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早馬が運んできた手紙を一読し、アリーシアは眉根を寄せた。
タイモールの地において、北斗とナナが知己を得たカイという男のこと。彼がもたらしたガゾールトの不穏な噂。
そういったことが雑然と記してあった。
「……報告書の書き方から教えないといけないですわね。これは」
結局、この報告を受けてどうすればいいのか。
援護が欲しいのか、別口に調査隊を出して欲しいのか、それすらも書いていない。
「まあ、ホクトとナナだからな」
「あのふたりですからねぇ」
書簡をまわされたシズリスとドバが苦笑した。
とりあえず起こったことを報告した、というだけなのだろう。
判断はアトルワ上層部に任せる、と。
「まさに丸投げだな。あいつららしいぜ」
苦笑いではすまないのが、アリーシアの補佐役たるルマである。
彼はルーンでたとえるなら国務大臣のような役割だ。
政戦両略について大きな責任がある。
もしガゾールト伯爵が戦の支度を整えているなら、対応して動かなくてはならない。
「だが、噂に基づいて動いて、ヤブヘビになったときが怖いな」
「まったくですな。セラどの」
冷静にいって肩をすくめるエルフの姫に、元酒場の親父が頷く。
アリーシア、ドバ、シズリス、ルマ、そしてセラフィン。
このほかにマルコー・アキリウや、魔法騎士ライン、騎士ニア、狼人族の長など。
新生アトルワの幹部たちである。
「仕方ありませんわ。追加で人を出しましょう。いつもどおりセラとリキで」
「本当にいつも通りだな。それはともかくとして、アリーシア姫よ。ひとつ提案があるのだがな」
「なんでしょうか」
「いまさらホクトに報告書の書き方を教えるのも時間の無駄だと思うのだ。もちろん私だって、人間流の報告書など判らないしな」
「まあ、それはそうでしょうけど……」
「ゆえに、報告は口頭で行うのが良いと思う」
いちいち書簡をやりとりするというのは迂遠な話だ。
タイムラグだって無視できない。
かといって、徒歩で何日もの距離をいちいち報告に戻るというのも、現実的ではないだろう。
何か考えがあるのだろうと推測したアリーシアが、視線で先を促す。
「我らエルフには風の精霊を介した風話という魔法がある」
はるか遠く離れた相手に声を届ける精霊魔法だ。
本来は一方通行であるが、相手も同じ魔法が使えれば会話が成立する。
「……それはすごく便利だし、むしろ軍事上の常識が変わりますわ」
この時代、通信というのは書簡のやりとりを示すし、速度は当然のようにそれを持って走る人間や馬の能力に依存する。
互いに見える範囲であれば、手旗や狼煙が使われる事もあるし、多人数に伝わるようにするため、楽器による演奏なども用いられる。
前進の曲、後退の曲、突撃の曲、散開の曲などといった具合だ。
もし、指揮官の意志が末端まで即時伝達する方法があるとすれば、軍事革命というべき事態が起きる。
「そこまで便利なものでもない。最低限度の条件として互いが風話の魔法を習得していなくてはならないし、道具によって代用するといっても限度があるからな」
当たり前の話だが魔道具と呼ばれるものは、非常に稀少である。
まず滅多に市場に出回ることはないし、仮に売りに出されたとしても、たいへんに高価だ。
「私とて、多くを持っているわけではない」
そういってセラフィンが懐から取り出したのは耳飾りである。
薄青色の小さな宝玉があしらわれたそれは四つあった。
「二人分ですか?」
「否だ。片耳につければ良いので四人分だな」
これを外回りする連中に渡し、アリーシアとの会話を成立させる。
具体的には、巡察使の北斗と、旧アキリウ領を差配するマルコーと、旧バドス領を総括するシズリスだ。
「良いアイデアです。かなり有効だと思いますわ」
旧バドスも旧アキリウも、元々の領主が政務を取り仕切っている。
定期的にアトルワに集まって会議をしているのだが、これだってけっこう非効率だ。
通信で事が足りるような案件だって少なくないのである。
それに、シズリスにしてもマルコーにしても有為の人物なため、いつまでも旧領に貼り付けておくのはもったいない。
いずれは代官を置くことになるが、その人物にマジックアイテムを託せば、指示出しがとてもラクになるだろう。
「ただ、問題は」
「ホクトだな」
言いよどむアリーシアの言葉を苦笑混じりに引き継ぐセラフィン。
偏屈屁理屈めんどくさいボーイの事である。
ルーンにやってきて半年以上が経過しているのに、いまだに魔法を認めないのだ。
貴重なマジックアイテムを与えたとして、例の屁理屈バリアが発動してしまったら、壊れてしまうかもしれない。
「べつにホクトに持たせる必要はあるまい。ナナがいつもセットなのだから、あの娘に持たせれば良いだろう」
笑いながら提案するエルフだったが、仲間たちの視線が集中した。
なんというか、信じられないものに遭遇してしまったような、そんな表情だ。
「ナナが報告って……」
視線を泳がせるドバ。
じつはこの男、ナナの実父である。
「人間、できることとできないことがあるんだぜ?」
首を振るニア。
じつはこの女、ナナの親友である。
裏切り者ぞろいであった。
積極的には同意も否定もしなかったアリーシアが咳払いする。
「ホクトの屁理屈バリアはのべつ幕なしに発動しているわけではありませんわ。セラの魔法は大丈夫だったそうですし」
「ああ。ようするにあいつが納得できれば良いらしい。味方だと判定が甘くなるという面もあるな」
シズリスが注釈を入れた。
どこまでも北斗次第の能力である。
めんどくさいことこの上ないが、だからこそ、話の持って行き方によっては何とかなるという部分もあったりする。
「あいつの世界には、トランシーバーっていう通信装置があったらしい。それがあればなあって戦のときに言っていた」
現代人なら携帯端末、というところだろうが、北斗のいた一九七二年にはまだまだそんなものは発明されていない。
携帯できる通信機といえば、トランシーバーかポーダブル無線くらいしか存在しないし、後者は免許が必要だ。
ちなみに携帯電話とトランシーバーの違いは、両者が同時に話せるか否か、というものになるだろう。
電話ならば話ながら聞くということができるが、トランシーバーはそういうことができない。だから言葉の最後に「どうぞ」とか「おくれ」とかをつけるのだ。
じつのところ、風話も同じである。
Aが送った言葉がBのところに届く。それを受けて、Bが送った言葉をAに届ける。
というプロセスでおこなう。
理屈は同じで、使われている技術が違う。
トランシーバーが飛ばすのは電波だが、風話は風の精霊が運ぶのである。
「私が持っていって使い方をレクチャーしてこよう。エルフの超テクノロジーとかいえば、簡単にだませそうだしな」
えらく人聞きの悪いことを言うセラフィンだった。
モンスターというのは、獣人や亜人のことではない。
大きな分け方では「人間に害意をもち、交渉や共存の余地のないもの」の総称である。
ゆえに、種族的な人間がモンスターに準じるものとして認定されることも珍しくない。
盗賊団などだ。
「ただ、この場合は純粋にモンスターらしい」
北斗とナナの居室を訪れたカイが説明する。
タイモール近くの農場をモンスターの一団が襲い、数名の家人を殺害して家畜を奪った。
命からがら逃げのびた農夫の一人がタイモールに保護と救済を求めたのである。
すぐに討伐隊が組織されることになった。
とはいえ、タイモールという街にたいした武力はない。
アトルワ軍の駐留部隊がいるわけでもないし、代官が雇っている私兵など十名もいないのである。
こういうときに声がかかるのは街の冒険者ギルド。
荒くれ者大募集、というわけだ。
「てっきりお前さん方にも要請があったと思ったぜ」
「気を使ったんだろうな。俺らは一応、アリーシア姫の直轄だから」
腰に剣を佩いた北斗が苦笑する。
カイの台詞ではないが、彼らはおえらいさんとして見られることが多い。
民草たちからではなく、むしろ下級役人から。
アトルワ上層部の手を煩わせたら出世に響く、とか考えられた可能性は大いにあるのだ。
「けどまー 聞いちゃった以上、放ってもおけないからねー」
三つ編みに髪を結ったナナが笑う。
好戦的な光を瞳にたゆたわせて。




