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モンスター討伐のために集まったのは二十名。
街の規模から考えるとかなり少ないが、これには事情がある。
タイモールは温泉街であり、そもそも冒険者が集うような場所ではない。観光客と、心身の疲れを癒しにきた傷病者しかいないのだ。
平和でのどかな保養地。
「そんなところに戦力が整ってたら、むしろ異常だしな」
肩をすくめる北斗である。
彼が集合場所に姿を見せた瞬間、街を任されている代官は恐縮して引き下がった。
巡察使……盟主アリーシアの代理人が介入した以上、代官の出る幕はない。
事態は代官の手を離れた。
討伐の正否は巡察使の責任だ。
逆に考えた場合、このタイミングでタイモールに巡察があったことは、幸運である。
本来であれば、代官がたった二十名という寡兵で、モンスターと戦わなくてはならない。
しかも正規兵は一人もいないという惨状で。
そうと知っている北斗は、代官を責めるようなことは一言も口にしなかった。
討伐に関しての責任は自分が負うので、負傷者の後送や民心の安定に力を注いで欲しいと依頼したのみである。
まだ若いがなかなかの傑物。
代官が北斗に抱いたのは、そのような人物評である。
ルーンの聖騎士の後継者という異称は伊達ではない。
つねに民のため、弱き者のために行動する。
その横に侍るのは獣神キリの末裔たるナナ。
アキリウ平定戦の英雄たちと共闘すると聞いて、集まった冒険者たちは安堵の息を吐いた。
どんなに報酬が良くたって、死んでしまえば受け取ることはできない。
命あっての物種とはよくいったもので、頼もしい味方というのは、なによりもありがたいのである。
やがて、偵察に出ていた者が戻り、短期的な作戦が構築されてゆく。
襲撃があったのは、街から半日ほどの場所にある中規模な農場。
モンスターは豚鬼と小鬼が五十ほどと推測された。
「こんな街の近くでか……」
カイが腕を組む。
本来、オークにしてもゴブリンにしても、人間たちと殊更に事を構えたいわけではない。
より正確には、人間の軍勢と戦いたくない。
装備や練度の面で勝負にならないからである。その程度の奸知は持っているのだ。
ただ、習性上、奴らは人間を襲わなくてはならないので、大きな街から遠く離れた小さな集落や旅人を狙うのが常道である。
「……五十じゃきかねえかもしれないな」
ぽつりと呟く。
あるいは先遣隊というべき存在なのかもしれない。
冒険者カイこと、黒の百騎長たるイスカは元冒険者だ。個人戦闘も集団戦闘も得意としているし、野外活動やモンスターの習性にだって造詣が深い。
最悪、自分が指揮を執るしかないかと考えている。
「百でも二百でも同じことだよー さっといって皆殺しー」
耳の良いナナが聞きとがめ、不穏当なことを言う。
「おいおい……」
「時間をかけて良いことなんか、なんにもないさー」
中規模農場といえば働いている者は十人以上はいる。家族までいれれば三倍くらいになるだろう。
その全員が殺されることはない。
なぜなら豚鬼は人間の女性を性欲の対象として見る傾向があるからだ。
「命があれば無事、ってわけにはいかないからねー」
「……そうだな」
深沈と頷くカイ。
ナナが視線を相棒に投げる。
「そんなわけでホクト。号令を」
「ああ! 可及的速やかに現地に向かい治安を回復する!!」
ばっと右手を振り上げた。
『応っ!!』
討伐隊が呼応する。
「モンスターの被害が増えている?」
差し出された報告書に目を通し、アルテミシアは国務大臣に問いかけた。
冬を迎えようとするこの季節は、たしかにモンスターどもの活動期にあたる。
毎年、一定数の被害は出るし、ゼロにすることが困難な、これは案件である。
ただし、自然災害などと比較すれば対処が可能な分だけ、為政者にとっては点数稼ぎの機会でもあったりする。
大雨や洪水、山火事や地震などは人間の力でどうすることもできないが、相手がモンスターであれば、軍事力で片が付く。
「昨年よりペースがはやく、すでにいくつかの貴族領では討伐に動いているとのことです」
「今年ってそんなに不作だったっけ?」
小首をかしげるアルテミシア。
山の恵みが少なければ人里に食べ物を求めて降りてくる。これは野生動物だろうとモンスターだろうと変わらない。
「むしろ逆ですね。どちらかといえば豊作でした。だからこそ農村などでは多くの備蓄が可能となっております」
減税政策もあり、民の暮らしには余裕が生まれつつある。
その余裕をぱーっと使って欲しいのがアルテミシアの本音ではあるが、民草の心理はそう単純でもない。
いざというときに備えて蓄えようとする。
明日の食事を心配しなくても良い、というほどには、まだ豊かになってはいないのだ。
いずれ、アルテミシアの政策が軌道に乗って経済がスムーズに流れ始めれば、必要量以上の備蓄などはしなくなるだろうが。
「つまりモンスターとしては、ラクに食料を手に入れる方法を見つけちゃったってことかぁ」
「そういうことですね」
農村には食料がたくさん。
にもかかわらず防衛力が上がったわけでもない。
それどころか、減税と豊作で浮かれており、警戒もゆるゆる。
そりゃ襲うだろう。
「さすがに減税と襲撃を繋げて考えるほど、ひねくれた考えをする人々はいませんので、陛下の政策のせいということにはなりませんが」
「私のせいっていわれたら泣いちゃうわよ。これはさすがに」
「泣かれるのはかまいませんが、事態の解決には寄与しませんね」
「やな言い方。だれよこんなヤツを国務大臣にしたの」
「あなたです。陛下」
くだらないことを言い合いながらも、アルテミシアの脳細胞は解決策を模索して高速稼働中だ。
敬愛すべき救世の女王は、他人と会話を重ねながら思考をまとめてゆくタイプである。
もちろん黙考もするが。
そう長くもない付き合いで理解しているシルヴァは、思考実験的に様々な提案をおこなう。
「軍を動かすのはいかがでしょうか?」
「軍費はどーすんのよ? 私は金貨の湧き出す魔法の壺なんか持っていないわよ」
「そりゃ受益者負担に決まってますね」
「うっわ。悪辣」
王国軍を動かしてモンスターの討伐をする。
費用や補給物資は貴族どもに出させる。
これでは貴族たちに利益がないように見えるが、じつはそんなことはない。
自分の戦力を温存できるからだ。
金や物で解決するなら、これ以上の安上がりはないだろう。
一人の兵士を一人前に育て上げるのにかかる時間と費用を考えれば、ただみたいなものである。
人間は消耗品でも機械の部品でもない。
壊れたからといって簡単に交換はできないし、別人によって穴を埋めるというのも容易ではない。
優れた指揮官になればなるほど戦いたがらないのは、損失を埋める困難さを承知しているからだ。
「たぶん貴族たちは、喜んで乗ってくると思いますよ」
「王国が思いっきり損を被ってるように見えるもんねぇ」
アルテミシアが苦笑する。
「ちなみに王国としては、費用負担なしで実戦訓練ができる上に、名前を売ることができるという寸法です」
「ホントに悪辣。誰がこいつを国務大臣にしたのかしら」
「もちろん陛下ですね」
民草にとってみれば、実際に戦って自分たちを守ってくれたのは王国軍ということになる。
金も補給物資も領主が出しているのだが、そんなものは目に見えないのである。
派手な活躍をするほうが目立つのは道理だ。
「とはいえ、全軍を動かすなんてできないわよ。コーヴががら空きになっちゃうもの」
「一翼で充分でしょう。ライザック卿の青が適任かと」
「なんで?」
べつに白でも赤でも問題ないだろう。さすがに黒は隊長が他の任務で不在のため動かせないが、練度の上でそう差があるわけでもない。
「もちろんライザック卿がいちばん格好いいからですね。眉目鋭く秀麗で、雰囲気も良く、性格も実直。いかにも騎士といった感じですし」
赤のヒューゴは体格雄偉で顔も厳ついため、あまり女性層からの人気がない。
白のウズベルは騎士というより吟遊詩人のような風貌なため、一定の女性層からの人気は高いが、男性や子供たちにはあまり好かれない。
「そんな理由で抜擢されるなんて、ひどい話ね」
う、う、う、とセイビアクイーンが幼なじみのために泣き真似をした。




