表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第2章 ~変な趣味をおしつけるなっ~
12/102

2


 平民は、よほどの富豪でもなければ奴隷など買わない。

 まして性に従事するタイプの奴隷など、仮に欲しいと思っても買うだけの金銭的な余裕がない。

 ゆえに北斗は、どこぞの貴族の放蕩(ほうとう)息子とでも思われたのだろう。

 黒髪黒瞳というのは珍しいが、まったくいないわけでもない。

 宿屋の主人は、表情こそ動かさなかったが嫌悪感を示していた。

 これは、ナナの境遇に同情するというのもあるだろうが、貴族への反発を示すものである。

 一方が嫌われれば、反作用でもう一方への警戒がゆるむのは自然な心理作用だ。

 たとえば日本でも、聞き込みなどをおこなう刑事は、そういう役割でコンビを組むという。

 一人が難癖をつけ、もう一人がまあまあとたしなめる。

 そうやって情報提供者の心理を誘導するのである。

「こうなるって判ってたのか? ナナ」

 部屋に入り、ベッドに腰掛けた北斗が問いかける。

「まあね」

 うん、と伸びをしたナナが笑った。

 必ずしも個人的な趣味だけで、こんな格好をしていたわけではない。

 村の勇者ドバの血を引く娘は、効果というものをちゃんと計算に入れているのである。

 その上で、ちょっとくらい楽しみがあってもいいかな、と、考えているだけだ。

「あともうひとつ期待してるんだけど、そっちはどうかな。食いつくと良いんだけどね」

「なんだそりゃ」

「当主と嫡子を失い混乱する城内。城下町に現れた貴族風の男」

 歌うように抑揚をつけるナナ。

「こいつ。最初から仕掛けてたのか」

 北斗が呆れた声を出した。

 男爵家中の者たちは彼の存在をどう認識するか、という話である。

 異変を聞きつけた本国から派遣された調査官ではないのか。

 だれもそんなことを言っていないのに、勝手に想像する。

 心に闇を抱くものは、常に影に怯えるからだ。

「まあ、すぐすぐどうこうって話にはならないと思うけどね。わたしたちが情報収集とか始めたら、食いつくかもしれない。その程度のものよ」

 くあ、とあくびをして、少女がベッドに転がる。

 酒場で噂話を拾うにしても夜になってからだ。それまで一眠りして旅の疲れを取ろうという腹づもりである。

 しごく当然の発想だ。

 シングルサイズのベッドがひとつしかない、という事情を除けば。

「…………」

 何か言おうとした北斗だったが、結局、口を開くことなく床へと移動する。

 これではどちらが奴隷か判らないが、まさか女の子を床で寝させるわけにはいかない。

「なにやってんの? ホクト」

「みりゃわかるだろ。俺は床で寝るのが大好きなんだよ」

「そこそこ広いから二人でも平気だよ。こっちにおいで。ご主人様」

「男女が一緒に寝るのはまずいだろうが。どう考えても」

「わたしは気にしないわよ?」

「気にしろよ……」

「むしろ、こういう状況で嫌らしいこと考えちゃうくらい、ホクトって分別がなかったっけ?」

 任務中である。

 物見遊山の旅ではないのだ。

 性欲を優先させるわけにはいかない。その程度の自己統制(セルフコントロール)は、当然のようにできるものとして、ドバもエナも二人を送り出している。

 十七歳の少年とっては、なかなかにハードルの高い要求である。

「……何度も言わせんな。俺は床が好きなんだ」

 血を吐く思いで強がりを言う北斗であった。




 食事をもらうため、一階に降りたナナ。

「ご主人はどうしたんだい?」

 酒場のマスターが話しかける。先刻とは違って柔和な雰囲気だ。

 客商売を生業(なりわい)としているものに相応しい態度である。

 なるほど、やはり貴族は相当に嫌われているらしい。

 それはナナにとって目新しい情報ではない。

 貴族が好きで好きで仕方がない、なんて輩は、少なくとも彼女の周囲には存在しなかった。

 市井でも同じだろう。

 奴らからおこぼれをもらい、甘い汁を吸っている連中以外は。

「疲れて寝てるわ。起きたときに食べ物がないと怒るから、わたしが取りに来たの」

 肩をすくめて答える。

 どうして疲れているのかは察してくれ、と表情で語りながら。

「ふん。良いご身分だ。あんたも大変だな」

「金で買われた身の哀しさってね。なにか飲み物をもらえる?」

「あいよ」

 すぐに差し出されたのは、果実の絞り汁で味を付けた水であった。

 宿泊料金に食事が含まれているといっても、奴隷に対してちょっとサービスしすぎだ。

「わたしには別料金は払えないわよ」

「俺のおごりさ。あんたの門出を祝してな」

「なんのこと?」

 小首をかしげるナナ。

 もちろん演技である。

 男爵が死んだことは、たぶん朧気(おぼろげ)ながらも伝わっているのだろう。

 いくら箝口令(かんこうれい)を敷いたとしても、噂のひろがりまで防ぐことはできない。

「大きな声じゃいえないがな。どうも北の獣人たちが男爵に逆らったらしい」

「……滅ぼされるわよ?」

「普通はそう思うだろ。けど男爵はまったく動かない。動けないんじゃないかってのが、もっぱらの噂だ」

 さすが酒場や宿屋を営んでいるだけあって情報通である。

 こういう店には、傭兵や旅人があつまる。冒険者などと自称する無頼漢どもも。

 彼らにとっても情報は命。

 盛んな交換がおこなわれるのが酒場なのである。

 とはいえ、あくまで酒の場だ。当然のように誇張や願望も含まれる。

 どこのどんな酒場でも勇者と英雄だらけなのだ。

 そして逆に、歯医者の待合室にはひとりもいない。そんなものである。

「わたしもその集落に逃げ込んだら助かる?」

 ナナが薄く笑ってみせる。

 奴隷は夢を見れない。そんなものは、見た数だけ裏切られるから。

「決めるのはあんた自身だ。けどよ、もし事が上手くいって、あんたがドバの村に逃げ延びることができたら、そんときは俺が情報を渡したって宣伝して欲しい」

「へえ……」

 目を細める少女。

 ずいぶんと踏み込んでくる。

 少なくとも、この男にとっては、ドバの叛乱は賭ける(ベットする)だけの価値がある出来事らしい。

 貴族の嫌われようも、堂に入ったものである。

「心にとめておくわ。北のドバ村ね」

「よろしくな」

 やや躊躇(ためら)ってから、主人がナナに数枚の銀貨を握らせようとする。

 逃走資金にしろ、という意味だ。

 だがナナは、軽く首を振って謝絶した。

「わたしがお金なんか持っていたら、ご主人様は疑うわ。誰からもらったのか問い質される。答えなければ拷問よ。必ずあなたのところまでたどり着いてしまう」

 そんな迷惑はかけられない、と笑う。

「すまねえ。そこまで考えられなかった」

 ばつが悪そうにひっこめる親父さん。

 かわって、カウンターの上を滑ってくる料理。

 端の方の席でちびりちびりと食事と酒を楽しんでいた女性冒険者だ。

「金はダメでも、メシくらいなら食ってもバレないだろ? せめて腹一杯食っていきなよ」

 片頬で笑ってみせる。

「お姉さん……」

「赤毛のニア。べつにおぼえなくても良いけどね。あたしの通り名さ」

「あ、ありがとう」

 面食らったのは、演技ばかりではない。

 奴隷階級の獣人に、人間がここまで優しくしてくれるとは、ちょっと信じられなかった。

 次々と料理がナナの前に置かれる。

 テーブル席にいた冒険者や傭兵たちだ。

 彼女とマスターの話に聞き耳を立てていたのだろう。

「こんなに……たべられないよ……」

 声を詰まらせてしまう。

 彼らの厚意が嬉しくて。そして、こんないい人たちを騙している自分自身が情けなくて。

「くぉら! うすのろ! いつまで油売ってやがる!」

 突然割り込む荒々しい声。

 北斗である。

「やば……」

 小さく呟くナナ。

 途中で北斗が怒鳴り込むのは最初から計画のうちなのだが、この雰囲気の中では、悪役一直線だ。

「メシはねえわ。てめえはいねえわ。百叩きくらいで許されると思うんじゃねえぞ」

 下手くさい演技力で、のっしのっし歩み寄る。

 と、その足がひょいと払われた。

「ぐべっ!?」

 まったく予想外からの攻撃に反応できず、北斗が転倒する。

「ちょいとお兄さん。店の中は静かに歩いてくれるかい?」

 ニアの言葉。

 冒険者たちがげらげらと笑う。

 完全にナナを味方する空気である。

「あちゃあ……」

 当のナナといえば、なげきとともに額に手を当てていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ