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「お見事でしたわ。ホクト。ナナ」
場所を変え、城の広間。
アリーシアが友たちをねぎらった。
「そっちもな。しっかり約束を果たしてくれたじゃねえか」
北斗が笑う。
作戦としては、そう複雑なものではない。
男爵軍の主力を北斗たちがひきつける。その間隙を突いてアリーシアたちが空城を奪う。
複雑ではないが高度な連携が必要で、タイミングを誤ると各個に撃破されるだけという、かなり賭博性の高い作戦であった。
とはいえ、北斗にしてもアリーシアにしても、互いに相手が失敗するとは露ほども考えてなかったため、自分の仕事を淡々とこなした、という認識だ。
どうしてそこまで信用できるのか判らない、と、ナナやニアなどが笑ったが、じつは北斗にもアリーシアにも判らない。
初めて出会ったときから、こいつならやると確信があった。
異性としてではなく、友として、あるいは好敵手として通じるものがあった。それだけ。
「予定通り、ホクトたちはアトルーに住んでくれますわね」
「ああ。あと十日もすれば、村ごと引っ越してくるぜ」
大仰な言い回しだが、ドバ村とその周辺の人口を合しても千に達しない。アトルーに移住したからといって許容量を超えるということはまったくない。
ついでに住居も、豪商をいくつか叩き潰したことによって空き家がたっぷりとできた。
すべて予定通りである。
そう。
すべてが。
薄暗い部屋。
数人の男たちが額を突き合わせている。
「奴らは民を愛してなどいない」
そのうちの一人が口を開いた。
魔法騎士サイルゥ。討伐軍の副将だった男であり、血統正しい騎士の家系である。
男たちが頷く。
新領主アリーシアの政策は、ただの人気取りであり、そもそもまだ実行されているわけではない。
こういう街にしていくよ、と、理想を語っているだけだ。
小娘の夢物語と笑い飛ばされても無理はない。
それは事実であった。
ただ、ではこの男たちが民草を愛しているかといえば、まったくそんなことはない。
前男爵家への忠義に溢れているかといえば、それも否である。
そんなものがあるなら、男爵の死を隠したりはしなかっただろうし、発表時期を探ったりもしなかっただろう。
もちろんドバ村に対して、長上の命令もないのに侵攻することもなかったはずだ。
彼が愛しているのは、特権階級としての自分自身。それだけである。
男爵位の継承が円満におこなわれ、彼ら自身の地位が安堵されれば、ここまでの不満はなかった。
それでも、主君が女というのは耐え難い部分ではあるが。
「このままでは、アトルワ男爵家は終わる」
ぼそりと呟くサイルゥ。
頷く男ども。
女が政治を壟断し、蛮族どもを城に招き入れ、功績ある騎士をないがしろにし、男爵家に富をもたらしてきた豪商たちを潰してゆく。
愚かな民草は快哉を叫ぶだろう。
しかしそんなものはまやかしだ。
政治は綺麗事では回らない。
支配階級が手綱を取らねば、秩序ある社会など築けないのである。
「ではどうする?」
男の一人が口を開く。
結論の判っている問いかけだ。
アリーシアは正規ではない手段で権力を手中に収めた。兄たちを殺すという暴挙までおこなって。
つまり、奴らは自らの手で定石破りを正当化した、ということだ。
もう一度同じことが起こっても、文句をつける筋ではないだろう。
そういうことである。
だがそれを言葉にするのは、いろいろとまずい。
なにかもっともらしい大義名分で化粧しなくてはいけない。
「君側の奸を伐つ」
サイルゥの返答。
男たちがぽんと手を拍つ。
新領主アリーシアに対する謀反ではない。彼女のそばにあって領政を恣にし、暴虐の限りをつくす女騎士を討伐するのだ。
それが事実であるか否かは関係がない。
ようするに、生意気な小娘の取り巻きどもを皆殺しにして、孤立させてしまえばいい。
あとは小娘一人、どうとでもなる。
押し倒して陵辱し、女の立場というものを思い知らせてやるなり、軟禁して傀儡にしてしまうなり、思いのままだ。
「手勢を集めろ。誰が男爵領を支えてきたのか、あの小娘に思い知らせてやらねばならん」
ぎらぎらと光る目で、サイルゥが同志たちに言った。
城の広間が少しだけ改装された。
民たちの陳情を聞きやすいように。
入口から見て、正面奥にアリーシアが座する豪奢な椅子。その左右に二脚ずつの椅子も置かれる。
オブザーバーとして、各組織の代表者が座るためのものだ。
陳情者が座るのは、アリーシアの正面。
ここにも椅子がいくつか置かれている。
跪いて話す、というような堅苦しさは廃した。
左右の壁側にも傍聴席が設けられる。
とにもかくにも、民が何を欲しているか、それを知らなくては健全な領政にはなりえない。
というのが、アリーシアの見解であり、北斗やドバも大賛成であった。
国会とまではいわない。どう考えても学級委員会とか生徒会ていどの構造であるが、議論を戦わせる場が必要であることは、たとえば日本からきた北斗などはよく知っている。
トップが勝手に決めたことは、たとえそれが民のためだったとしても、反発される。
逆に、民からの要望だけを叶えたとしても、政治は回らない。
落としどころを探らなくてはならないのである。
「つっても、めんどくせーってサボってばっかりだったんだけどな。委員会なんて」
小さく呟いて苦笑する北斗。
アリーシアの隣の席である。領主を挟んで反対側にはドバが座っている。
「なにか言いましたか? ホクト」
「いいや。こういう話し合いってのを良く考えついたもんだなって感心していただけだぜ」
長上が好きなように決める。
そういう世界にきたからこそ、会合の大切さを知った少年である。
最初からこの世界にいたアリーシアが、独力でここまでたどり着いたというのは、普通にすごいと思う。
「話し合っても解決しないことなど山ほどありますわ。ですが、話し合えば道筋が見えることも多いものです。天才ならぱっと思いつくようなことでも、凡才の妾には、多くの意見や助言が必要です。ですからそれをもらえる場を作った。それだけのことですわ」
肩をすくめてみせる女領主。
「あんたは天才だよ。俺が保証してやる」
腹心の女騎士に続いて、盟友にまで保証されてしまった。
何ともいえない顔をアリーシアがした。
やがて、本日の面会者が招じ入れられる。
魔法騎士サイルゥであった。
なにやら訴えたいことがあるとやらで、十名ほどの徒党を組んで押しかけてきたのである。
領政批判なのは明らかだが、それを聴かないというわけにはいかない。
すばやく周囲を確認する魔法騎士。
護衛はニアとかいう女騎士と獣人が数名。
隠し持ったナイフでやれるか。その判断だ。
解答は強行。
彼らが十名であるのに対して護衛は五名ほど。数の差で押せるし、なによりも彼らには魔法がある。
アリーシアは貴族ゆえ魔法の心得があるだろうが、たった一人で何ほどのことができるか。
勝利を確信したどす黒い笑いを隠すように、サイルゥが一礼する。
「まずは男爵就任、祝着にございます」
空々しい社交辞令とともに。
「ありがとうございます。お座りになって」
身振りを交えて椅子を勧めるアリーシア。
「けっこう。主君と配下が同じ目線で語り合うなど、ありません」
返ってきたのは硬質な拒絶だ。
なおもサイルゥが言いつのる。
「その程度のこともお判りにならぬ姫君には、再教育が必要ですな。いますぐその似合いもしない絹服を剥ぎ取って差し上げます」
毒々しい嘲笑。
護衛たちが身構える。