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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第2章 ~変な趣味をおしつけるなっ~
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 同胞子女に対する男爵公子ミゴール・アトルワの悪行の数々、断じて看過するあたわず。

 村長ドバの名において、我らキャットピープルはアトルワ家との絶縁を宣言するものなり。


 男爵の死後、四日ほどを経過して、ドバの村から布告された文言である。

 もちろん男爵が死んだという発表はされていないので、その部分には触れない。

 あくまでも、村を訪れた男爵公子が無道なおこないをしたため、それを誅殺した。

 これをもって、ドバ村はアトルワ家を見限ったぞ、という宣言だ。

 当然のように男爵家は認めない。

 すぐにでも討伐隊を送り込むだろう。

 というのが、世間一般の予測だった。

 普通に考えれば外れようもない予測である。

 不出来者として知られているとはいえ、後継者として立てられている男爵公子を害し、独立を宣言するなど、許されることではない。

 だが、布告から十日あまりが経過しても、男爵家に動きはなかった。

 事情を知っている者たちからみれば、なんら不思議ではない。

 こともない。

「遅すぎる」

 ぽつりと呟くのはドバである。

 夕食の支度のことではなく、男爵家の反応速度だ。

 村へと戻った彼らは、戦の準備を着々と整えつつある。

 もちろん万全からはほど遠いが。

「当主と跡継ぎが死んだんだから、混乱するのは当然だろうけどな」

 テーブルを挟んで対面の座した北斗が肩をすくめる。

 アトルワ男爵家の動きが鈍すぎる。

 北斗の言うように混乱は当然あるだろう。だが、それが離脱を表明した寒村を放置して良い理由にはならない。

 このまま時間が経過すれば、他の村々も不穏な動きを見せるだろう。

 なにもドバの村だけが圧政に苦しんでいたわけではないのだ。

 当主がいようがいまいが関係ない。まずはドバの村を叩いて威を示さなくては、男爵家の支配力そのものが揺らいでしまう。

 ようするに、見せしめとして滅ぼす。

「まともに考えれば、この村など魔法騎士の三十騎も差し向ければ、簡単に滅ぼせる。家内のごたごたとはべつに、早急に処理すべき課題だろうがね」

「だな。しめねえと舐められる」

 ヤクザやチンピラと同じ。

 仕返しが怖いからみんなが黙り込むのである。

 例えは悪いが、力による支配というのは、本質的にそういうものだ。

 もっとも、いわゆる法治国家だって、力という部分を法律という言葉に置き換えただけなのだが。

「また難しそうな顔して」

「好きねぇ。二人とも」

 夕食を運んできたエナとナナが、呆れたような顔で言った。

 ここのところ、ドバと北斗は連日のように協議を繰り返している。

 好きでやっているわけではなく、善後策を練り上げることは幾重にも必要だからだ。

 とはいえ、状況が動いていない以上、いつまで経っても話は堂々巡りである。

「いっそ偵察でも出したらどうだい? あんた」

 ドバの隣に座りながら女房が提案してくれる。

 城下町に潜入して情報を集めれば、見えてくるものは多いだろう。

 それは事実ではあるが、この時期にキャットピープルが城下をうろうろするのは少しばかりまずい。

「ううむ……」

「ホクトが行くのは?」

 腕を組んで唸る父親に、ナナが問いかけた。

 こちらは北斗の隣に座っている。

 日本からきた少年は、村長の家に住むこととなったのである。ドバの懐刀として。

 戦士シンや戦士ユウは自分たちと一緒に暮らそうと誘ってくれたが、北斗は謹んで辞退した。なにしろあいつらは北斗をいじって遊ぶから。

「ホクトはこの国のことを詳しく知らない。先入観のない目で物事を見ることができるだろうけど、あまりにもの慣れない行動は、不審に思われてかえって彼の身を危険にさらすことになってしまうんじゃないかな」

 思慮深げなドバの意見。

 情報そのものは欲しいが、送り込む人材がいない。

 台所事情の苦しさを如実に物語っている。

「それは、案内役をつければ良いと思うけど?」

 小首をかしげるナナ。

 間諜のように忍び込むわけではない。

 普通に旅人を装い、市井(しせい)に流れる噂や、人々の表情などから情勢を読みとる。

 ドバや北斗ならば、そういうことができるだろう。

「その案内人がいねえよ。ナナ」

 苦笑するのは北斗である。

 なにしろ彼以外は、全員がキャットピープルだ。

 人間と獣人が並んで歩いているだけで、この場合は充分に不審だろう。

「普通に並んでたらね」

 ナナが微笑む。

 チャーミングな笑顔だったが、むしろ北斗は悪い予感しかしなかった。

「今度は何を思いついた?」

「これを使えば自然だよ」

 ごとりとテーブルにナナが置いたのは、首輪と鎖だった。

 犬とかの首に付ける、あの首輪である。

「これをわたしにつけて、ホクトが鎖を持つ。ご主人様とメス奴隷のできあがり」

「それのどこが自然なのかと問いたい。あと、それをどこで手に入れたのかとかもな。あきらかにおかしいよな? とにかく色々とおかしいよな?」

 家畜を飼っているわけでもないのに、首輪とかまったく需要がないはずである。

 助けを求めるようにドバとエナを見る。

 露骨に目をそらされた。

 父親は天井をみつめ、母親は頬を染めて俯いている。

「…………」

 酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせた北斗だったが、賢明にも発言は避けた。

 世の中には知らなくても良いことがある。エセ科学の信奉者たる少年にも、その程度のことは判るのである。

「男爵のバカ息子も言ってたしね。獣人を性欲の対象として見るのは、貴人の楽しみ?」

「そりゃ貴人じゃなくて奇人だよ……」




 一見して上等な布地を使っていると判るが見たこともないような服を着て、やはり見たこともないような靴を履き、マントと帽子を身につけた少年。

 彼の左手には鎖が握られており、それは茶色い髪の少女の首へと伸びている。

 獣人族の美少女だ。

 こちらの服装はみすぼらしく、肌もあちこち露出していた。

 主人と奴隷。

 誰の目にもそう見える。

 アトルワ男爵の城下町、アトルーである。

 北斗にとっては二度目の来訪だ。

「……あきらかに悪目立ちしてないか? これ」

 口中に呟く。

 結局、ナナの提案に押し切られる格好で、潜入調査が実行されることとなった。

 奴隷が女である必要はないとして、シンやルウが同行を申し出たが、北斗は謹んで辞退した。

 なんか壮絶に嫌な予感がしたので。

「大丈夫大丈夫。ホクトが思ってるほど、みんなこっちを注目してない。残念」

 母親ほどではないが、気配読みのできるナナが言う。

「なら予定通り、このまま宿を取って二、三日滞在するか」

 どうして残念なのかとか、余計なことは訊かない。

 必要のない答えが返ってくるだけだから!

 酷薄な笑みを浮かべながら歩く北斗と、半歩遅れておどおど付いてゆくナナ。

 なかなか堂に入った演技である。

 町の様子を観察する。

「ちょっとぴりぴりしてる感じはあるな。男爵が死んだことはぼんやりと伝わっているのかもしれねえな」

 道行く人々の表情を読みとり、分析してゆく。

 彼自身には戦争の経験はないが、書籍や映像でそれなりには知っているのだ。

 ただ、開戦前夜の緊張感というほどではない。

 城の方でなにかあったが、正式発表がないので苛ついている、というところだろうか。

 やがて二人は、あまり格式の高くない宿屋に入る。

「食事つきの部屋を」

 一階は酒場になっているのだろう。時間が早いためか閑散としたそこを横切り、北斗がカウンターに話しかけた。

「ベッドは?」

 いらっしゃいとも言わず、無愛想に主人が訊ねる。

「二つもいるのか?」

「ごもっともで」

 やや嫌悪感の滲む顔で代金を示す主人。

 年端もいかない少女をかたい床で寝させるつもりなのか、と思ったのだろう。

 なるほど、と、北斗は得心する。

 こうして彼自身が嫌われることで、情報が集めやすくなるのだ。

 ナナが。


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