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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第2章 ~変な趣味をおしつけるなっ~
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5


 男爵軍が動いた。

 ドバ村が離脱を宣言してから、五十日ほどの時間が経過している。

 もちろん、未だに男爵の死は公表されていない。

 家中が揉めに揉めたあげく、とにもかくにも造反勢力だけは叩いておこう、という結論になったらしい。

 というのも、放っておけばドバ村の勢力は無視できないものになってしまうから。

 離脱宣言以降、辺境の寒村には人も物も金も着々と集まっている。

 これまで漫然とくすぶっていた貴族への不満が方向性を得た格好だ。

 戦闘員だけでも二百名に達し、後方を支える人数はその十倍に及ぶ。

 じつはすでに無視できない事態なのだ。

 戦闘員の数では、もちろん勝負にならない。男爵軍の兵力は二千名以上。ざっと十倍だ。

 だが問題は数ではなく、専門の戦闘集団が存在しているという部分である。当たり前の話だが、兵士は生産に寄与しない。ただ消費するだけの金食い虫だ。それを二百人も養えるというのは、なによりも生産力の高さを物語っている。

「まあ、からくりもあるんだけどね」

 地平線の彼方から、どろどろと不吉な音を響かせて近づいてくる軍勢を眺めながら、ドバが右手で下顎を撫でた。

 ゆったりとした布アーマーを着こんでいる。

 それ以外は徒手空拳(まるごし)だ。

 からくり。

 それは装備に金がかからないという一点に尽きる。

 主力となるのは獣人。近隣の村々から集まったキャットピープルたちと、少数だが狼人(ウルフェン)も混じっている。

 彼らには武器が必要ない。

 優れた身体能力が、抜群の視力が、天性の気配読みが、剣のような爪が、そのまま力となる。

 防御という意味で、いちおうはクロースアーマーやレザーアーマーをまとっているが、それすら本来は不要なのだ。

 動きを阻害するだけだから。

 武装の必要がなく、狩人としても優れた彼ら。

 後方の負担はそれほど重くない。

「それに、あくまでも戦時体制だしな」

 歩み寄った北斗が笑う。

 徒歩である。

 騎兵がひとりもいない、というのも金がかからない要因のひとつだ。

 瞬発力だけなら、獣人たちは馬よりずっと優れているし、持久力でもそうそう引けを取らない。

 騎乗して戦う意味があまりないのだ。

 意味のある北斗は、そもそも騎乗技能を持っていない。

 どうしても早駆けする必要がある場合には、戦士シンか戦士ユウに背負ってもらうという、わりと情けない取り決めとなっている。

「なんとか、雌雄を決する一戦に持ち込めたね。ホクト」

「それでも十対一だぜ。とてもじゃねえけど、五分の条件とはいえねーよ」

 ドバの言葉に肩をすくめる。

 二千VS二百。

 まともに考えたら勝算など立たない。

 それでも、これが考えうる最高の状況だ。

 城に籠もられたら、もっとずっと戦いようがないし、野戦を行うにしてもじつのところ、二百名ずつ十回攻めてこられたら、やはり勝算が立たないのである。

 継戦能力、という意味において。

 こちらに交代要員はいないのだから。

「どう戦うの?」

 ナナの問いはドバと北斗の両方に向けたものだ。

「中央突破して主将を討ち取る。それしかねーだろうな」

 答えたのは少年だが、父親の方も頷いている。

 この兵力差では守勢に徹しても意味がない。

 圧倒的多数で戦う男爵軍は、反乱軍を包囲殲滅(せんめつ)しようとするだろう。

 両翼を広げるように。

 となれば中央部はその分薄くなる。

 そこを一点突破で突き抜け、敵の総大将を倒す。

 作戦としては、奇をてらったようなものではない。おそらくは男爵軍も予測している。

 だから、戦闘の流れとしては、突破しようとする反乱軍を中央部隊が受け止め、左右両翼が包み込むように展開する、というものになる。

 包囲陣が完成してしまったら、北斗たちの負け。

「最初から密集体型で突っ込んでくるって可能性もあるけどね」

「そっちなら話は簡単だぜ。こっちの方が機動力があるんだから引きずり回してやればいいだけだ」

 敵としては獣人の機動力をもっとも怖れている。

 高機動戦術など採られてはたまらないから、わがわざ一点突破の可能性を見せびらかすのだ。

「敵影接近! 距離およそ千二百メートル!」

 最終的な作戦会議をおこなうドバと北斗を遮ってエナが叫ぶ。

 この世界にメートル法などが存在するわけがないが、北斗の耳には、ちゃんと理解できる度量衡となって届くのだ。

「全軍突撃!」

 右腕を振り上げたドバが号令をかけた。

 一斉に雄叫びを放ち、駆け出す獣人たち。

 もちろん北斗も。

 彼だけは手に長剣を持っている。

 そして少年を守るように走るナナ。

 武器以上に頼もしい戦友だ。

「ナナ!」

「なによ!」

 叫びあう。喚声と足音で、普通の音量では届かないのだ。

「戦いが終わったらデートしようぜ!」

 死亡フラグ、という言葉が生み出されるより前の時代からやってきた少年の言葉。

 だからそれは、絶対に生き残るとという決意の表明である。

 一瞬だけきょとんとした少女が笑みを返す。

「首輪と鎖つきでっ!」

「それはナシの方向でお願いします!」

 瞬く間に両軍の距離が縮まってゆく。




 アトルワ男爵の子女のひとりであるアリーシア。

 彼女がふせっている。

 という情報が流れた翌日、見舞いと称する者たちが城を訪れた。

 べつに珍しいことではない。

 貴人の武器のひとつに、交友関係の広さというものがある。

 体調を崩したと聞けば御用商人が束になって見舞いの品をもって駆けつけるのはむしろ当然だ。

 その意味では、アリーシアの場合は影響力が小さいのか、見舞いに訪れた客は一組だけ。

 しかも、たった十七人ていどの小集団。

 見舞いの品も、酒や食べ物などのどこででも手に入るようなものばかり。

 守衛たちは、むしろ哀れに思ったほどである。

 男爵公子が病にふせったときなどは、見舞客だけで長蛇の列ができ、見舞い品のチェックだけで専門の係が置かれるほどの数にのぼったのに。

 妾腹で末子であれば、こんなものなのだろうか。

 権力の中央部から離れるほどに影響力も小さくなってゆく。

 お偉方も大変だ、と思ったにせよ、チェックを怠るわけにはいかない。

 客たちは武装していない事が何度も確認されたし、荷物に不審なものがないかもしっかりと確かめられた。

 まあ、現実問題として、武芸の心得がありそうなものなど、ただのひとりもいなかった。

 代表者の商人はでっぷりと太った中年だったし、従者たちだって如何にも下男下女という感じで、荷物持ちくらいの役にしか立たなそうな風体だ。

 少なくとも、城を守る兵たちにはそう見えた。

 もちろんそれは、アリーシアが趣向を凝らしたトリックである。

 見舞いにきた十七名は、宿のマスター、赤毛のニアをはじめとした同志たちだ。

 マスターはさすがに戦うことができないが、それ以外は幾多の修羅場をくぐり抜けてきた強者たちである。

 小刀の一本もあれば、主力を欠いた城の守備兵ごとき、ひとりで四、五人は片づけられる。

 そして小刀も、ちゃんと用意されていた。

 見舞いの品である酒。その酒壺の中に。

 アルコールに刃物を長時間浸しておくのは良いことではないが、この際は一回こっきりの使用に耐えれば問題ない。

 あとは衛兵を倒せば倒すほど、武器は手に入る。

 こうしてアリーシアたちは誰にも気付かれぬままに完璧に準備を進め、完璧に実行してゆく。

 行動開始からわずか二十分で、城に残っていた主な重臣たちはことごとく冥界の門をくぐり、永遠に戦いのない世界へと旅立った。

 次の男爵位を巡って睨み合いを続ける兄たちも、なにが起こったか判らない内に舞台から退場する。

 ドバたちの決戦に赴いていなかった魔法騎士たちが異変に気付いたときには、すべてが終わっていた。

 一時間足らず。

 アリーシアが権力掌握に要した時間である。

「やっぱりアンタはすげぇよ。姫さま」

 自らが為したことが未だに信じられず、ニアが首を振りながら男爵令嬢を褒め称えた。

「そうでもありませんわ。主力がいないという状況に乗っただけですもの」

 肩をすくめて応えるアリーシア。

 男爵軍が城に残っていたら、こんな手は使えなかった。

「そいつは謙遜がすぎるってもんだぜ。あたしが保証してやる。アンタは天才だ」

「逆ですわ。ニア。妾にはそんな天賦の才はありません。だから勉強も研究もする。それだけのことなのです」

 歴史が変わる。

 その一歩目が刻まれた。

 マスターが椅子の埃を払ってくれる。

 玉座というほど立派なものではないが、男爵が民の陳情を聞くために設けられたものだ。

 もう何十年も使われていなかった部屋と椅子。

「妾は役目を果たしましたわよ。次は貴方の番ですわ。ホクト」

 歩を進める令嬢が、口中に(うそぶ)いた。



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