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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
最終章 ~アトルワ王国建国記~
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 アトルワ王国建国と、ルーン王国からの独立を認める調印式典は、ガゾールトの郡都ナウスでおこなわれることとなった。

 この地を預かるのは、女王(・・)アリーシアの腹心たるホクト卿。

 ルーンの聖騎士(ルーンナイト)の後継者という異名を取った黒髪の若者だ。

 ただ、その異名はすでに過去形である。

 独立に先駆け、アリーシアから新たな称号が下賜されたから。

 アトルワの聖騎士(アトルワナイト)

 捻りも何もないが、こればかりは仕方がないだろう。

 ルーンから独立するのにルーンナイトでは据わりが悪すぎるし、かといってまったく違う称号では憶えにくく、定着しないおそれがある。

 ことは政治宣伝の領域だ。

 北斗としては、ルーンナイトだろうとアトルワナイトだろうと、べつにこだわるつもりはない。

 さすがに長年慣れ親しんだ名前を捨てろとかいわれたら躊躇っただろうが。

 ちなみに、北斗以外の領主たちはそのままである。

 バドスはシズリスが、アキリウはマルコーが、イロウナトはアルベルトが、アンバーはシシリーが差配(さはい)する。

 その上で、名称が改められた。

 知事(ガヴァナー)

 ネーミングの由来はもちろん北斗の知識だ。

 本来、日本における知事というのは非常に巨大な権限を持っている。その地域に限定されるとはいえ、大統領並みなのである。

 それでも領主の権限よりは小さいため、まずは少しずつトップのやることを減らすというのが主目的で、領主から知事への名称変更となった。

 そして、北斗を含めた五人のガヴァナー、亜人や獣人の代表者、商会や同業組合などの代表者、そして民衆の代表者、総計三十二名による『議会』によって、国政の方針が定められる。

 もちろん決めるだけでは意味がないので、アリーシアを中心とした『政府』が適切な運営をおこなうのだ。

 ようするに、日本でいうところの立法と行政である。

 この二つが出たからには、当然のように司法も登場しなくてはならない。

 これまでは暗黙の了解であった各種法令を明文化し、統一的なルールとして運用する。

 たとえば、アンバーの常識はアキリウの非常識、などという事態をなくすために。

 すぐにではない。

 十年や十五年のスパンは必要だろう。

 しかし、アリーシアをはじめとしたアトルワ政府の要人たちは、道の遥かさに絶望したりしなかった。

 辺境の貧乏集落が、同じく辺境の貧乏男爵に対しておこした反乱。

 それが多くの人々を巻き込み、ついにはルーン王国をも動かした。

「思えば遠くまで歩いたものですわ」

 ナウス城の執務室。

 なんともいえない表情を浮かべる聖賢の姫君(セージプリンセス)

「なにいってんのよ。アトルーとナウスを往復してるだけじゃない。いっとくけどコーヴからの方が遠いんだからね?」

「物理的な距離の話ではありませんわ。シアちゃん」

「うん。知ってた」

 苦笑するアリーシアに、アルテミシアが舌を出してみせる。

 条約の最終チェック中だ。

 まあ、調印式まで残り一時間を切ったこの段階で不備が発見されたとしても、いまさらどうしようもないのだが、事前にすりあわせををしておくことは幾重にも大切なことなのである。

 談笑しながら進めてゆく首脳たちの横で、補佐役の男たちがため息を吐いている。

 具体的にはルシアンとドバである。

 年齢も種族も違う彼らだが、ただ一点の共通項によって出会った瞬間から鋼の紐帯で結ばれた。

 上役が困った人だ、という。

「……なあ、姫さん」

 本来の部屋の主が、やや躊躇ってから声をかける。

「どうしたんですの? ホクト」

「なあに? ホクト卿」

 同時に応えるふたりの姫。

 ちなみに一方は姫じゃないし、他方ももうすぐ姫という呼称はおかしいことになる。

「あ、いや。アルテミシア陛下の方」

「ほう? ほほう? アトルワの聖騎士(アトルワナイト)どのは、自国の王より大ルーンの主たる私に用があると」

 にやりと笑う救世の女王(セイビアクイーン)

 にっこりと表現したいところだが、誰がどう見ても、満場一致でにやりだろう。

「困りましたわ。国ができる前に第一の騎士に反乱の兆しです」

 アルテミシアの趣味の悪い軽口はいつものこと。

 毎夜の雑談ですっかり慣れているアリーシアは、いまさら怒りもしない。

「そんなんじゃねえよ。少しばかり頼みがあるんだよな」

 北斗の顔つきは真剣だった。

 冗談にも乗ってこない。

 よっと居住まいを女王がただした。

「なにかしら? ホクト卿。ルーンにとって最大の友好国たるアトルワの、そのなかでも重臣中の重臣のお願いなら、袖の下なしで相談に乗るわよ」

「袖の下は充分に出すんで、顔つなぎをやってもらいたいんだ」

「ほう?」

 アルテミシアの目が細まる。

 袖の下というのは、ようするに賄賂のことだ。

 アトルワの聖騎士(アトルワナイト)の為人は、そういうものを()としないと同年の女王は読んでいる。

「魔術協会。あんたなら顔がきくだろう?」

「そりゃあうちのご先祖がつくったものだからね。厳正中立が謳い文句だけど、コネの一つや二つはあるわよ」

 いずれの国にも荷担せず、いずれの国の干渉も受けない。

 それが魔術協会(世界塔)の方針だ。

 とはいえ、彼らだって人間の集団である。

 (かすみ)を食って生きているわけではないので、当然のように出世欲も金銭欲もある。

 魔法使いでございと威張ったって、それだけで金がもらえるわけではない。

 たとえば各国の宮廷魔術師だって協会から派遣されるのだ。

 彼らにとっては大切な就職先の一つである。

 中立といったところで、ルーンの女王が何事かを頼めば疎かにはできないのだ。

「アトルワに宮廷魔術師を派遣してもらうって話かしら? それならべつに私が働きかけなくても、向こうからコンタクトを取ってくるって」

「いや。そういう話じゃねえ。もっと個人的なことでな……」

 ぼりぼりと頭を掻く北斗だった。




 アトルワ王国は、大陸でも類を見ない奇抜な政治形態をもつ国である。

 君主制議会政治とでも称すべきか。

 王の権限は法によって規定され、制限される。

 そしてその法を定めるのは、民草の代表者たる議会だ。

 まだ厳正な選挙というものはおこなわれていないが、いずれ時代が進めば、そのような手段も用いられることになるだろう。

 民草ひとりひとりが、どうすれば皆が幸福になれるかを真剣に考えなくてはいけない国。

 失政を王の責任にできない国。

 それがアトルワ王国。

 けっして安楽な場所ではない。天国ではない。楽園ではない。

 しかし、自分の責任において失敗できる。挫折できる。立ち直ることも、ふたたび歩き出すことも。

「……どうだい? ロスカンドロス。あんたの理想からはだいぶ遠いかな?」

 墓石に話しかける若者。

 ガゾールトの地。

 ナウス城から程近い丘陵地に、アルベルト・ロスカンドロスの墓は建立された。

 イロウナトに、と、北斗は提案したのだが、知事アルベルトは笑って謝絶した。

「ご先祖にとってイロウナトはべつに故郷というわけではない。むしろ妄執を育んだ因縁の地だろう。どこが墓所に相応しいかといえば、やはりその執念から解き放たれた地ではないだろうか」

 と。

 不死の王を討ち取った騎士としても、その意見には大いに頷くところがあった。

「つっても、なにが正しいかなんて、結局わからねえんだけどな」

 簡素な墓石を掃除しながら呟く。

 墓碑銘はとくにない。故人の名が記されているだけだ。

 いまのところは。

 近い将来には、姓名の前に称号が入る予定である。

 至誠の(シンセリティ)大魔法使い(ウィザード)と。

 アルテミシアに依頼して魔術協会と顔を繋いだ北斗が、多方面をかけずり回り、頭を下げまくり、ときには金銭も使って交渉をおこなった結果だ。

 禁術に手を染め追放された大魔法使いアルベルト・ロスカンドロス。その追放を解くために。

 ついでに、ちゃんとした称号をもらうために。

 稀代の(レア)大魔法使い(ウィザード)の愛弟子として。

 三百年近くも前の人物に、どうしてそこまで肩入れするのか、魔術協会の人々は首をかしげたし、あまりにも昔すぎて事務処理が煩雑になり、かなり嫌な顔もされたが、北斗は粘り強く折衝を続けた。

『余計なことをするな小僧。我はルーンの敵。人間の敵。それで良い』

 声を聞いた気がして北斗は振り返る。

 だがもちろん、そこには何もない。

 爽やかな夏の風が草原を揺らすだけだ。

 唇の端を持ち上げる。

「あんたの意志なんか知らねえよ。これは罰ゲームだからな。あんたは俺に負けた。負けた方が勝った方のいうこときくのは当たり前だろ」

 偽悪的なことを言って墓石に向かい、手を合わせる。

 日本風の墓参。

 正解かどうかなど判らない。

 本当に、判らないことだらけだ。

「またくるぜ。ロスカンドロス」

 踵を返す。

『無理に来る必要などない。とっとと()ね。ゆっくり眠らせてくれねば、また余計な口を挟みたくなってしまうだろうが』

 憎まれ口が聞こえる。

 若者の心が勝手に作り出した幻想だ。

 判っている。

「いいぜ。挟んでくれても」

 なのに、うつむいて呟いてしまう。

 ともに歩きたかったから。

『糞ほども役に立たぬ妄言ぞ。汝にはやるべき事が山とあろう。前を向け』

 背を押された気がして視線を上げる。

 遠くから声が聞こえる。

 なかなか戻らないのを心配して、仲間たちが迎えにきたのだろう。

 茶色の髪、紅い髪、銀の髪、黒い髪、金の髪。

 緑の草原に、陽光を浴びた色とりどりの花のようにきらめく。

 ゆっくりと微笑んだ北斗が、大きく右腕を振りあげた。






 後年、アトルワの年代記を研究するものたちが、一様に首をかしげる事柄がある。

 アトルワ王国草創期の名臣、ホクト・アカバネの列伝についてだ。

 妻とともに幾多の戦場を駆け抜け、大陸最強の(つがい)と呼ばれた彼の治績に、奇妙な記述が存在するのである。

 とある追放された大魔法使いの名誉回復に尽力した、と。

 魔法を嫌い、魔法使い殺し(ウィザードキラー)とまでいわれた男が、である。

 謎だ。

 アトルワの名臣が、アトルワとは縁もゆかりもない魔法使いのために尽力したのは、政治的なポーズだったと主張する研究者もいる。

 単なる気まぐれだったと切り捨てる研究者もいる。

 軍師だった人物の入れ知恵で、人気取りをおこなったのだという説を展開する研究者もいる。

 黒髪のアトルワの聖騎士(アトルワナイト)

 平民階級から身を立て、大ルーン王国中興(ちゅうこう)()アルテミシア、アトルワの建国王アリーシアとも親しく交わり、大陸南西部に燦然と輝く英雄伝説(ヒロイックサーガ)を残した男。

 彼の真意が奈辺(なへん)にあったのか、現存する史書から読みとることは難しい。



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