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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第2章 ~変な趣味をおしつけるなっ~
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6


 戦いは数でするものではない。

 それは、数を揃えることができなかった者の無様な言い訳に過ぎない。

 敵より多くの兵を揃える。

 勝利の第一条件とは、まさにそれなのだ。

 第一があれば、第二第三があるのは道理で、有利な地形を選ぶとか、指揮官の意図を(あやま)たず()つ迅速に末端部まで伝えるとか、腹背(ふくはい)に敵を作らないとか、さまざまなのもがある。

 が、やはり最初に挙げられるのは数。

 その意味では、男爵軍はまったく間違ってはいない。

 二千の兵力で二百の反乱軍と戦うのだ。

 負けろという方がどうかしている。

 まともに戦えば。

「ゆくぞ。シン。ユウ」

『はい!』

 風となったようにドバが駈ける。その後に続くのは獣人の戦士たちが十名ほど。

 まるで弓弦(ゆんづる)から放たれた矢のように。

 誰が見ても無謀な突撃だ。

 自暴自棄になったか。

 簡単にはじき返せる。

 男爵軍はそう思った。

 そしてそれは、思っただけであった。

 みるみるうちに解体されてゆく戦線。

 崩されるはずのないポイントが崩され、指示が末端に届くより前に状況が激変し、兵たちは混乱の極みに叩き落とされ、為すすべもなく打ち減らされてゆく。

「ばかな……こんなばかなことが……」

 呆然と中級指揮官のひとりが呟く。

 三百名の前衛部隊が、たった十名に翻弄され、手も足も出せずに倒されるなど。

 とてもではないが、信じられることではない。

「でも事実よ。あいつは勇者ドバ。北の森を数百年に渡って支配してきた魔獣を、たったひとりで倒した男。そしてこの私が世界でただひとり惚れた男よ。冥土のみやげに憶えておくと良いわ」

 声は至近から。

 ぎょっとして振り向いた中級指揮官の目に映ったのは、顔中に迷彩を施した女。

 エナである。

 夫が作り出した混乱の(もや)をついて、狩人たちが秘かに接近していたのだ。

 何か理不尽なものに出会ったような顔をした指揮官の首が、その表情のまま宙を舞う。

 爪が描く軌道が、赤く染まった。

 そのまますっと姿を消す女狩人。

 ふたたび隠形(おんぎょう)した。

 次の獲物を求めて。




 前衛部隊の思わぬ苦戦に、魔法騎士たちが進みでる。

 数はざっと二十。

 これも貴族である。

 ただ、その名の通り爵位を持たない騎士階級だ。

 馬上から一斉に火焔球を放つ。

 悪なまでの破壊力をもった魔法攻撃。

 二十名の撃ち出すファイアボールは、二百名しかいない反乱軍を、皆殺しにして釣りがくるほどである。

「だから、なんでその火は燃えてるんだよ」

 どんと足を踏み出す北斗。

 それだけで、次々と火焔球が消滅してゆく。

 ナナが命名するところの屁理屈バリアだ。

 北斗を論理的に納得させられない魔法は、彼の言葉を受けると消えてしまう。

 こっちの方がよっぽど魔法じゃないかっていうような力である。

 ただまあ、北斗にいわせると元々存在しないものが消えるだけだから、なんの問題もない、ということらしい。

 あるべき姿に戻っただけ、と。

「ものは言いようよねっ」

 自失する魔法騎士たちの戦列にナナが突っ込む。

 縦横無尽に振るわれる爪。

 勇者ドバの娘にして、村いちばんの狩人の娘である。

 強い。

 しなやかな舞踏のように、一人また一人と魔法騎士を屠ってゆく。

 負けじと斬り込む北斗。

 剣道部で鍛えた美しい太刀筋が閃いた。

 馬上にいる相手だが、槍を持っていないなら怖れる必要はない。

 どちらも剣の場合、馬上からの攻撃は地上まで届かない。

 (あぶみ)にかけた足を切ってやるのだ。

 激痛で手綱を誤れば、そこにナナが飛び込んで一撃で首を刎ねる。

 茫然自失から立ち直り、魔法を使おうとした騎士もいたが、そんなものはもちろん北斗が許さなかった。

氷の槍(アイシクルランス)よ!」

「氷が作れるくらいの低温になるってことは、その分どこかが熱くなるってことだよな」

 ごく一般的な冷蔵庫や冷凍庫の原理だ。

 電流を流すことで一方に低温を、そしてもう一方を高温に分ける。

 片方の温度が下がれば下がるほど、もう一方は熱くなる。

 もちろんもっとずっと複雑な構造で、圧縮機や凝縮器、膨張弁などによって常に冷気が供給されるようになっていたりするわけだが、そこまで詳しく北斗は知っているわけではない。

 彼が知っているのは、冷蔵庫の背面が非常に熱くなり、それによって火災などがしばしば発生している、という事実である。

 冷やすというのは、なかなか簡単な話ではない。

 片方が五度下がれば、片方は五度上がる。

 そういうものなのだ。

 北斗がいた時代ではまだ大丈夫だが、そこから二十年も経過すると、けっこう洒落にならない問題になってくる。

 便利で快適な生活を求め続けたツケを、後の世代が払わされることになるのだが、それはまた別の話としておくべきだろう。

「どこが熱くなってんだよ。それ。右手に氷作ってるから、左手か?」

 言葉を放った瞬間、魔法騎士の左腕が炎上した。

 絶叫をあげる男。

 馬から転げ落ちて藻掻く。

 魔法を放つどころではない。

 すっと接近した北斗が、一刀で首を刎ねる。

 噴水のように血が吹き上がった。

 赤い驟雨(しゅうう)に打たれながら、魔法騎士たちを睨む少年。

 騎士の称号を持つ者たちが乗騎の手綱をしぼる。

魔法使い殺し(ウィザードキラー)……」

 異質なものを見てしまった恐怖を、瞳に浮かべて。

 それを見逃すようなナナではない。

 飛燕(ひえん)のように跳んで馬上に着地すると、両手の爪で存分に男どもを切り裂いてゆく。

 まさに剣の舞(ソードダンス)

 瞬く間に数を減じてゆく魔法騎士たち。

 魔法使い殺し(ウィザードキラー)のホクト。

 剣の舞姫(ソードダンサー)のナナ。

 後に、大陸最強の(つがい)と呼ばれることとなるコンビの、あまりにも鮮烈なデビュー戦である。

 二人の戦果は、味方には勇気を、敵には絶望を与えた。

 圧倒的な力を持ち、それをもって支配体制を築いてきた魔法使いが、子供扱いすらされずに敗れ去った。

 信じられない光景。

 蹈鞴(たたら)を踏む男爵軍の目に映ったのは、勇躍して飛び込んでくる獣人たちだった。

 数は二百に達していないが、十倍にも百倍にも見える。

 珍しい心理ではない。

 恐怖によって、敵を正確に把握できなくなってしまっているのである。

 短期的な指示を仰ごうと兵士たちが振り返るが、彼らを統率するべき中級指揮官たちがいない。

 エナを中心とした狩人たちが、丁寧に頭を潰して歩いた結果だ。

 しかし、兵たちはそうは考えなかった。

 逃げた。

 前線で戦う兵士たちを見捨て、指揮官どもは逃げやがった。

「ふ、ふざけんな! やってられるか!!」

 誤解に基づいて兵士が叫び、

「俺は降りるぞ! なんでこんな貴族連中のために命を張らねえといけねえんだっ!!」

 剣を投げ捨てて降伏の意思を示す。

 一方にとっては最高の、もう一方にとっては最悪のタイミングである。

 周囲の兵士たちは選ばなくてはいけない。

 目前には、もう獣人部隊が迫っている。

 迷いは少なかった。

 逃げ出した貴族の命令と、自分の命。

 秤にのせて、前者が沈むものは、いるのかもしれないがかなりの少数派であろう。

 次々に武器を捨てて両手を挙げる。

 雪崩を打つように。

 引き金となった、最初に降伏を宣言した兵士の名は伝わっていない。

 決戦のために多くの兵が集められたので、おそらくは傭兵(・・)のひとりだろうとは推測される。

 ともあれ、男爵軍の中央部隊は、ほとんど戦いにもならず瓦解した。

 左右両翼から反乱軍を包み込もうとした部隊が戦域に突入する機会は、ついに与えられなかった。

 彼らが陣形を整えようとしたときには、男爵軍の主将を務めていた魔法騎士ビアズ卿は、すでに討ち取られた後だったのである。

 結果だけみれば、全軍の半分、千名ほどがまったく戦闘に参加することなく、移動だけで終わってしまった。

 まさに遊兵というやつで、軍事教練の教科書に悪い例として載っても良いくらいの事態である。

「男爵軍の将、ビアズ卿! 討ち取ったり!!」

 高々と首級を掲げる勇者ドバ。

 獣人たちが(とき)の声をあげる。

 男爵軍の死者は四百名に達し、降伏するものが千名にも及んだ。

 そしてドバたちは戦死者ゼロ、重傷者ゼロであった。

完全試合(パーフェクトゲーム)だな」

「当然っ」

 北斗とナナが、小さく拳をぶつける。

 戦いが終わり、それでも降伏を良しとしない者たちだけが、帰還を始める。

 葬列のように陰鬱な表情で。



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