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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第4章 ~聖賢の姫君と救世の女王~
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7


 アルテミシアが、内政面でまず手をつけたのは税制である。

 無条件での三割減税。

 財務担当の官僚たちが蒼白になって悲鳴を上げる、それは指示だった。

 それでなくとも今年の税収は減ることが予測されているのだ。北部辺境の三領から入るはずの収入がゼロになるのだから。

 そんな状況で減税などおこなったら、ルーンの財政は一気に逼迫(ひっぱく)してしまう。

 もちろん民は快哉を叫ぶだろう。

 税金が安くなると聞いて、悲しむわけがない。

 しかし、ときに民に恨まれてでも、国というのは財源を確保しなくてはならない。

 国が立ちゆかなくなるし、もしそうなったら結局のところ迷惑するのは民たちだ。

 こんな人気取りの政策など無意味。

 そう考えた官僚は多かったが、逆らえる者など存在しなかった。

 そもそも、官僚、役人、どういっても良いのだが、彼らに独自の政治理念などない。

 上が決めた政策を実行するための事務機関こそを官僚機構というのだから。

 逆らわず、余計な意見など言わず、ただ粛々(しゅくしゅく)と仕事をする。それが正しい役人の姿だろう。

 ただひとりの例外を除いて。

 その日、赤の百騎士長たるヒューゴに伴われて、謁見の間に立った若い男は、二等官吏の官服をまとっていた。

 どうしても女王に言上(ごんじょう)したき議があるとのことらしい。

 式武官が美声を披露し、アルテミシアの入来を告げる。

 平伏しようとする男を歩きながら女王が制した。

「話があるってことだったわね。立ったままでかまわないわ。言ってちょうだい」

 凛とした声。

「おそれながら申し上げます。陛下はルーンを滅ぼすおつもりか」

 膝を振るわせ、声をうわずらせながらも、男は言った。

 怖くない、わけがない。

 専制君主の怒りは恐怖に値する。それは充分によく知っている。国務大臣をはじめとして、女王の不興を買った大臣たちが次々と冥界の門をくぐったのは、記憶にも新しい。

「私の政策は国を滅ぼす、と、あなたは主張するのね?」

 玉座に腰掛け、アルテミシアが問う。

「御意にござります」

「そう。どうしてそう思うのかしら?」

「理由を述べさせていただきます」

 震える声で男が告げたのは、冒頭に記したルーンの財政だ。

 一時的な人気取りと引き替えに国を傾けるのは、暗君の為すことだと締めくくる。

 女王が微笑した。

 意見そのものは一理ある、というより至極当然のものだ。

 だがそれを主君に直言するというのは、けっして小さな勇気ではない。

 王宮だろうと市井の商家だろうと同じである。

 上役に逆らうというのは非常に厳しい。地位も、職も、下手をすれば命までも賭ける覚悟が必要となる。

 ちょっと冷静になれば、どうしてそこまでしなくてはいけないのか、という考えに至るだろう。

 上役の機嫌を損ねてまで諫言(かんげん)をおこなう理由などない。

 たとえば商家なら潰れるのは当主の責任だ。国ならば王の責任だろう。雇用先のため、客のため、国のため、民のため、どういっても良いが、他人のためにわざわざ自分の身を危険にさらしてどうするのか。

 仮に上役が諫言を受け入れて、それで国なり商家なりが良くなったとして、結果、自分が救われなくては意味がない。

 上司には口うるさいヤツと思われ、同僚には正義漢ぶっていると笑われ、部下からは堅物だと敬遠される。

 じつに心楽しい未来図だ。

「それでも貴方は諫言するのね」

「私はそこまで立派な人間ではありません。ただ、ルーンが滅びると給料をもらえなくなってしまいますので、困るわけです」

 冗談めかして男が笑った。

 相変わらず顔は蒼白であったが。

「滅びさせないわよ」

 やや表情を改めるアルテミシア。

「減税は賭博性が高いけど、たぶん大丈夫。それ以上の収入があるわ」

「貴族や豪商に吐き出させる、ということですか」

「最初から見えていたのでしょう。そのくらいのこと」

「……おそれいります」

 男は否定も肯定もしない。

 アルテミシアの政策は単なる減税にとどまらない。富裕層への締め付けの強化と高級官僚や大臣職など閣僚の俸給のカットなどが同時進行している。

 ようするに富の分配率を変える、ということだ。

 富める者がますます富み、貧しい者はいつまでも貧しい、という構造に一石を投じる。

「そもそも大臣連中なんかは給料いらないじゃない。みんな貴族なんだから、自分のとこの領地から収入でやりくりしなさいよ」

「……それは言い過ぎかと……」

 一国の大臣が無給のボランティアというのはいかがなものか。

 苦い顔をする下級官吏。

「まあさすがにそれは冗談だけどね。これからは常識的な額でやってもらう。ただそれだけよ」

「ご賢断、おみそれいたしました」

 うやうやしく男が頭を垂れた。

 この女王を、彼は見くびっていた。

 権力を手にしたいだけの、人気者になりたいだけの小娘だと。

 違う。

 大胆で、かつシャープな政治感覚を有した逸材だ。

 二十歳にもならぬ若き女王がこの先どこまで伸びるのか見てみたいが、それは叶わぬ夢というものだろう。

 ここまで直言を繰り返してしまったのだから。

 どんなに軽くても極刑は免れえない。

「数々のご無礼、謝罪の言葉もございません。この上は、我が身を如何様にもお裁きくださいますよう」

「いかようにも?」

「御意」

「じゃあ私の側近に取り立てるわ。国務大臣に任じる。貴方、名前は?」

「は?」

 あまりといえばあまりな女王の言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまう。

 処罰どころか大抜擢。しかも名前すら知らないのに。

「あの……陛下?」

「私の方針はね、人を(もっ)て言を廃さずよ」

 誰が言ったかという点に重きを置かない。何を主張したかということに最大の価値を置く。

 という程度の意味である。

「……シルヴァと申します。陛下」

 姓はない。平民出身の下級官吏だからだ。

 平民を大臣に?

 ありうべからざる事態だ。

「よろしい。国務大臣シルヴァ卿。税制健全化計画の立案、それが貴殿の最初の仕事よ」

「不肖の身にそれほどのご厚意。報いる術を持ちませんが、無能非才なる身の全力を挙げ、職務に精励させていただきます」

 床につきそうなほど頭を垂れる新国務大臣であった。




 王都コーヴが近づくほどに街道を行き交う人の数が増えてゆく。

「すげえな……」

 人並みを眺めつつ北斗が呟いた。

 アトルーを離れて十日ほど。バドス領のルベールを経由してコーヴへ。

 徒歩の旅なので、だいたい十五日の行程だ。

「あんまりきょろきょろしているとおのぼりさん(・・・・・・)だと思われるぞ」

 随行者であるリキが笑う。

 ちなみにナナもセラフィンも似たような状態なので、彼くらいしか注意を促せないのだ。

「つっても、すごくね? まだコーヴまでは五日もあるんだろ?」

 なにしろ三人とも、北部辺境のど田舎しか知らないから。

 より正確には、セラフィンは王都を知っているのだが、彼女が知っているのは三百年前のコーヴである。

 まだまだ発展途上の港町だった。

「そうだけどよ。お前さんはルーンよりもずっとずっと都会からきたんだろうが。ホクト」

 呆れ顔のリキ。

 北斗の出身地である東京は日本の首都である。

 一九七〇年代の人口で一千万人を超える巨大都市だ。

 といっても、彼が暮らしていた葛飾柴又あたりは新興住宅街ではなく、わりとのどかな風情ではあったが。

「こっちにきてからもう半年以上だぜ。慣れちまったよ」

 旅をするとき、何泊かの野宿は当たり前。

 見張りを立てたり、仲間と背中合わせになって眠ったり。

 食事やトイレの不便さにだってもう慣れた。

 惜しむらくは、ゆっくりと湯船に浸かるという文化がないことだろうか。

 沐浴か水浴びしかないというのは、日本人としては少し寂しい。

「そんなもんかねえ。まあ、ここから先は宿場もあるからな。野宿だけはしなくて済むだろうよ」

 日本人の慨嘆には深入りせず、元冒険者の巡察副使が言った。

 寝台で寝られるのはありがたいことだ、と。



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