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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第1章 ~ひっどいスタートだっ~
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 村の入口で話し込んでいても埒が明かない。

 村長に促され、北斗は移動することとなった。

 中心部にある広場まで。

 集会などをおこなう場所らしい。

 さすがに見ず知らずの旅人を自宅に連れこむような無警戒さはない。このあたりは日本だろうと違う世界だろうと同じで、こんな場合だが北斗は奇妙なおかしみを感じた。

 いくつかの情報が交換される。

 それによって、彼はここがルーン王国という国の辺境であることと、助けてくれた(?)父娘がドバとナナという固有名詞を持っていることを知った。

「それにしても、ホクトねえ。名前の響きからすると士族階級っぽいけど」

「残念ながら平民だった。地球でも」

 ナナの言葉に北斗が苦笑する。

 この国で姓を持つのは、貴族とか王族とかだけらしい。

 平民は二音の名で、兵士とか士族は三音。奴隷とかには基本的に名前はなく、たとえば髪の色とか識別される。

 したがって、ホ・ク・トという三つの音をもつ北斗は、兵士とか衛士とか従士とか、それなりの階級の者だと思われるわけである。

「なんか、上から下まできっちりとした世の中だな」

 とは内心の感想だが、言葉にはしなかった。

 異邦人の彼が口を挟むべき問題ではない。

「それで? ホクトはこれからどうするの? 元の世界に帰る方法を探す?」

 ナナの問い。

 焦げ茶色の毛に覆われた耳が、興味津々の体でぴくぴくと動いている。

 どんなに無表情を保とうと、耳と尻尾の動きで感情が読みとれてしまう。

 ポーカーとか、カードゲームには向いていない人々である。

「いや。帰る方法はない。っていうより、俺は地球で死んだから、帰る場所がないっていう方が正しいかな」

「そうなの?」

「ああ。仮に帰ったところで、死人が蘇ったってパニックになるだけだろうしな」

「そこは神の奇跡とかで」

「神なんかいない。幽霊もいない」

 かたくなな北斗である。

 胡乱(うろん)げな顔を向けるナナ。

 顔だけでなく、両手まで広げて呆れている。妙にアメリカンな仕草だ。

「君をここに運んだのは、カミサマじゃないのかな?」

「高次元生命体だ」

「だから、それをカミサマっていうんじゃないの?」

「違う。高次元生命体だ」

「さいですか……」

 こいつ面倒くせぇ、と、表情が語る。

「まあ、生きるためには働かないといけないし、仕事を探すにしたって、こんな田舎じゃなんにもないし」

 とっとと追い払ってしまおう。そうしよう。

 という意思を全身に込めて説明した。

 ただまあ、嘘を言っているわけではない。

 こんな小さな集落では、村人の食い扶持(ぶち)を確保するだけで精一杯で、とてもではないが旅人に施す余裕はない。

 さっさと出て行ってもらった方がお互いのためだ。

「それはそのつもりなんだが、まずは街がどこにあるか訊かないと」

 一方の北斗も、じつは出て行く気まんまんである。

 カテゴリとしては人間に分類されるらしいが、こんな化け猫もどきたちとともに一夜を明かすとか、ちょっと嫌すぎる。

 もし万が一、夜中に目とか光ったり、ぺろぺろと油をなめたりしたら、冗談抜きにちびっちゃうのだ。

「ここから南に二日くらい進んだところに、それなりの規模の街があるわ。街道沿いに歩いていけば、迷う心配もないし」

「ふむ……」

 徒歩で二日。

 日本人はだいたい時速四キロくらいで歩く。そして日中しか歩けない。

 江戸時代の旅人は、一日に四十キロほど歩いたというから、ざっとの計算で八十キロだ。

 なかなかに心が折れそうな距離である。

 しかも、水も食料もなしで歩き続けることなどできない。

「なあナナ。少し相談があるんだが」

「食べ物とかだね? 分けてあげるのは(やぶさ)かじゃないけど、代価はあるの?」

「向こうの金なら……」

 使えるとは思えないが、尻ポケットから財布を引っぱり出す。

 何枚かの小額紙幣と硬貨が入っていた。

「異世界のお金。ちょっと興味あるわね。これは銀貨?」

 しげしげと百円硬貨を眺めるナナ。

「いや。たしか銅だな。銅が七割五分で、のこりがニッケルとか、そんな配分だったはずだ」

 素材としての名前は、白銅ということになる。

「にっける……? 合金なの? これ」

「だな」

「すごい技術ね。意匠もすごく細かいし」

「そうかな」

 造幣局のかわりに、北斗が謙遜してみせる。

 とくに愛国者というわけでもないのだが、自国のものを褒められれば悪い気はしない。

「いちおう価値としては、それに書いてる数字の通りなんだが? 読めるか?」

「まさか」

「だよなー」

 アラビア数字が存在する異世界があったら、そっちの方がびっくりである。

 苦笑した北斗が価値の順に並べる。

 説明を加えながら。

「なるほど。じゃあこのいちえんってのじゃ、ほとんどなにも買えないんだね」

「おもに釣り銭ようだな」

「おつりが出ないような価格設定にすればいいのに」

「四百円っていわれるより、三百九十八円っていわれた方が、なんか得した気分になるんだよ」

 たった二円の違いで。

 二円じゃなにも買えないのに。

「じゃあこのひゃくえんを一枚もらうわ。これで二日分の食料と水を提供する。どう?」

 北斗の方が明らかに有利な取引だが、この世界にはない金属の硬貨であるため、その付加価値分ということなのだろう。

「わかった。じゃあそれで……」

 了解しようとした少年の声を打ち消し、けたたましく警鐘が打ち鳴らされた。




「なんだ!?」

 突然の大音声に驚く北斗。

「貴族がくる。ホクトは隠れた方が良いかもしれない」

 手早くお金をまとめ、少年に押しつけながらナナが言う。

 ぴんと張った尻尾が、警戒を物語っている。

「貴族……?」

「説明は後。急いで」

「あ、ああ」

 促されるまま、北斗が物陰に隠れた。

 あまり遠くではない。

 状況が見える位置である。

 もともとたいして人のいなかった集落が、水を打ったように静まりかえる。

 まるでゴーストタウンだな、と、北斗は思った。

 広場に取り残されるナナと、その父であるドバ。

 娘の方は表情は硬いものの平静を保っているのに対し、村長は明らかに狼狽していた。

「ま、まずいぞナナ。もしかしてバレたのかも……」

「落ち着いて。お父さん。そうと決まったわけじゃないし、仮にそうだとしてもごまかす手段はいくらでもあるわ」

 謎の会話。

 やがて、村に入ってくる男が三人。

 物陰の北斗は舌打ちしそうになった。

 ナナたちとの服装の違いに。

 きっちりと(しつら)えられた立派な服にマントまで羽織り、装飾の付いた帽子をかぶっている。

 もちろん彼は、この世界の服飾事情に詳しいわけではないが、ナナたちが好きこのんでボロ布をまとっているという極小の可能性を除けば、これは富の偏在を如実に示すものだろう。

 さらに詳細な観察を続ける。

 真ん中にいるのが主人だろうか、ひときわ立派な服装をした二十代前半と思しき青年だ。

 両側に立つのは護衛役かもしれない。揃いの服を着て腰に剣を()げている。

 彼らは人間だった。

 北斗のようなモンゴロイドではなく白人だろうが、そもそも異世界にアングロサクソン系とかコーカサス系とか、人種があるかどうかも定かではない。

 とはいえ、人間である。

 猫の耳も付いていないし、尻尾も生えていない。

 ナナたちより、ずっと北斗に近いだろう。

 なのにまったく親近感が湧かないのは、彼らの尊大な態度のせいだろう。

 無造作に歩み寄った男が、かしずく父娘を見おろす。

「相変わらず貧乏くせえ村だな。ドバ」

「は。見苦しい場所をお見せして申し訳ありません。男爵公子さま」

 地面を見つめながら村長が謝罪する。

 勝手に押しかけてきた、招いてもいない客に対して。

 ナナが拳を握るのを、北斗は視認した。

 そりゃ悔しいだろう。誰だって、好きで貧乏暮らしをしているわけではない。

「まあいいや。今日はちょっと頼みがあってきたんだわ」

 父娘の様子を歯牙にもかけず、男爵公子とやらが続ける。

 頼みなどと言っているが、拒否権のない命令だ。

「いかがなことにございましょうか。我々にできることなれば、なんなりと」

「べつに難しい話じゃねーさ。パーティーやるんで、きれいどころを三匹ばかり都合してほしいのよ」

「貴族様のパーティーに獣人を……」

 面食らう村長。

 ありえる話ではない。

 人間の奴隷が給仕や接待をおこなうことはあっても、獣人をそんな場に連れて行くのは常識外だ。

 それに、給仕して使うなら三人というのは少なすぎる。

 悪い予感が染みとなってドバの内心を蚕食(さんしょく)してゆく。

「……それは、どのようなパーティーでございましょうか?」

「ああ? なにお前? 俺に質問すんの?」

「…………」

「ま、いいや。狩猟パーティーだよ。お前ら逃げる。俺ら追う。で、捕まえたら犯して殺す。簡単なルールだろ?」

 唇を歪める男爵公子。

 顎をしゃくると護衛の一人が進み出て、ナナの下顎を爪先で持ち上げた。

「一匹はこいつでいいよな」

「……お待ち下さい。男爵公子さま……」

 ようやくの思いで声を絞り出すドバ。

 自分の娘を、犯され殺されるために差し出せと言われて、はい喜んでと頷く父親などいない。

「んだよ? 質問の次は意見? そろそろ不敬罪を適用しちゃうよ? ドバちゃん」

 前屈みになり、男爵公子が顔を近づける。

 にやにやと笑いながら。

「やっすい代価だろ? お前ら年貢ごまかしちゃったんだから」

「なっ!?」

「気付いてないと思った? 馬鹿じゃねえの? 獣人ごときの浅知恵で貴族をだませると思ってたのかよ」

 悪意に満ちた笑いだ。

 年貢をごまかしたとき、すぐに処分しなかったのは、もしかしたらばれていないかもという期待を抱かせるため。

 より深い絶望を与えるため。

 数ヶ月経ってから、罰として若い娘を惨殺する。

 みせしめだ。

 きり、と奥歯を噛みしめる音。

 ふたつ。

 ナナと北斗だ。

 前者の爪が、短剣(ショートソード)のように伸びる。

「あーあ。出しちまったなぁ。武器。これでもう言い訳はできねえぜ」

 男爵公子がせせら笑った。

 同時に、護衛がナナを蹴り飛ばず。

 二度三度と地面とキスしながら吹き飛ぶ少女。

「反逆の現行犯だ。この村は従順ならざる者どもの本拠地と断定する」

 高らかな宣言と同時に、護衛二人が剣を抜いた。




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