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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第4章 ~聖賢の姫君と救世の女王~
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 彼らの仰ぐ盟主はアリーシア。

 男爵令嬢から男爵を名乗っていたが、身分はすでに剥奪された。

 王宮典範にてらせば、たんなる無位無冠の民間人である。

 もちろんすでに王国に弓引いた彼らにとっては、身分など関係ない。アリーシアはアリーシアであるし、相変わらず姫と呼ばれている。

 そこにシズリスが加わった。

 これはまだ良い。

 元々は同格の男爵である。

 同盟者、ということで周囲も納得するだろう。

 ではアキリウはどうか。

 爵位の上でも、年齢の上でも、アリーシアより格上。それなのに下風に立たなくてはならない。

 考えてみずとも面倒な事態だ。

「じゃあさ。姫が公爵とか女王とか名乗ればいいんじゃない? どうせルーン盾突いちゃってるんだから、いまさら名乗りなんて何でも良いと思うけど」

 大胆なことを提案するナナだが、北斗とシズリスは首を振った。

 いくつかの点から、そのアイデアは採用できない。

 まず印象が悪いのだ。

 勝手に位階を上げると、地位が欲しさの叛乱だと民衆に思われてしまう。

 救民・護民を旗印とする彼らにとって、この印象はぜひとも避けたい。

 さらに、ルーン王国政府との妥協の余地がなくなるのもまずいのだ。

 前にも北斗が言ったが、いつまでも殴り合うというわけにはいかない。落としどころを探らなくてはいけないのである。

「姫が出世するのはまずいってこと?」

 よく判らない、という表情で小首をかしげる獣人族の少女。

 政略的な発想は苦手なのだ。

「アリーシア姫の位階を上げられぬなら、他の者が下がるしかあるまいよ」

 言いにくいことをあっさり口にするセラフィンだった。

 深緑の瞳がシズリスを見つめる。

「……わかった。爵位を捨てよう」

 バドス男爵に逡巡があったとしても、それはごく短かった。

「いいのか? シズリス」

「アキリウにも捨てさせることになる。俺だけ爵位持ちってわけにはいかんだろ」

 それは、今後の方針でもあった。

 彼らに降った爵位を持つ貴族は、例外なく爵位を捨てさせる。

 ただの魔法使い、ただの魔法騎士として、仲間に迎える。

 トップの権威を守るための措置であり、同時に貴族制度の否定でもある。

 アリーシアを頂点として、全員が同格の仲間。

 もちろん職制の上下関係はあるが、身分の上下はない。

「アキリウにも身分を捨てさせる。それが幕下(ばっか)に加える条件だ。飲めないときは放逐。家族共々な」

 シズリスが繰り返す。

 彼自身の覚悟を語るかのように。

「それでも飲まなかったら?」

「決まってるだろう。そんなことは」

 言わずもがなな北斗の問いに、手刀を首のラインで切ってみせるシズリス。

 彼らは多くの味方を欲している。

 だがべつに獅子身中の虫を飼いたいと積極的に願っているわけではないのである。




「とまあ、そんなことが、ここ二月ばかりの間にあったんだ。ライザック卿」

 僚友が手ずから淹れてくれた茶をすすりながら、イスカが説明する。

 身振り手振りや、彼自身の解釈を加えて。

 ライザックの執務室である。

 哀れな軍務監は、副官たちが医務室へと搬送した。

 目が覚めたらイスカの暴言を思い出すかもしれないので、なんらかの処置が必要になるだろう。

 とはいえ、北部辺境地帯での政変は後回しにできない。

 子爵領と男爵領二つ。

 合すれば伯爵領を凌駕するだろう。

 土地の広さという意味ではなく、軍事力とそれを支える生産力という意味で。

 しかもそこに伝説の人物まで現れたとなれば、事態は笑って済ませられる範囲を超える。

「軍議を開く必要があるな……」

 ライザックが呟く。

 彼は百騎長の位階をもつ将帥であり、その麾下には百名の魔法騎士、千名の騎士、一万名の兵士を数えるが、ルーン王国全体の兵権を握っているわけではない。

 ライザックと同格の者が、王国には何名か存在しているし、そもそも全軍の総帥は国王たるアルテミシア女王である。

 飾りだけの存在だが。

 不意に僚友と目が合う。

「……なにか言いたそうだな。イスカ卿」

「べつに。アンタがそれで良いと思っているなら、俺から言うことは何もないさ」

 どこか突き放したような口調だ。

 やや考え込むライザック。

 どうしてイスカが自分のもとにこの情報を持ってきたのか。その意味を。

 王国は北部辺境地域の動向を完全に掴んではいない。彼のところに情報があがってきていない点からみても、辺境のことと軽く考えているのだろう。

 おそらくイスカは個人的なコネクションを使って調査したのだ。

 冒険者出身ということもあり、正規の騎士にはない手腕をこの男は有している。

 もちろん、どんなルートを使うにしても金がかかる。

 王都から遠く離れた場所について探るならなおさらだ。

 そうまでして調べたのは、この一事が王国を揺るがす可能性があると読んだのではないか。

「どうして俺のところに持ってきた? イスカ」

 言葉を崩す。

「アンタは他の貴族連中と違うだろ。ライザック。俺とダチ付き合いしてるくらいだしな」

 にやりと笑ってイスカが続ける。

「俺としては、ルーンはそう悪い国だと思ってるわけじゃねえ。騎士に取り立ててもらった恩もあるしな」

 厳格な身分制度があり、貴族と下々の生活にはかなりの較差がある。

 だがそれは、どこのどんな国にだってあるものだ。

 各地を旅した経験を持つ元冒険者はよく知っている。

 差別のない社会なんて、どこにもなかった。

 完全な平等なんて、たぶん世界中探したって見つからない。

 身分や差別のない、みんなが笑って暮らせる国にしたい。聖賢の姫君(セージプリンセス)の理想はまず立派なのものだろう。

「けど、今のルーンをひっくり返して、今よりマシな国になるって、誰が保証してくれるんだい?」

 誰にもできない。

 既得権にしがみつく大貴族や豪商ども。それらを許せなく思う気持ちはイスカにもよく判る。

 しかし、彼らを打ち滅ぼし、追い払ったとして、次は誰が社会を回す?

 公共工事や国境防衛、治安維持。

 誰が金を出し、誰が従事する?

 民衆が納めた税を、誰が効率よく、必要充分な予算として再分配する?

 豪商どもを残らず消してしまったら、誰が人々を雇用する?

「そういう責任を、聖賢の姫君は背負えるのかねぇ」

 革命は、ごっこ遊びではない。

 差別される人たちが可哀想、という感情論で現実とは戦えないのだ。

「イスカ……」

「そりゃな。民は快哉を叫ぶだろうよ。なんつっても国民の大多数は現状に不満を持ってるからな」

 働いても働いても暮らしは豊かにならない。

 税は高く、労役は重く、兵役だって負担だ。

 その一方で、我が世の春を謳歌する貴族や豪商どもがいる。

 判りやすい敵だ。

 アトルワの叛乱は燎原の火のように広がってゆくだろう。

 そしてルーン王国を燃やし尽くしてしまうかもしれない。

「けどよ。それで結局のところ泣くのは誰だい? 追い払われた貴族かい? 豪商かい?」

 そうじゃないだろ、と、苦笑するイスカ。

 王国が倒れ、国を運営するノウハウもない連中が実権を握る。

 すぐに限界がくるだろう。

 事態を収拾できなくなる。

 そうなれば群雄割拠だ。

 地方領それぞれが勝手に統治をはじめる。下手すると町単位でやるかもしれない。

 三百年以上前……オリフィック・フウザーがルーン王国を興す前に逆戻りだ。

 割を食うのは民たちである。

「そうなるのは、俺の見たい未来じゃねえんだよな」

 ぽりぽりと中年に差し掛かった騎士が頭を掻く。

 語りすぎた、と、照れたような表情が語っていた。

「つまりイスカとしては叛乱を成功させるわけにはいかない。だが、簡単に武力制圧するのはもっとまずい、と」

 今度はライザックが笑う。

 二手先を読んだように。

 現段階なら武力制圧は難しくない。どんなに頑張ったところで、アトルワの軍事力は一万にも達しないだろう。

 ライザックの部隊だけでも充分に戦える。

 しかし、ここで武力を用いては、民衆の不満を高めるだけ。

 すでに彼らは方向性を得てしまっているから。

 安易な武力制圧は、第二第三のアトルワを産むだけである。

「俺に持ち込んだ理由はそれか。面倒をおしつけやがって」

 やや恨みがましい視線を向けられ、イスカが肩をすくめた。


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