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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第4章 ~聖賢の姫君と救世の女王~
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8


 北斗たちがコーヴに入ったのは、北東へと伸びる街道からだった。

 当たり前のように陸路からである。

 つまり彼らは、コーヴの最も美しい姿を見ていない。

 観光にきたわけではないので、まったく問題ない。

「問題ないのだ」

「誰に言ってるんだよ。セラ」

 ぶつぶつ言ってるセラフィンに北斗が呆れる。

 なにしろこのエルフの長は、ひとつ前の宿場で船に乗ろうと主張したのだ。

 もちろん海から侵入するためである。

 完全に、百パーセント観光気分であった。

 そしてその提案は却下された。

 賛成一、反対三という、多数決で。

 歩いて一日の距離まで近づいてから乗船料を支払って船に乗るとか、無駄遣いの極致だ。

「悔しくなどない。多数決はもっとも民主的な方法だ。だがホクトよ憶えておけ。それはときに数の暴力となるのだということを」

「俺が悪いみたいな言い方はやめて欲しいんだけどなっ どう考えてもおかしな提案したのはセラじゃねえかっ」

 天下の往来を和気藹々(わきあいあい)と歩く。

 北斗、ナナ、セラフィン、リキ。

 四人組の冒険者、というのが彼らの肩書きだ。

 あたりまえの話だが、身分証などない。

 傭兵、トレジャーハンター、どういっても良いが、すべて自称なのである。

 ようするにそう名乗っているだけ。

 国やそれに準じる組織に認められた人々ではないし、じつのところならず者や無頼漢とそう大差はないのだ。

 住所不定で無職。

 すぐすぐ捕縛されないのは、明確に犯罪を犯していないから、というだけに過ぎない。

 あとは同業組合(ギルド)の存在だろうか。

 ルーンの各地にも冒険者ギルドはあって、これはようするに互助会である。

 冒険者という自称では信用度はゼロを通り越してマイナス。

 どんな仕事だって受けられるはずもないため、契約を管理し履行を監視するためにそのような組織が自然発生的に創られた。

 とはいえ、それで信頼されるかといえば、そうそう簡単なものでもない。

 たとえば日本だって、無宿人組合とか探偵組合とかフリーター組合とか作ったとして、それで安心してそこに仕事を任せることができるか、という話である。

 個人に依頼するよりは安心と考えるか、組織的な騙しと疑うか、その程度のものだろう。

 世界的な権威のある魔術協会などとは全然違うのだ。

 ではルーンがどうしてそんな胡散(うさん)臭い連中をのさばらせておくのかというと、まず第一義には先述のように明確な犯罪を犯していないからだ。

 そして第一があれば第二第三があるのは道理。

 モンスター退治や盗賊団の討伐などに便利だから、という側面もあったりする。

 ルーン王国は常備軍を保有しているし、領主たちだって私兵を抱えているが、それだけですべての村々を守りきれるかといえばそんなことはない。

 だからこそちょっと大きな街などでは自警団を組織したりする。

 住人たちによって。

 そして住人たち、というのが最大の問題になる。

 これもまた当然の話なのだが、戦闘行為をおこなえば損害が出る。相手が小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)程度だったとしても、集団戦になったら被害ゼロで勝つことは訓練された軍隊でも難しい。

 まして素人が武装しただけの自警団では、同数の敵性集団と戦うのも難しいだろう。

 仮に死者が出なかったとしても、怪我くらいはする。

 怪我人の存在は、そのまま生産力の低下だ。

 そこで冒険者や傭兵の出番となる。

 戦闘技術や野外活動のノウハウを身につけた彼らは、少数でモンスターと戦うことができるのだ。

 町や村は、金銭によって危険を肩代わりしてもらうという寸法である。

 そして冒険者は住人でないため、彼らの命やその後の生活について思い煩う必要がない。

 そのための報酬なのだから。

 ドライな関係だ。

 かつては雇い入れた冒険者が盗賊に早変わりしたり、報酬を出し惜しんだ雇用主によって冒険者が殺されたりなどといったトラブルが相次いだ。

 そこで互いの権利を守るために登場したのがギルド、というわけである。

 契約を完遂しない冒険者は、鉄の掟によって処分される。

 契約を履行しない雇用主は、鉄の掟によって必ず復讐される。

 ゆえに、双方はビジネスとして誠実であらねばならない。

「つっても、ギルド間の勢力争いとか、所属してる冒険者の引き抜きとか、けっこうドロドロしたもんもあるんだけどな」

 などといって苦笑するのはリキである。

 彼は自称だけではなく、アトルワの冒険者同業組合に所属していた。

「まあ、人間の集団だからな。同好会やなかよしサークルにだって派閥争いがある。まして金が絡めばな」

 肩をすくめる北斗。

 ルーンだろうが日本だろうが同じだ。

 主流があれば非主流が生まれ、非主流は主流に取って代わろうとする。

 一介の高校生に過ぎなかった彼にもその程度のことは判る。

 彼が所属していた剣道部にだって、団体戦で全国大会を目指そうという部員もいれば、自分の昇段試験にしか興味のない部員もいた。そんなことより楽しくやろうって連中だっていたのである。

 そういうものだ。

「人間界のトラブルというものは、突き詰めていけば金と異性関係に集約される。三百年前から変わっていないし、今後も変わることはないだろうよ」

 薄い笑みをセラフィンが浮かべる。

「セラは生臭いなぁ。エルフなのに」

 からからとナナが笑って、年長の友人をつつく。

「エルフといえども木石(ぼくせき)ではないからな。欲望も嫉妬も理解できるさ」

「エルフは野菜だってきいたよー」

「その情報源を教えろ。おしおきしてやる」

「わたしにおしおきしてもいいのよ?」

「それは喜ぶだけだからやらない」

 きゃいきゃい盛り上がる女性陣。

 常識人リキが、まあまあと平和主義者のふりをしながらたしなめる。

 天下の往来でエルフと獣人という目立つ二人が騒ぐのはあまりよろしくない。

 ましてふたりともとびきりの美人ときている。

「ちょっと見て回って終わりってんじゃ情報収集にならねえからな。まずは拠点を決めちまおうぜ。セラ姐さん。ナナ」

 苦労人の彼は、ストレートに、無駄に騒ぐなバカ女ども、などとは言わないのである。




 

「陛下。お耳に入れておきたいことが」

 執務机に(うずたか)く積まれた書類。

 半ば埋もれるようにして事務仕事をしていたアルテミシアは、声をかけられて顔を上げた。

 長く美しい髪は後頭部で一本に縛られ、腕には袖を汚さないための腕カバーを装着し、下級官吏みたいな格好である。

 頭痛をこらえる表情で、声をかけた騎士が額に手を当てた。

 なんだろう。

 彼の想像の中にある女王様(クイーン)というのは、こういうのじゃない。

「どうしたの? イスカ」

「ちょっと面白い報告がありまして」

「なにかしら? いい話だと良いんだけどね……」

 そのまま報告を聞こうとしたアルテミシアだったが、ふと思い直して応接セットへと中年の百騎長を誘う。

 朝から休息を取っていないこと思いだしたのだ。

 せっかくなので、小休止してティータイムとしよう。

 騎士を座らせておいて、手ずから茶の準備をする。

「陛下。侍女とか雇いませんか?」

「侍女くらいいるわよ。でもお茶は私の趣味みたいなもんだからね。他人にやらせるつもりはないわ」

「さいですか……」

 目の前に置かれた白磁のカップから芳醇な香りが立ちのぼる。

 口に含むと、思わず笑顔になってしまうほど美味であった。

「うまいですなぁ。ライザック卿の淹れた茶もなかなかのものでしたが、これはさらに上を行く」

「そりゃあ弟子に師匠が負けるわけないでしょ」

「なるほど。あいつの名人芸は、陛下の薫陶(くんとう)でしたか」

「より正確には、父が茶道楽だったのよ。それで私もライザックも仕込まれたってわけ」

 目を細め、昔を懐かしむような仕草を女王がした。

 が、それも一瞬のこと。

 ひっつめていた髪をほどく。

「で、黒の隊長がわざわざ自分の足で報告を持ってきたのは、どうしてかしら?」

 怜悧な女王の顔に戻って訊ねる。

「北門に詰めてる部下からのあがってきた報告です。本日コーヴに入った旅人に、奇妙な四人連れがいた、と」

 カップから立ちのぼる湯気を顎にあてながら、イスカが言った。

「お出ましね。意外と遅かったじゃない」

 アルテミシアが微笑する。

 花がほころぶように。



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