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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第4章 ~聖賢の姫君と救世の女王~
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6


 百騎長ライザックの計画をきいたイスカは、ぽんと膝を叩いて同意した。

 上からのクーデター。

 トップダウンの改革。

 それは、下からの変革などとは比較にならない。

 たしかに実権は女王にはない。それは事実だろう。

 だが逆にいえば、実権以外のすべてはアルテミシアが持っているのである。

 彼女がAだといえば、内心はどうあれ全員がAと答えなくてはならない。

 それが王権というもの。

「まさかライザック卿が陛下とコネクションをもっていたとはねえ」

「てっきり、それを知っていて近づいてきたのかと思ったよ。イスカは」

「んなわけねぇだろうが」

 少しだけ傷ついた顔をする年長の僚友。

 短く詫び、すぐに実務的な話に入るライザック。

 事態は走り出した。

 躊躇している時間はない。

 まずはアルテミシアが言明したように、軍を掌握する。

 現在、ルーン王国の常備軍は四部隊。

 ひとつはむろんライザック麾下の部隊だ。青の軍という公称を持っている。

 その他に、赤、白、黒。

 色分けされているわけだが、べつにどの色がえらい、というものでもなし、抱える兵力はほとんど変わらない。

 魔法騎士が百名、騎士が千名、兵士が一万名というのがベーシックな編成である。

「黒の掌握はイスカに任せて良いか?」

「おいおいライザック卿。俺は一介の騎士だぜ?」

「無理か?」

 おどけてみせるイスカだったが、重ねて問われれば降参するしかない。

 彼が騎士になり、黒の軍に配属されて三年。

 もう下地は、充分にできている。

「お見通しってか。相変わらずライザック卿は可愛くないな」

「お前さんに可愛いとか言われたら、自決したくなるからやめてくれ」

「十日もらえるか?」

「七日」

「了解だ。黒の軍は俺がもらう」

「アテにしてるぞ。イスカ卿」

「アテにされましょう」

 にやりと笑って右手を差し出す。

 力強く、ライザックが握り返した。




 そして七日。

 黒の軍の隊長だった魔法騎士が、突如として辞意を表明した。

 軍務省は驚倒したが、彼が後任として推した人物の名が伝わると、驚倒どころか大混乱の縁に叩き落とされた。

 騎士イスカ・ホルン。

 姓すら持たなかった平民あがりの一介の騎士。

 そんな者が、王国を支える四翼の一枚を任せられる。

 ありえざる暴挙だ。

 だが、もちろん王国軍幹部の人事は、国王の裁可を必要とする。

 ようするに国王が許可しなければ良いだけの話。そしてルーンにおいて国王とは大臣たちが作成した報告に頷くだけの人形だ。

「……とういう次第です。新たな黒の軍の隊長としては、アドリス・サザール侯爵が相応しいかと」

 一日(いちじつ)、謁見の間にて国務大臣が提案した。

 提案という形式をとってはいても、それは決定事項である。

 王が否定することはない。

 これまでは。

何故(なにゆえ)か?」

 良く通る声で玉座にある女性が問う。

「は?」

 思わず間の抜けた声を返す国務大臣。

 アルテミシアは、一度目は咎めなかった。

「前任者の意向を無視してまで新しい人物をもってくる理由は何か、と、訊いてるのよ。大臣」

「理由、でございますか……」

「自らの地位を譲るというのだから、そのイスカ卿の方が自分よりできる、または劣らないって判断したってことでしょ。で、大臣が推薦するアドリス卿とやらは、それより当然上なのよね?」

「も、もちろんでございます……」

「どのような点が?」

 問いつめてゆく。だがそれは、まともに考えれば当然の問いだろう。

 ルーン王国を守る四つの軍の隊長人事だ。

 そちに任せる、というわけにはいかないのである。

「……アドリス卿は侯爵家の当主であり、我が国を支える有力貴族でもあらせられます。また、幼少の頃より俊秀の……」

 だらだらと駄弁を並べ始める大臣。

 しなやかな右手を挙げてアルテミシアが制した。

「地位や血統が最初に長所として挙がるようじゃ、そのアドリス卿とやらの能力は推して知るべしね。もう良いわ」

「もう良いとおっしゃられましても……」

「貴族の談合で決まった人事なんて聞きたくもない。きちんと人選をおこなって、まともな報告を聞かせて。期限は二日」

 そのまま右手を振って追い払おうとする。

「陛下!? 気でも触れられましたかっ!?」

 あまりの仕打ちに、大臣が大声をあげて女王を見た。

 見てしまった。

 咲き狂う毒花のような、禍々しく美しい嘲笑に彩られたアルテミシアの顔を。

「私を狂人呼ばわりしたあげく、直視の無礼とか。一回目の反問は流してあげたけど、ここまで続くとちょっと遇する術がないわね」

 歌うように告げる。

 大臣の罪を。

 ここにあるのは至尊の冠を戴く人物だ。

 本来であれば、質問に質問を返すなど許されない。むろん、直接顔を見ることも。まして狂気を疑うなど、不敬罪というカテゴリにすら収まらないだろう。

「ば……ばかな……」

 片膝を突いていた姿勢から立ちあがる大臣。

 最悪である。

「バカと言って立ちあがるとか。それ反逆よ? その程度のことも言わなくちゃ判らない?」

 薄く笑ったアルテミシアが肩をすくめる。

 同時に近衛騎士たちが腕をかざした。

 四方八方から伸びた魔力光に貫かれ、断末魔を残すことすらなく国務大臣が絶命する。

 滑稽なほど軽い音を立てて床に転がる元大臣の肉体。

 一滴の血も流れない。

 玉座の間を汚さぬために、傷口はすべて炭化させられたのだ。

「ご苦労さま。続けてで悪いけど黒の軍の隊長候補を呼び出してちょうだい。あと、国務大臣の後任も決めないといけないわね」

 一仕事を終えた近衛騎士たちに微笑みかけるアルテミシア。

 敬礼を残し、騎士が走り去る。

 そこからはもう、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。

 現国王による権力奪取。

 これまで国政を壟断(ろうだん)してきた貴族たちは、ほとんど為すところなく次々と捕縛され、武力を持って逆らおうとしたわずかな連中も、ライザック率いる青の軍の速攻に対応できず、あえなく武装解除されていった。

 三日。 

 わずか三日で王宮内の勢力図が書き変わる。

 名実ともにアルテミシア女王が政権を握った。

 立役者となったのは、ライザック率いる青の軍とイスカ率いる黒の軍。

 国軍の半分が初動から協力していたため、不満分子など顔を出す余地もなかった。

 そして残り半分も、ほどなくしてアルテミシアに膝を折る。

 女王が、次々と綱紀をただしていったからだ。

 もともとが単純で剛直な人生を歩んできた武人たちだ。主君が立派な人物であって嘆くことなどありえない。

「ライザック卿、イスカ卿、ヒューゴ卿、ウズベル卿」

 玉座の前に居並ぶ将帥たちを睥睨(へいげい)する女王。

 国務大臣の誅殺から四日目の朝だ。

『は!』

 名を呼ばれ頭を垂れる百騎長たち。

 青の軍隊長、ライザック・アンキラ。

 黒の軍隊長、イスカ・ホルン。

 赤の軍隊長、ヒューゴ・バルトファー。

 白の軍隊長、ウズベル・オルロー。

「赤の軍は官僚たちの人事刷新。頭は潰しちゃって良いわ。どのみち役人なんて、仕事をしているのは下の方だけだもの。給料泥棒はルーンにいらないから」

「は!」

 ヒューゴと呼ばれた赤毛の騎士。体格雄偉で、いかにも武人という体だ。

「白の軍は市井からの人材登用。足で稼いで。寒門(かんもん)出身でかまわない。それが門閥への牽制になるから」

「御心のままに」

 ウズベルは、ヒューゴとは対照的に優男だ。

 あまり騎士という雰囲気ではなく、竪琴(リュート)でも持たせた方が映えそうである。

 精悍な顔つきのライザック。飄々としてつかみどころのないイスカ。

 これが、王国の四翼。

 アルテミシアが微笑を浮かべる。

「三百年分の(うみ)を出し切るわよ。きついとは思うけど、馬車馬のように働いてちょうだい」

『御意っ!』

 ひどい命令に、喜色を浮かべて頷く男どもであった。



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