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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第3章 ~どんどん厄介になってくなっ~
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 男爵領の戦力など、たかが知れている。

 そもそも、所領などと格好良くいったところで、男爵がもつ領地なんて微々たるものである。

 アトルワ家の場合、アトルーの街とその周辺。

 街といえる規模のものはアトルーとジャコバくらいのもので、それ以外はせいぜいが集落とか村落とか、その程度の規模だ。

 ドバ村と戦ったときの二千という兵力だって、相当無理をしてかき集めているのである。

 それで二割も戦死させているのだから、文字通り目も当てられない。

 死んだ人間は畑も耕さないし税も納めない。そのままアトルワ家の減収になってしまうのである。

「だから、俺たちとしては、すぐすぐ戦争になるってのは避けたいんだよ」

 街道を歩きながら北斗が解説する。

「でもさ。じっくり準備してたら、相手だって準備しちゃうんじゃない?」

 訊ねるのは横に並んだナナだ。

 首輪も鎖もつけていない。

 それだけは勘弁してくれと北斗が頼んだためである。

 奴隷とご主人様、という設定は、ちょっとトラウマになってしまったらしい。

 なので今回は、騎士と従者だ。

 アトルワ男爵麾下(きか)の騎士ホクト・アカバネ卿とその従者ナナ。

 旅の目的地はバドス男爵領。

 もちろん物見遊山の旅ではなく、当主たるシズリス・バドス男爵と折衝し、味方に引き入れるためだ。

「そうだな。ナナは相変わらず良いところを突くぜ。理想は、こっちの準備が整って、相手の準備は整わないってラインなんだ」

「ものすごくシビアじゃない? それ」

「だから、向こうの準備を遅らせるための策ってのが必要になるんだ」

「それがこれ?」

「まーな」

 にやりと笑う北斗。

 もちろん動いているのは彼だけではない。

 ドバや狼人(ウルフェン)族の酋長が中心となって戦える人材を募っているし、アリーシアが主導して防衛作戦の立案も進められている。

 ぼへーっと北斗たちが帰るのを待っているわけではないのだ。

 とはいえ、そうまでしても勝算はそこまで高くない。

 アキリウ子爵軍とバドス男爵軍に挟撃されたら、まず間違いなく敗北する。

 北斗の仕事は、二者のうち一方をゲームから降ろすこと。

 これが成って、はじめて勝算のようなものが生まれるのだ。

「生まれるって。じっさいどのくらいの勝算なの?」

 むぅと難しい顔をするナナ。

 頭の上の猫耳がぴこぴこと揺れる。

 仮にバドス男爵が降りたとして、じゃあアトルワ男爵軍だけでアキリウ子爵軍に勝てるのかって話になる。

 獣人部隊が加わったとはいっても、まともに考えてアリーシアに動員できるのは千三百が良いところ。急進的な改革によって旧来の勢力を削ぎ落とした結果だ。

 逆にアキリウ子爵は、さほど無理をせずとも四千以上を戦場に投入できると推測されている。

 男爵と子爵では位階(いかい)がひとつ違うだけだが、そのひとつという差がけっこう大きい。

「倍以上の相手と戦って、勝てる見込みなんざほとんどねえさ。三割もあれば上等だろ」

「三割って勝算?」

 しれっと応える北斗に肩をすくめる。

「賭けの確率は、いつだって五分五分だぜ。のるかそるか、それだけだ」

「なにそれ?」

「勝率が八割とかいったって、負けるときゃ負ける。逆に、二割バッターがホームランを打つことだってある。そういうことさ」

 野球にたとえてもナナに判るはずはない。

 が、少女は頷いた。

 理解可能な言語に翻訳されて耳に届いたのだろう。

「いつもここを通るからって罠を張ったって、獲物がかかるとはかぎらないってことね」

 若干の齟齬(そご)は残しつつ。

「ようするにホクトにとって、三割ってのは勝負に出て良い場面なの?」

「アトルワ男爵軍と戦ったときは、たぶん一割もなかっただろうからな。それに比べりゃあずっとマシってもんだ」

 不敵な笑みを浮かべる北斗だった。




 バドス男爵家の城下町ルベール。

 規模としてはアトルーと大差ない。

 家の格式も領地の広さも生産力も大差のない両家なので、このあたりは当然である。

 城門で来意を告げ、持参した親書を守備兵に渡すと、(うやうや)しく客間へと案内された。

 待つほどもなく現れたシズリス・バドス男爵は、すくなくとも容姿の点で北斗に悪印象を与えなかった。

 鍛えられ、引き締まった肉体を持つ三十代前半の男。

 眼光も穏やかで、気の良いお兄さん、という雰囲気を醸し出している。

「お初にお目にかかります。アリーシア・アトルワが臣、ホクトと申します」

 来客用の椅子から立ちあがり、丁寧に北斗が騎士の礼をとった。

 ナナは床に片膝をついたままである。

 あくまでも彼女は騎士ホクトの従者であり、発言する資格を有していない。

 例えは悪いが、少年が身につけている剣や衣服と同じ扱いなのだ。

 ちなみにもうすこし格式張った場だと従者の同席は許されない。

「丁寧な挨拶痛み入る。シズリスだ」

 身振りで椅子を勧めながら、自らも着席する男爵。

「しかし本当に若いな。アトルワが若返った(・・・・)という噂は、本当だったようだ」

「早耳ですね」

 笑顔を見せる北斗。

 互いに牽制攻撃である。

 男爵は、アトルワ家に起こった政変を承知しているぞ、と言外に語り、騎士は、それなら話は早いと切り返した。

「それで、当家に火急の用とはなんだろうか。ホクト卿」

 シズリスも笑いながら問う。

 かなりストレートだ。

 焦りがあるのか、それとも回りくどいことを嫌う性質か。

 やや判断に迷いったが、それは長時間のことではなかった。

「当家に合力するつもりはございませんか?」

 北斗の言葉。

 途中経過をすべて省略して、いきなり本題をぶつけた。

 大上段からの裂帛(れっぱく)の斬り込みのように。

 一瞬だけきょとんとしたシズリスだったが、やがて呵々大笑(かかたいしょう)をはじめた。

「おいおいホクト卿とやら。俺もずいぶんストレートに訊いたが、お前さんもかなりのもんだな」

 相好(そうごう)を崩しながら。

「そいつはどうも」

「俺のところにも王国からの使者が来た。アトルワ男爵家を討て、とな」

「アキリウ子爵と協力して。で、報酬はアトルワ領切り取り次第。こんなとこじゃねえか?」

 北斗もまた言葉遣いを崩す。

「ご名答だ」

 切り取り次第というのは、簡単にいうと攻め落とした部分は全部自分のものにして良いという意味である。

 じつに判りやすい報酬であり、王国の懐はまったく痛まない。

 それだけでは王国に旨み(・・)がないように見えるが、攻め込まれたアトルワだって必死の抵抗をするから、バドスもアキリウも相応に損害を受ける。

 地方領主たちの力を削ぐという大略から外れているわけでもない。

 しかも、切り取った領地の内、何割かを自主的(・・・)に献上させれば、採算は大きな黒字である。

「タイミングから考えて、うちに使者がきたのと同時に、そっちにも働きかけてる感じかな?」

「だろうな。王都の連中が考えそうなことだ」

 鼻で笑う男爵。

 アトルワが黙って改易に応じるとは、最初から考えていないのだ。

 二の矢三の矢は、ちゃんと用意している。

「で、どうするつもりなんだ? 男爵は」

「揺れているのは事実だ。正直に言ってな。お前さん方を攻め滅ぼすのは、そう難しい話じゃねぇ。うちとアキリウが手を組めばな」

 バドス男爵軍が二千として、アキリウ子爵軍が四千。

 圧倒的多数という条件に加え、南北から挟撃する格好になるため、きわめて勝算が高い。

 黙って北斗が傾聴する。

 まったくシズリスの言う通りだ。

 そういう戦いになったら、北斗たちに浮かぶ瀬はないのである。

 ただ、それをそのまま口に出すわけにはいかない。

 足元を見られるのは、幾重にもまずいから。

「負けねえ戦いだ。けどよ、それじゃあ俺たちに旨みがねえんだよな」

 シズリスの目が光る。

 欲望をはらんで、ぎらりと。



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