたことである。
非常に高圧的な内容で、貸してくれというより、よこせという言っているような要請だった。
ガゾールトとアトルワは陣営を異にしているので、当然のように拒否する。
むしろ拒否させるために高圧的な文書を送りつけた。
人道に基づいた援助などされても、上がるのはアリーシアの名声だけだからだ。
ともあれ、拒否されたことを不服として、ガゾールトは戦の準備を始めた。
無茶苦茶である。
銭を貸せ、飯を貸せと要求して、断られたら殴りつけようとする。
そんな外交があるか、という話だが、じつのところこれは珍しくもなんともない。
現代日本を取り巻く外交関係でも、いくらでも例がある。
そうなることが最初から判っていたアトルワは、余裕を持って迎撃準備にはいった。
モンスターへの対応が一段落した時点で、アリーシアはガゾールトが取ってくる政略の予測を立てており、着々と準備していたのである。
このまま事態が進めば、アトルワは旧バドス領とガゾールト伯爵領の境界線あたりで一戦交え、軽く捻った後に多額の賠償をガゾールトに要求したことだろう。
しかし、それより手前の地点、実際の戦端が開かれるより前に、ルーン王国に布告を打たれてしまった。
「最悪ですわ。これでガゾールトは死兵にならざるをえません」
布告文に目を通したアリーシアがげっそりと呟く。
ガゾールト伯爵はバックボーンを失った。
彼らはアトルワと死ぬまで殴り合いたいわけではない。一戦して勝利し、賠償として金と糧食を奪い取りたいだけ。
それがガゾールトの計算だろう。
だが、ルーン王国という後ろ盾が、彼の行動を否定してしまった。
これでは勝ったとしても、賠償など要求できない。
徹底的に戦いアトルワの深部まで侵攻して、豊潤な肉体を貪るしか生き残る道がなくなってしまったのである。
「会ったことはもちろんないのだけれど、アルテミシア女王って、ぜったい性格が悪いと思いますわ」




